桜6.ピチュア・チュアキュア
ピチュア……その外見は、かわいらし……でぶりんと太ましい姿をした、小鳥だ。
焼き鳥には適さないが、ぷりっぷりの身が魅惑的と自称している……が、はっきり言ってただのデブ鳥だ。アニメチックというか、ぬいぐるみチックというか、実際には太れないレベルにまで太く、その上、用をなすとは思えないような小さな羽で、自由自在に飛び回る。
ゲーム画面上でも、時折上から現れたり横から覗いてたり、キャラの立絵の肩あたりからちょこんと覗いていたりしていた。
声優が女性で、ちょっと特徴的で深みのある柔らかな声は、色っぽくてよかった。
聖女認定の儀式の際に現れた、不思議な鳥。人語を解し、意味深なことを言い出し、時折別のキャラのラブリー行動を告げ口してきたりもする。
セドリック看病イベントで「あいつベッドから抜け出すとき、こっそりお前にちゅーしてった」とか、マティアスが照れて早口になる際に「こいつなにげにほっぺ赤いね」とか言い出したりとか……とにかくポイントポイントで茶々入れてくるのだ。
突っ込み気質のゲーム中のクリステルに、乗り突っ込みや大ボケで対抗してくる相棒キャラでもあり、隠し攻略対象キャラでもある。
逆ハーレムっていったら、全員攻略するべきなんだろうが……残念ながら、こいつとマティアスは初回攻略不可能だ。周回プレイなどできない現実では、ちょっかいかけられない対象なのだと思う。
でも、現実だからできる行動というのもあって……例えば、システムや選択肢に縛られず、強引にマティアスのとこに押しかけちゃったり、ピチュアの正体を言い当てて、強引に関係を迫ることだって……いや、私が攻略しても意味ないから、そんなんやる気はないけれどね。
今、ここに佐倉がいるのなら、ピチュアの正体をばらして娶せてもいいのかも知れないが、残念ながら無理だ。
だから、うまくゲーム進行にのっかったまま、こいつを王都に連れて行かなきゃならない。こいつ以外は、王都にいるのだから話は簡単。こいつだけは、なんとかして私が王都へ行く際、ついてくるよう口説かなきゃならない。
「ピチュア……」
母から解放されて後、私は、アマルナに勧められた入れ墨やら禊やらは適当にごまかして、軽く入浴とお清めだけ済ませ神殿に侵入した。
ゲームの中では、一晩ここで入れ墨や禊による苦しみに耐えつつお祈りしていたら、光が見えて……となるのだが、足を踏み入れたその時、すでにそこにピチュアの姿があった。
神殿のシンボルマークのその上に、ちょこまんと乗ったでぶりんボディ。いっそシンボルマークが折れてしまわないか心配になるとは、神獣としてはどうなのだろうか。
「なんだい、サクラクリステル」
「なんか長い名前っぽくなった!」
サクラは私じゃなく、佐倉なのだが……そのあたり説明すると、前世だの使命だのと面倒くさい解説が必要になる。
それがうまく伝えられずバカにされるのは、母やジーンで体験済みだ。父なんて、目を細めて微笑ましそうにしてくれたが、確実に理解してくれていない。
口がうまいとは言い難い私が、上手に説明することができるわけがなく、証拠なんてどこにもありはしない現状で、相手の理解を促すことなどできるわけがないんだ。
わかっているからそれは置いといて、とりあえず名前について訂正しようと口を開くと、
「サクラって呼んで欲しいの? それとも篠崎綾って言ったほうがいい?」
前世の名前をズバリと言い当てられて、思わずひゅっと息を飲んだ。
久しく呼ばれていなかったその名前……篠崎綾、私の名前。
『先輩、あ~や先輩』と、佐倉の声が脳裏に蘇る。少し甘えるような彼女の呼びかけに安堵を覚えるのは、疲れたときによく聞いた声だったからか。
この呼び方が出たら、休憩か帰宅時間。根を詰める私に、注意を促す彼女の呼びかけは、心をホッとさせてくれる。
