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Liebe  作者:
第1章 出会い

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3話S シンデレラの恩返し

 コン、コン、コン、コン……。

規則正しい包丁の音が、眠りの底から私を優しく引き上げる。

鼻の奥に、ふわりとだしの香りが漂ってきた。昆布と鰹節の、懐かしい匂い。

薄く目を開けると白い天井が見えた。見慣れない部屋の壁が、朝の柔らかな光に包まれていた。


 布団はふかふかで、体が沈み込むみたいに心地いい。昨日の記憶が、ゆっくりと蘇る。

そうだった。熱を出して倒れて、綾さんに助けられたんだ。

結局、二人で同じ布団で眠ったんだっけ。


 体を起こすと、台所の方からまたあの音が聞こえてくる。

そっと覗くと、エプロンを締めた綾さんが、包丁をリズミカルに動かしていた。

背中越しに見えるその姿が、急に「日常」を連れてきて、胸がどきりとする。

思わず声が漏れちゃった。


「……綾さん」


 綾さんは手を止めて軽く振り返る。でもすぐ視線を戻して、淡々と答えた。


「起きた。ご飯、作ったよ」


「あ……ありがとう」


 綾さんは味噌汁をかき回しながら、こちらを見ないまま続ける。


「一人分作るのも二人分作るのも、あんまり変わらないし」

少し間を置いて、綾さんは、静かに付け加えた。


「……食べられる?」


「うん、食べられる」


 テーブルに並んでいたのは、ちゃんとした朝ごはんだった。

炊きたてのご飯に、湯気の立つ味噌汁。焼き魚の鮭が香ばしくて、脇に沢庵がちょこんと乗っている。

思わず、ぽろっと口に出してしまった。


「ご飯に味噌汁に焼き魚に沢庵って……昔のドラマの食卓みたい」


 綾さんは一瞬、包丁を止めた。

何も言わずに、私の前に椀が置かれる。

一口、味噌汁をすする。出汁がしっかり効いていて、豆腐とわかめが優しい味に溶け合ってる。

ご飯を口に運べば、ふっくらと炊き上がっていて、鮭の塩気がちょうどいい。

すごく、おいしい。

こんな朝ごはんなんて初めて食べたかも。

胸の奥がじんわり熱くなって、目頭がつんとした。

こんな普通の朝ごはんを誰かに作ってもらうなんて、どれだけぶりだろう。


 私は黙って箸を進めながら、そっと綾さんの横顔を見た。

綾さんは自分の分をよそいながら、いつもの無表情で座る。

でも、その手つきが、なんだか優しい。

反則だよ、綾さん。

こんな朝をくれたら、離れられなくなっちゃうよ。

いつまでいられるんだろうここに。

そんなに長くはいられないだろうな。

食べ終わるころ、綾さんは制服に着替えながら、さらっと言った。


「私は学校に行くけれど、栞はどうする?」


「まだここにいていいの?」


「乗りかかった船だから別にいい」


 その言い方が、冷たいようで、妙に優しい。

助けた責任とか、そういう顔じゃないのに。


「それじゃ行ってらっしゃい」


 言われ慣れてないのか?綾さんはすごく困ったような、どのようにしていいかわからない顔を私にしてくれた。

淡々としている綾さんでもそういう顔できるんだなぁって思ってすごく楽しかった。

ドアが閉まって、鍵の音がして、部屋に私ひとりになる。

……暇だな。


 この部屋、TVもラジオも雑誌もない。

あるのは教科書と参考書ばかり。生活の音が少ない。静かすぎて、びっくりしちゃうぐらい。


 外に出て思いっきり遊びたいけど。

見つかったら厄介だし、いろいろな人に迷惑かけちゃうしね。

今現在でもたくさんの人に迷惑かけてる。

電話一本入れた方がいいのはわかってるけど、今私スマホもお金も持ってないから連絡のしようがなかった。

いくらでもやりようがあるのに、私は逃げていて落ち込んでしまう。

このまま悩んでいても行動する気がないんだから同じだと思う。

だから、少しだけ気を紛らす為にたんすを開けてみた。

現役女子高生のタンスの中身は何が入ってるんだろう?

失礼かなって思ったけど開けてみた。


 開けた瞬間とてもびっくりしちゃった。

おしゃれなのが何もない。

下着も服も、そこらの店で買ったようなものばかり。

そこらレベルじゃないかも、下手したら100円均一とかコンビニとか多分そのレベルの下着だった。

服もとりあえずはあるって感じだった。

まるで世捨て人みたいって思ったぐらいだ。

思考の迷路に迷ってたら、いつの間にか夕方になってた。


 あれ?学校って、こんなに遅かったかな。

……ご飯でも作っておこうかな。

大したものは作れないけど、冷蔵庫にあるもので何かを作っておこう。


 22時になっても帰ってこない

私が居るからどこかで時間つぶしてるとか?

