#76 今日は二択の日
木曜の中庭は、いつにもまして騒がしかった。
「いいなー! 私も参加したかったよー」
今日は十月の最終日、古代ケルトの大晦日だ。この日は死者の魂や悪霊、魔女がこちらの世界に――
「せっかくのハロウィンにバイトなんて、麗奈もツイてないわね」
「でも! 絶対に麗奈ちゃんのお店行くからね」
「渚ちゃん、ありがとう!」
「わ……! びっくりした……」
嬉しさのあまり、小野寺に抱きつく矢野。驚きはしたものの、小野寺は満更でもないようで、仲睦まじい空間が展開されている。
その眺めに、俺は自分の前説が遮られたことも忘れ、穏やかな心持ちになっていた。
「光にとって幸か不幸か、今日の部活組はお暇をいただいているからね」
翔太は俺を名指しすると、ニヤニヤと笑みを浮かべる。思わず俺は、不服を唱えた。
「どういう意味だ」
「(小野寺さんと二人っきりのハロウィンも、それはそれで楽しみだったんじゃないのかい?)」
「なっ……!」
翔太の煽りは、他には聞こえない小声だった。その配慮には感謝するが、否定させて……いや、待てよ。正直なところ、小野寺と二人っきりのハロウィンというのは、中々に甘美な響きではある。
――まさか! この二択自体が、トリック・オア・トリートということか?! ということは、トリートを選べば小野寺と……
『お、小野寺……その格好は……!』
『トリック・オア・トリート……! お菓子くれないと、悪戯するよ?』
黒猫に扮した小野寺の、決まり文句を口にする姿が脳内に描き出される。
この場面で、俺が答えるべき選択肢は決まっているようなものだった。
「……トリックで」
「何のことだい……?」
おっと、つい本心が漏れてしまった。
翔太に向けられた冷たい視線から逃げるように、俺は顔を背ける。
「……なんでもない。それより、集合場所は蓮の家でいいのか?」
「そうね。最近は暗くなるのも早いし、渚をちゃんとエスコートしてきなさいよ」
「了解した」
「渚もそれでいいわね?」
「う、うん……」
頷く小野寺は、未だ矢野の腕の中だ。
にこやかな矢野との対比で、その心配そうな面持ちがより強調されていた。
「俺の案内じゃ、不安か?」
「気持ちは分かるわよ。それなら、翔くんも派遣する?」
「ううん……! ……そうじゃなくて、仮装……ってした方がいいのかな……」
「~~~~! 絶対した方がいいよ!」
悲鳴にも聞こえるような声を上げて、矢野の抱擁が力を増す。
「麗奈ちゃん……苦しいよ……」
「あ、ごめん! ……大丈夫?」
と言いながらも、まだ小野寺を腕の中から出すつもりはないらしい。
「すぐ放してくれたから大丈夫だよ」
「良かったー!」
「ちょっと、麗奈ちゃん……?!」
こうして小野寺が揉みくちゃにされているのは、新鮮な光景だった。
蓮も小野寺との距離が近い方ではあるが、どちらかというと姉 (ぶっている)という印象があった。しかし矢野は、距離感が近いだけじゃなく、ボディータッチも多い。慣れない距離感に、小野寺もたじたじだった。
「渚ちゃん、何着る? お店に来たら、色々紹介してあげるからね!」
「ありがとう。……皆も、何か着る?」
矢野の腕からひょっこり顔を出して、小野寺が尋ねてくる。
「渚が仮装するなら、私もしようかしら。……ってことで、翔くんと光も確定ね」
「仰せの通りに」
「……嘘だろ」
ハロウィンの仮装って何すんだよ……。何着ても様になりそうな翔太はいいとして、俺は……袋被ってゴーストとかか?
「間宮君は、嫌……?」
「うっ……」
上目遣いでそう聞かれて、断れる男がこの世界にいるのだろうか。
文化祭でメイド服着たんだ。今さら仮装くらい……!
「…………分かったよ。皆で仮装なんだな?」
「うん!」
小野寺の今日一の笑顔を見て、この二択を外さなくて良かったと思った。
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