第一話 全てを掴んだ筈の王女、7歳に戻される
R8/6/12 現代スローライフファンタジー、【妖と棲むアトリエ〜挫折した絵描きは不思議な古民家で幸せを紡ぐ〜】の連載を開始しました。
そちらも是非、よろしくお願いします。
※本作は「妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む」完結後、主人公のルシアが時を戻された物語です。
話の展開が異なりますので、前作未読でもなく問題なくお楽しみいただけます。
目の前に広がるのは、生まれ育ってきた村が人ごと焼けていく地獄のような光景だった──
頬を撫でる熱風に涙が溢れ、人々に悲鳴が背中を追い立てる。ルシアは母の服の裾を握りしめた。いつも石鹸の匂いがするそれは、灰に塗れて薄汚れている。
「逃げて、ルシア、ノエル。」
「やだ、おかあさん!!」
7歳のルシアは、小さな手のひらに更に力を籠め、母の裾を握り込んだ。
絶対に離すものか──
その刹那、ルシアの強い心に呼応するように、光の濁流が流れ込む。
断片的に過ぎ去る光景、笑顔、記憶──
ルシアの元から濁流が去ったとき、そこには鋭い瞳をした少女が立っていた。
先ほどまで見せていた怯えた様子は消え、強い意志を持った戦士の顔をしていた。
「どうして──」
自分はたった今、王国を取り戻したばかりのはずだ。それなのに、目の前の光景は、なに……?
黒煙が立ち込め、熱風が喉を焼く。そしてなにより、死んだはずの母が目の前に立っていた。
──お母さんが、生きている……?
混乱したルシアが隣を見やると、不安そうに瞳を揺らしている、記憶よりもかなり幼い姿のノエルの姿があった。
──どうして?
さっきまで、あの場所にいたはずなのに。やっと取り戻したはずなのに。
時間が……戻ってる……?
その思考を途切れさせるように、近くの家が轟音を立てて崩れた。燃え尽くす炎は目前へと迫り、聞こえる悲鳴は徐々に近くなっている。
悲惨な状況が、考えている時間がないことをルシアへと告げていた。
「お母さん」
ルシアの強い意志を感じるはっきりとした声に、困惑した様子の母が瞳を揺らしてルシアを見る。
「ルシア……?どうしたの?大丈夫?」
大好きな瞳がまた、ルシアのことを映している。ルシアの名前を呼んでくれる。懐かしさに、嬉しさに、胸が高鳴った。
だが、今はそれに浸っている時間はない。
「……ミア、いるんでしょ」
「はーい!って、え!?なんで私の名前!?」
突然、何もいなかった空間に小さくて可愛らしい妖精が現れた。
きらきらとした光をまとった、明るい顔をした女の子。黒煙が漂う場所にはまるで似合わない清廉な空気をまとっている。
ルシアの長年の相棒、ミアの姿が現れた。
「説明はあと。ミア、あいつ……どうにかできる?」
こちらに近づいてくる国王の息子、”ブレイン・マレディア”の姿が遠くに見えた。相変わらず、つまらなそうな顔をして炎を放っている。
──許せない。
関係ない人たちまで皆殺しにして。私たちのすべてを奪ったあなたを、私は絶対に許さない。
「あいつ?うーん……ごめん。ちょっと自信ない……」
「えっ?そうなの?」
ミアが……勝てない?