さすがに遅いよね。雨も降ってきてるし?

もしかして事故とか?

そうやって心配していたら24時ぐらいに帰ってきた。


「起きてたんだね」


「一応ご飯作っといたけど、学校ってこんなに遅かったっけ?」


「あぁ、バイト」


「こんな時間まで」


「そうだね」


「差し支えなければ何のバイトしてるの?」


「今日は、4時から7時30分までG・Sで」


「で・・・」

でってまだ何かやってるの?

うそでしょ?

普通バイトって掛け持ちってやらないよね



「8時から11時までファミレスのバイトだよ」


「そんなにしているの?」


「あと4時から新聞配達をしてる」


 言葉が出なかった。

え、いつ寝てるの。いつ休んでるの。

4時から新聞配達なら起きるのは3時ぐらいかな?

睡眠時間が3時間もないんじゃない?

私も結構あるけど、一般の人でそれって大丈夫なの?

私が少し心配そうな顔で綾さんを見つめていたら、彼女は、少しだけ目が細くなって私を見つめていた。


「余り干渉しないで、この家に居たければ」


「ちょっと興味があったから」


「興味があるとタンスを開けたりするの?」


何でばれたの?

バツが悪そうに私は黙ってしまった。

綾さんは、淡々と答える。


「別に難しい話じゃない。タンスの引き出しが少し開いてるから」


 確かによく見ると少しだけ段差が見えた。 

観察が鋭すぎるなぁ。

書てTに空けたから私が全面的に悪いんだけど。

それより、ずぶ濡れの綾さんをみて心配になってきた。


「綾さんずぶぬれじゃない。すぐにお風呂沸かすね」


「途中で降られた」


 私は綾さんに、タオルを押し付けた。


「はい、これタオル。沸かすまで時間かかるし、とりあえずこれで体拭いていて」


「あぁ、ありがとう。なんだか家の主人が反対になった気分だね」


「一日中居たからね。この部屋何にもないから」


「そうだね」


 綾さんは言われた通り体を拭いて、お風呂に入った。

でも、雨に濡れて冷えたのが残ってたんだと思う。顔色がどこか悪く見えた。


 その夜も、昨日と同じように二人で一つの布団に入った。

私は小さく体を丸めて、綾さんのすぐ隣で横になる。

彼女の寝息が静かに耳に届く。規則正しく、穏やかで、安心する音。

でも、今日は少しだけ考え事が頭を離れなかった。

……所詮、他人だ。綾さんの生活に深入りするのは、きっと迷惑なんだろう。

干渉しちゃいけないって、分かってる。それなのに、どうしてこんなに気になってしまうんだろう。


 そんなことをぼんやり考えているうちに、隣の寝息が少しずつ変わっていくのに気づいた。

最初は浅く、途切れ途切れに。そして、だんだん荒く、熱っぽく。私は慌てて布団の中で体を起こし、綾さんの肩をそっと揺すった。


「綾さん……? 大丈夫? どうしたの?」

声をかけても、返事はない。

暗闇の中で、恐る恐る手を伸ばして、彼女の額に触れる。

熱い。指先がびくっと震えるほど、熱い。昨日、私が倒れたときと同じ、いや、それ以上に高い熱。

綾さんの頰も、首筋も、触れたところがすべて火照っている。

息が苦しそうで、時折小さくうめくような声が漏れる。


「……綾さん」胸が締めつけられるように痛くなった。


 私は布団をそっとめくり、綾さんの体を起こすように支えた。

冷えたタオルを取ってこなくちゃ。水も飲ませないと。

動こうとしたときに、綾さんが、うっすら目を開けた。焦点が合ってない。


「起・き・た・の? 今・何・時」


「朝の2時だよ」


「2・時、ほ・ん・と・う・に」


「うん」


「い・か・ない・と」


「そんな体で無理に決まってるでしょ」


「でも、行かないと・・・」


「ふらふらじゃん。無理だよ」


 綾さんの目が、どこか遠い。

責任感だけで立ち上がろうとしてるのが分かる。止めないと。ほんとに倒れる。

「連絡するから場所教えて」


「だ・か・ら・や・すめ・ない・の」


「このままだったら遅刻する。私が知らせに行くから教えて」綾さんが、かすれた声で言った。


「ま・え」


「前?」


 その瞬間、綾さんの体がふっと軽くなって、私の肩に崩れた。

もたれかかってきた重みが、怖いくらい静かだった。


「綾さん・・・・って」


 返事がない。

赤い顔のまま、綾さんは意識を失っていた。


 そこからの三日間は、無我夢中だった。

彼女を布団に寝かせ、保冷剤を探して、看病の合間に彼女のバイト先を駆け回った。

新聞屋、ガソリンスタンド、ファミレス。

押し入れから綾さんの昔の服を借りて理由を言って、「代わりをやらせてください」と頭を下げた。