ついとそんなことを思い出してしまいながら、首を横に振る。私の今の名前は、クリステルだ。
「クリステルって呼んでよ」
呼ばれるならばやっぱり、クリステルがいい。
間違いや嫌味で佐倉と呼ばれたりはしているけれど、やっぱり私の名前は、マリーママがつけてくれたクリステルだ。
ガミガミとマシンガントークで説教してくるお人だけれど、前世の記憶があるせいで歪みまくっている私を、それでも一心に愛で包み込んでくれるマリーがいい。
本当に、マリーママが佐倉だったらよかったのに……そう思わずにはいられないぐらい。
「私の名前はクリステルよ。うん、篠崎って、綾って、なんだかすっごく久しぶりな響きだけど、やっぱりクリステルがいい」
しみじみと言うと、ピチュアはパタパタと私の前まで飛び降りてきた。うん、飛んでないね、これ、半分落ちてるね。
ぽてっとばかりにシンボルを支える台座の縁に立てば、ちょうど私の目線となる。きょときょとっとしたまんまるおめめが、なんだかちょっとかわいらしい。
「……にしても、よく知ってるわねぇ」
思わずこぼした私の言葉に、ピチュアはどでかい爆弾を落としてきた。
「うん、知ってるよ、だって、僕がこの世界の創造主だからね」
いや、ピチュアが神であることは、ゲームの情報があるから知っている。ピチュアの神としての姿が、なかなかの美人さんであることも知ている。でも、まさか自分から暴露してくるとは思わなかった。
それに、創造主というのもちょっとびっくりだ。神様といえば、祭られてその力を持つ系かと思ったが、どうやら、ピチュアはこの世界の作り主であったらしい。ということは、私の生前のわがままである、この世界への転生も、彼の手がかかったことだったりするのだろう。
「うん、君が、君の世界のお地蔵さんにお願いしたことを叶えてる神様が、僕だよ……佐倉がラブラブハッピースタートを切るためのルチェロワ世界、だろ?」
そういえば、知り合いがどうのとか言っていたかもしれない。
そうか、つまるところ、あの事故でおしゃかにしちゃったお地蔵さんがお願いして、それを実現させたのが彼……ということになるのか。その彼自身がまた、攻略対象というのはなんだかおかしな感じではあるが、創造主ならそれぐらいはできるのだろうし、自分以外の神という存在を作りたくなかったのかもしれない。
「あれ? ってか、もしかしてピチュアは攻略されたいのか?」
「何の話?」
きょとっと、ピチュアが小首をかしげて見せる。小鳥の姿だからだろう、でぶりんとふとましくはあっても、なんともかわいらしい。
思わずそのボディを両手で掬い上げれば、抵抗せずそのあたたかなぬくもりが手の平に乗る。
「いや、だって、自分から攻略対象に立候補したんだろ? しかも、佐倉のための舞台ってのだって理解して……あれか? もしかして魂の佐倉に惚れちゃったりとか……」
「してない!」
思わず暴走しかけた私の言葉に、ピチュアは羽根をバタつかせて否定してくる。
「いやもう、惚れちゃってくださいよ、惚れていいと思うよ、佐倉ってかわいいだろ? 自分から攻略対象になるぐらいだ、惚れちゃいなって」
「恋なんて、それこそ、神にもどうしようもない領分なんだよ」
「うん、どうしようもない領分なんだから、佐倉と恋に落ちちゃえ!」
手の中で暴れてはいるものの、逃げる素振りもないピチュア。このまま拉致してもいいのじゃないだろうかと思ったら、お手軽お気軽、お祈りもそこそこに、くるりと身を翻す。
「いいじゃん、青春しようよ」
これでピチュアゲット! いや、まぁ、佐倉との恋は否定されたけど、このまま連れてけるようだから、よしとしよう。
なんだかまだまだぶーぶー文句を垂れてはいるけれど、そのままピチュアを拉致してしまうことにした。