第一話 全てを掴んだ筈の王女、7歳に戻される
※本作は「妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む」の別軸の物語です。
本編未読でも問題なくお楽しみいただけます。
「逃げて。ルシア、ノエル。」
「やだ、おかあさん!!」
7歳のルシアは、小さな手のひらに力を籠め、母の裾を握り込んだ。絶対に離すものか──
その刹那、ルシアの強い心に呼応するように光の濁流が流れ込む。
断片的に過ぎ去る光景、笑顔、記憶──
濁流が去ったとき、そこにいたのは宿した視線の異なる鋭い意志を持った少女だった。
「どうして──」
たった今、王国を取り戻したばかりなのに。
目の前には、ルシアとノエルを愛してくれた、大好きな母が立っている。
──お母さんが、生きている?なんで?
隣を見ると、不安そうに瞳を揺らす、記憶よりもかなり幼い姿のノエルの姿があった。
──どうして?
さっきまで、あの場所にいたはずなのに。
その思考を途切れさせるように、近くの家が轟音を立てて崩れる。燃え尽くす炎は目前へと迫り、聞こえる悲鳴は徐々に近くなっていた。
考えている時間は、ない。
「お母さん」
突然発されたルシアのしっかりとした声に、困惑した顔の母がこちらを向く。
「ルシア……?どうしたの?大丈夫?」
大好きな瞳がまた、ルシアのことを映している。ルシアの名前を呼んでくれる。
だが、今はそれに浸っている時間はない。
「ミア、いるんでしょ」
「はーい!って、え!?なんで私の名前!?」
突然、何もいなかった空間に妖精が現れた。
きらきらとした光をまとった、明るい顔をした女の子。黒煙が漂う場所にはまるで似合わない清廉な空気をまとっている。
「説明はあと。ミア、あいつ……どうにかできる?」
こちらに近づいてくる国王の息子”ブレイン・マレディア”の姿が遠くに見える。相変わらず、つまらなそうな顔をして炎を放っている。
──許せない。
関係ない人たちまで皆殺しにして。私たちのすべてを奪ったあなたを、私は許さない。
「あいつ?うーん……ごめん。ちょっと自信ない……」
「え?そうなの?」
……ミアが勝てない?
そんなはず、ない。
そうか、時間が戻ったから力も足りないのか。
……ダメだ。逃げるしかない。
あの炎の中にいる父は、きっと──
それなら、私たち、3人だけでも。
「私たち3人、隠せる?」
「姿を消すくらいなら」
「上出来。お願いしてもいい?」
「任せて!ミア様が守ってあげるわ」
キラキラとした光が3人を包む。
「ルシア……?」
突然様子の変わった娘の姿に、母は金の瞳を大きく見開いて、瞳を揺らし、ルシアを見つめていた。
「大丈夫、逃げよう。お母さん」
小さく微笑み、黒く汚れた母の手をそっと引っ張る。とにかくこの場から離れなければ。
背後では、悲鳴があがり、人々が逃げ惑う音がする。家が焼け崩れ、家畜たちの悲痛な声が響いた。
全ては守れない──ごめん。
ルシアの幼い手では、母と弟の運命を変えるだけで精いっぱいだ。
滲む視界をぬぐい、歯を食いしばる。
変えてみせる、今度こそ。
奪われた全部を、取り戻すんだ。
深い緑に包まれた森の中へ駆け込み、闇にまぎれる。湿気を含んだ落ち葉に足跡が残る。
月明りのない、完全な闇──
やり直しの前にみた最後の光景を、ルシアは思い出していた。
⸻⸻
”マレディア王”を倒し、祖国”ルミナリア王国”を取り戻した日。突然、フェンネルであるフェルが現れた。
「どうしたの?フェル、そんなに難しい顔をして」
「……足りないのだ。」
「なにが?なにが足りないの?」
「それは……言えない」
普段の可愛らしい小さな姿ではなく、本来の姿となった白き狼は、悲し気な瞳でルシアを見つめていた。
「もう一度、やるしかない」
「もう一度?今から集めたらダメなの?」
「それは、駄目だ。手遅れになる」
「手遅れって、なにが──」
ごおっという轟音にルシアの声はかき消された。
その音が、フェルを中心に巻き起こる魔力によるものだということに、一瞬遅れて気がついた。
「フェル……どうしたの?」
目を開いたルシアの叫びは、轟音の中でもどうやらフェルには届いたらしい。
「ルシア……我の力ではおぬし一人が限界だ。頑張ってくれ」
フェルを中心に、辺りに光に満ち始める。
「ルシアっ」
轟音に包まれる中、確かに聞こえた愛しい声に、ルシアは振り向いた。
「たいさっ」
目を見開いた大佐がこちらへ駆けてくるのが見えた。ルシアへ伸ばした手へと、必死に指を伸ばす。
あと少し──
触れそうだった指先は、宙をきった。その瞬間、世界は闇に包まれた。轟音は掻き消え、光は消えた。
完全なる、無──
気づいたときには、熱風と炎の中にルシアは立っていた。
⸻⸻
「足りないって……なにが」
偶然見つけた大きな洞に親子三人は身を寄せ合っていた。
疲れてしまったのだろう、幼い弟はあっという間に眠った。母も意識を失うように眠りに落ちた。
その手は、ルシアとノエルの小さな手を握りしめている。
「はぁ……」
疲れているはずなのに、目がさえて全く眠ることなどできない。普段耳にすることのない夜行性の動物の鳴き声、木の葉が掠れる音に、心細い気持ちになる。
繋がれた母の手を、ぎゅっと握る。その手を、眠っている筈の母は優しく握り返してくれた。
それだけの動作に、胸が温かくなる。
生きている──大好きな母が。
確かに、生きている。
それだけで、十分だった。
……でも、あの人が、いてくれたら。
やっと実らせることが出来た淡い初恋。相談すれば寄り添ってくれ、きっと頼りになる意見をくれるのに。
ハーブの匂いが、懐かしい。
放り出されたやり直しの世界で、これから一人、どうしたらいいのだろう。
「あーあ」
思った以上に大きな声が出て、口を塞ぐ。慌ててノエルと母を確認したが、どうやら起こしてはないようだ。
よかった──と思ったのは一瞬だった。
ガサガサと葉をかき分ける音がする。そして、落ち葉を踏みしめる重い足跡。
なにかが、いる──
「ミア」
低い小さな声で、妖精のミアに呼びかける。
「ウォーターカッターの準備。いつでも放てるようにして」
「了解」
囁いた声に、簡潔な声が返った。
「誰か……いるのか?」
その声に、心臓が跳ねた。聞き間違えるはずがない。
──この声は。
目の前にある茂みが動き、腰に剣を下げた、体格の良い男が姿を見せる。
それは、ルシアの元上司であり、恋人──
”レオン・アルグレイ”、その人だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
前作から読んでいただけている方々、ありがとうございます。
今作から読んでいただけた方、はじめまして。
本編未読でもお楽しみいただけるよう書いておりますので、安心して読み進めていただけたら嬉しいです。
すべてを取り戻したはずのその先で、再び始まった“やり直し”。
ここからルシアが何を選び、何を掴み取るのか――
見守っていただけたら幸いです。
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カテゴリーをハイファンか恋愛か絶賛悩み中です。どっちもは欲張りですよね。
本作は週2回以上の更新を予定しております。
ストックが整い次第、更新頻度も上げたいと思っておりますので、今作もお付き合いいただけたら嬉しいです。
それでは、次話でお会いできたら嬉しいです。