お芝居じゃないお仕事は初めてだったけど、すごく勉強になった。

こんな時でもお芝居の事を考えてる。

やはり私芸能のお仕事好きだったんだと再確認しちゃった。

綾さんが大丈夫になったら帰ろう。

たくさんの人に迷惑もかけてるしね。


 そう思ってたけど三日目の午後。ついに事務所の人間に見つかってしまった。

私は理由を言って、マネージャーからスマホを借りて社長に簡単に理由を言って少しだけ時間をもらった。


 アパートに戻って看病をしてたら綾さんが意識が戻って目を覚ましてくれた。

これで安心して帰ることができる。


 綾さんは急に時間を聞いて、有無も言わさずに服に着替えてすぐに外に出てしまった。

病み上がりなのに、外を見ると、綾さんは新聞販売店に向かっていった。

周囲を見るとマネージャーの車が駐車しているのが見えた。

もう時間ないかな?


 黙っていなくなると多分心配をすると思うので、感謝の手紙を書いておいた。


『綾さんへ 治ったんだね良かった。 でも本当は帰ってからお話したかったんだけれど・・・ そうそうちょっと勝手なことやってごめんね。 綾さん自分の体よりバイトの方が大事みたいだったし、行かせれないぐらい意識がなかったから、 勝手に手伝わせてもらいました。でもこの数日間 本当に楽しかったよ。シンデレラの気分だった。こんな気分になったことしばらくなかったから、 綾さんには本当に感謝してるよ。 でもその時間も終わっちゃった。このままいなくなったら心配すると思うので、 手紙を書かせていただきました。 本当にありがとう綾さん。 栞より』


これでいい。

この服は、ごめんね。記念に、黙って持ってっちゃうね。

窃盗罪、だよね。


 私はそのままマネージャーの車に乗り込み、いつもの世界へと戻った。


 色々怒られて数日がたった。相変わらず毎日が忙しい。

朝からスタジオは眩しくて、白いライトが何本も刺さるように照らしつけ、空気が乾いて喉が渇く。

メイクさんに髪を整えられ、頰にハイライトを入れられ、衣装を着せられていく。


「次はコンサートのチラシ用ね。笑顔、お願いします」


「はい、よろしくお願いします」


 スタッフの声に、軽く会釈を返す。カメラの前に立つ。

ピントが合う小さな音。シャッターが切られる、乾いた音。

カメラマンがリズムを取るように、優しく声を掛けてくる。


「はい、かわいい。もう一回」


「それ、誰にでも言ってません?」


「そうかもね。でも、かわいいものはかわいいって言うのが自然でしょ。目線、こっちよろしくね」


「……そうかもしれません」


 私は素直に視線を合わせ、笑う。

撮影が終わって、確認用のモニターに写真が映し出される。

きらびやかなステージ衣装。完璧に作り込まれた笑顔。


 霧生栞。紙面の仮レイアウトまで載っていて、下に大きく。

霧生 栞 コンサート開催。


「これ、新聞の折り込みにも入るから」


 マネージャーが横で言った。

折り込み。その一言で、心臓が一瞬、変な跳ね方をした。


 綾さん、大丈夫かな。

たった数日だったのに。

何にもない、あの部屋だったのに。あそこにいた時間が、すごく楽しかった。


 チラシが新聞に折り込まれるってことは、綾さんの手元にも届くかもしれない。

私が誰なのか、知られたら。綾さんの態度、変わっちゃうかな。

変わったら、少しだけ、嫌かも。


 本番当日。ステージ袖で、スタッフがカウントを取っている。

歓声が壁を震わせ、鼓膜がびりびりと痺れる。

私は深く息を吸って、芸能人の仮面を被る。

アイドルで、完璧な霧生栞。


 でも、一瞬だけ、あの時の記憶が頭をよぎった。

湯気の立つ味噌汁の匂い。暖色の明かりが落ちていた、小さな部屋。

綾さん、チラシ見たかな。


 私はステージへ踏み出した。

ライトが熱い。歓声が波のように押し寄せる。

あの世界は、夢のような時間だった。

でも、ここも、私が選んだ好きな世界の一つ。

綾さんほどじゃないけど、私も責任を持って、ちゃんと頑張ろう。


 そして、寂しくなった夜は、私のクローゼットに隠してある、

あの服を見る。綾さんの匂いが、まだ少し残ってる気がして。

そっと呟く。


「今日も頑張るね。だから、綾さんも頑張ってね」


本人はきっと、聞こえたら「必要ない」とか「関わらないで」って言うんだろうな。

それでもいい。ステージの上で、私は笑った。

今度は、さっきよりほんの少しだけ、リアルな笑顔で。そして歌声を私を求めるファンに届けよう。

「Liebe」をお楽しみいただけましたか?


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