#78 バイトの商魂も侮れない
「さて、暗くなりすぎる前に買い物を済ませちゃいましょ」
今回の催しは、開催時間が遅かったというのもあって、あまり猶予がない。小野寺は、このまま蓮の家に泊まることにしたようだが、俺と翔太は家に帰るまでのタイムリミットがある。と言っても、互いに徒歩で行き来できる範囲に住んでいる為、その制限はあってないようなものなのだが。
「麗奈ちゃんのお店にお菓子も売ってるかな?」
「聞いた感じだと、海外のお菓子ならありそうだったな」
「海外の行事なんだし、そっちの方が雰囲気出るんじゃないかな?」
目ぼしいものは見つけ次第ということで、とりあえず矢野の働く輸入雑貨店を目指すことになった。
件の店舗がある大型ショッピングセンターまでは、電車で三駅だ。目的地が近づくにつれて、馴染みのある風景が遠ざかっていく。
「大きいね……」
「あぁ、でかいな……」
いつも近場で済ませているから、この商業施設を訪れる機会はほとんどなかった。小野寺にとっても珍しかったらしく、少しの間二人して夜空を仰いでいた。
「ちょっと二人とも、恥ずかしいからやめなさい」
「ごめんね……! あんまり来たことなかったから、はしゃいじゃって……」
「渚はいいのよ。……問題はあっち」
蓮の厳しい視線が、俺の横顔を刺している気がする。
「口まで開けちゃって、馬鹿みたい……」
「俺、この前のテスト蓮よりいい点取ったよな?」
「ほらほらそこまでだ。矢野さんのバイト先に行くんだろう?」
こういう時、翔太がいてくれると助かる。俺も蓮もふざけすぎる傾向があるから、制止してくれる存在が必要なのだ。長い間そういう役どころを務めさせてしまったせいか、俺達も任せきりな節がある。
翔太に促され、俺達は店内に足を踏み入れた。
「えーっと、麗奈のお店は三階ね」
フロアガイドを眺めていた蓮が、お目当ての店名を見つけたようだ。
付近のエスカレーターで三階へ向かうと、ちょうど上った先に店が構えられていた。
「ここが麗奈ちゃんのお店?」
「そうみたいだな」
青と白を基調とした内装は、小洒落た雰囲気ながら清潔感を感じる。そしてその一角に、ハロウィンコーナーと称した橙色の照明に包まれた場所があった。
「わ……カボチャがいっぱい……」
小野寺は、ハロウィンの風物詩ともいえるカボチャに興味を示している。その姿を見て、俺は先日調べた雑学を披露してみたいという出来心に駆られた。
「ジャック・オー・ランタンって、元はカボチャじゃなくてカブだったらしいぞ」
「そうなんだ……」
「へぇ、詳しいんだね」
「基になった悪魔の物語では、カブが登場するんだ」
そう得意げに話していると、背後から朗らかな声が飛び入ってくる。
「光君、よく知ってるじゃん!」
「うわっ! ……矢野か……」
「麗奈ちゃん、こんばんは」
「皆、来てくれたんだね! いらっしゃいませ!」
学校の外でも変わらず天真爛漫を象徴するような矢野だが、もちろん制服は着ていない。だからといって、この服装が私服かと聞かれると答えに困った。
「矢野、その服は……」
「これ? ふふん、これはねー……なんだと思う?」
……いや、俺はそれを聞きたかったんだって。
「簡単じゃない、魔女の仮装でしょ?」
「蓮ちゃん、大正解! 今日はハロウィンということで、従業員も仮装して接客してるんだよ!」
矢野の格好は、全身が黒で統一されていた。必要以上に先の尖った帽子とミニ丈のスカートワンピース。そこに差し色のオレンジが加わることで、ハロウィンらしさが一気に増していた。
……なるほど、仮装か。危うく矢野の私服が、おかしな趣味全開なのだと勘違いするところだった。前に一度会ってはいるが、こっちが本性の可能性もあったしな。
自分が鈍かったことへの言い訳を脳内で済ませ、俺は何事もなかったような態度で矢野に尋ねる。
「俺達、お菓子と仮装道具を買いにきたんだが、おすすめとかあるか?」
「そう言うと思って、一通りおすすめを選んでおいたよ!」
「本当? 麗奈ちゃん、ありがとう」
「そんなー……褒めたってお菓子くらいしか出ないよ?」
そう言って矢野は、小野寺に何かを手渡す。光沢のある包装で、手の平に収まる形状ということ以外は何も分からない。
っていうか、お菓子は出てくるのかよ……。
「これ、チョコだから、蓮ちゃんのお家で冷やしてもらってね!」
プレゼントの正体は、チョコレートだったらしい。
悪戯しようというわけではなかったが、お菓子が手に入ったのは収穫だ。
「麗奈、私達にはお菓子のプレゼントはないの?」
「それはお買い上げいただいて……」
にやりと笑った矢野の策略にまんまとはめられ、俺達は矢野セレクトのお菓子と仮装道具一式を全て購入することになった。
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