そんなはず、ないのに。
そうか、時間が戻ったから力も足りないのか。
……勝てないなら、逃げるしかない。
「私たち3人、隠せる?」
「姿を消すくらいなら」
「上出来。お願いしてもいい?」
「任せて!ミア様が守ってあげるわ」
キラキラとした光が3人を包んだ。
「ルシア……?」
突然の光に、母が金の瞳を大きく見開いている。
「大丈夫。逃げよう、お母さん」
小さく微笑み、黒く汚れた母の手をそっと引っ張る。とにかくこの場から離れなければ。
背後では、悲鳴があがり、人々が逃げ惑う音がする。家が焼け崩れ、家畜たちの悲痛な声が響いた。
──ごめんなさい。
ルシアの幼い手では、母と弟の運命を変えるだけで精いっぱいだ。救えない、自分の力が足りないばかりに。
滲む視界をぬぐい、歯を食いしばった。
深い緑に包まれた森の中へ駆け込み、闇にまぎれる。湿気を含んだ落ち葉に足跡が残る。
月明りのない、完全な闇──
森の中を進みながら、やり直しの前にみた最後の光景を、ルシアは思い出していた。
⸻⸻⸻⸻
時戻りの前。
”マレディア王”を倒し、祖国”ルミナリア王国”を取り戻して行われた戴冠式の後。
突然、フェンネルであるフェルがルシアの目の前に現れた。その表情は浮き足立つ街の空気とは対照的に冷たく、重い。
何か思い詰めているようなフェルの様子に、ルシアは尋ねた。
「どうしたの?フェル、そんなに難しい顔をして」
「……足りないのだ。」
「なにが?なにが足りないの?」
「それは……言えない」
普段の可愛らしい小さな姿ではなく、本来の姿となった白き狼は、悲し気な瞳でルシアを見つめていた。
「もう一度、やるしかない」
「もう一度?今から集めたらダメなの?」
「それは、駄目だ。手遅れになる」
「手遅れって、なにが──」
ごおっという轟音にルシアの声はかき消された。
その音が、フェルを中心に巻き起こる魔力によるものだということに、一瞬遅れて気がついた。
「フェル……どうしたの?」
目を開いたルシアの叫びは、轟音の中でもどうやらフェルには届いたらしい。
「ルシア……我の力ではおぬし一人が限界だ。頑張ってくれ」
フェルを中心に、辺りに光に満ち始める。
「ルシアっ」
轟音に包まれる中、確かに聞こえた愛しい声に、ルシアは振り向いた。
「たいさっ」
目を見開いた大佐がこちらへ駆けてくるのが見えた。6年越しの片思いの末、やっと成就した初恋の人。大佐がルシアへ伸ばした手へ、ルシアは必死に指を伸ばした。
あと少し──
触れそうだった指先は、宙をきった。その瞬間、世界は闇に包まれた。轟音は掻き消え、光は消えた。
完全なる、無──
気づいたときには、熱風と炎の中にルシアは立っていた。
⸻⸻
村から離れた後、偶然見つけた大きな洞に、親子三人は身を寄せ合っていた。
夜の森は、鬱蒼とし、風が木々を揺らす音が絶えず響いている。
「足りないって……なにが」
最後に聞いたフェルの言葉を思い起こす。
隣を見ると、
疲れてしまったのだろう。幼いノエルは、あっという間に眠った。母も意識を失うように眠っている。だが、その手は、ルシアとノエルの小さな手を握りしめていた。
「はぁ……」
疲れているはずなのに、目がさえて全く眠ることなどできない。普段耳にすることのない夜行性の動物の鳴き声、木の葉が掠れる音に、心細い気持ちになる。
繋がれた母の手を、ぎゅっと握った。その手を、眠っている筈の母は優しく握り返してくれる。
それだけの動作に、胸が温かくなる。
生きている──大好きな母が。
確かに、生きている。
それだけで、十分だった。
……でも、あの人が、いてくれたら。
やっと実らせることが出来た淡い初恋。相談すれば寄り添ってくれ、きっと頼りになる意見をくれるのに。
ハーブの匂いが、懐かしい。
放り出されたやり直しの世界で、これから一人、どうしたらいいのだろう。
「あーあ」
思った以上に大きな声が出て、慌てて口を塞いだ。慌ててノエルと母を確認したが、どうやら起こしてはないようだ。
よかった──と思った瞬間だった。
ガサガサと葉をかき分ける音がする。そして、落ち葉を踏みしめる重い足跡。
なにかが、いる──
「ミア」
低い小さな声で、妖精のミアに呼びかけた。
「ウォーターカッターの準備。いつでも放てるようにして」
「了解」
囁いた声に、簡潔な声が返った。
「誰か……いるのか?」
その声に、心臓が跳ねた。聞き間違えるはずがない。
──この声は。
目の前にある茂みが動き、腰に剣を下げた、体格の良い男が姿を見せる。
それは、ルシアの元上司であり、恋人──
”レオン・アルグレイ”、その人だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
前作から読んでいただけている方々、ありがとうございます。今作から読んでいただけた方、はじめまして。
本編未読でもお楽しみいただけるよう書いておりますので、安心して読み進めていただけたら嬉しいです。展開が異なりますので、前作既読の方はその点もお楽しみいただけます。
すべてを取り戻したはずのその先で、再び始まった“やり直し”。
ここからルシアが何を選び、何を掴み取るのか。一緒に見守っていただけたら幸いです。
よろしくお願いします。




