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はちみつ色の求婚(1)

 とてもきれいな朝だった。

 澄み渡った青空のした、視界いっぱいにきいろい花が咲いている。

 早朝に開いたのだろう花びらはたっぷりと朝露をはらんでいて、触れることをためらってしまうほど。

 

 王家直営の庭。王宮から少し離れたところにある、湖のほとり。ドレスの裾をひろげて地面にじかに座りこんでいるから、花の背丈が近い。息を吸い込むと、甘くてやさしい香りがする。


 でもそれは、お花のせいばかりではないのかもしれない。

 そっと隣を見たら、そのお方はわたしを見つめたまま穏やかにほほ笑んだ。


「どちらが花かわからないね」


 ゆびさきで、頬にかかる髪のひとすじをのけて。

 慈しむようにそんなことを言うものだから、わたしはどうしたらいいかわからなくなってしまう。


「きいろい花と、同じ色の髪だからでしょうか?」


 そう応じると、まぢかにある瞳がますますやわらかくなる。宝石のよう、と国中から讃えられる青みがかった紫に濡れた色が宿る。


 甘いにおいがひときわ深く香って、わたしは胸元で手のひらを重ね合わせた。


「……殿下だって、お花みたいです」

「うん?」


 聞き返す声もやさしくて、ほんの少し泣きたくなる。


 きっと、説明しようとしたら簡単なことなのだ。

 お花みたいに良い香りがすることや、お花みたいにつよくてきれいなこと。


 でも、それを口にすることばをわたしは持たない。


「お花みたい、なのです……」


 これを呪いと呼ぶのならそうなのだろう。でも、そんなふうにはしたくなくて、どうしようもなくて、胸元の服を握りしめる。

 その手に、あたたかな体温が触れる。


 繊細そうに見える骨ばったゆびさきは、ことのほか固い。この指が、この手のひらが、これまでどれだけ努力をしてきたかわたしは知っている。


 見上げると、光を背負うようにしてそのお方は笑った。


「そんなに強く握ったら、傷ついてしまうよ」


 そんなことを言って、絡んだ指のひとつひとつをほどいていく。わたしにはどうしようもなかったことも、このお方にはたやすくできてしまうのだ。


 わたしの選択は間違えていなかった。そう確信できる瞬間の尊さを、どう伝えれば良いだろう。


 のこる指は、あと三本。


「どうしたの?」

「?」

「そんなにじっと見て。私にこうされるの、気に入った?」

「はい」


 ぴたり。指の動きが止まる。


 驚いたように見開かれた瞳の強さが、瞬く間にわたしを捉えた。緩みかけていた五指のすきまに入り込んできた指は熱い。


 親密な触れあいに、鼓動が少しだけ速くなる。


「シェリー」

「はい」

「これから話すことは、お願いだ。命令じゃない。いいね?」

「はい」


 うなずく。その違いがなんなのかは、よくわかっているつもりだった。


「シェリー。おれと結婚してくれる?」


 さあ、と風が吹く。花が揺れる。

 言葉は、いくらか遅れて耳に届いた。


「……殿下」

「うん」

「それはできません」

「そうなの?」

「わたしは、……」

「いいよ、シェリー。言ってごらん」


 わたしは俯く。

 ゆるされたとしても、ゆるしたくない。これが命令ではないというならなおさら。

 むう、と口をつぐんでいると、ふいに目の前のお顔の相好が崩れた。笑い声が弾けた。


「あははっ」

「殿下、」


 眉を吊り上げて覗き込む。いたずら好きなことは知っていたけれど、これはあんまりだ。


 五指をとらえた手のひらを乱暴に振り払おうとする。その力を利用するように、逆にからめとられた。くいと引き寄せられて、広げたマントの中に閉じ込められた。


「そんな顔をして……わかっているのかな」


 そんな顔と言われてもわからない。瞳のなかにいるわたしは、いつも通り感情のない顔をしている。


「――結婚してくれる?」


 マントが作った影は濃い。逃れられないと悟ったのは、一瞬のこと。

 わたしは首を振った。はっきりと告げた。


「それは、できません。わたしは、愛せない呪い持ちなのですから」

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