#72 その土俵には、どうやっても上がれないけど
小野寺の本心を聞く為に選ばれた場所は、中庭だった。
いつの間にかここは、俺達の中で大事な場所という認識になっていた。
『――私を助けてほしい』
俺だけに、と前置きして小野寺が口にした”お願い”――ありがとうの行き先。その意図がどこにあるのか、なぜ俺だけにその願いを告げたのか、今は見当がつかなかった。
だから、これからされる話は、その謎を解く為の手がかりになるはずだ。
「集まってくれてありがとう。……さっき間宮君にも言ったんだけど、私は悩んでるし、助けてほしいと思ってる。でも、どうしたらいいのかが分からくて……」
「渚、相談っていうのはそういう時にこそするものよ。一人じゃ分からないことも、人と話したら案外簡単に分かるんだから」
「そうそう! 皆の力が集まれば、できないことなんてない気がするんだ! こんなに早く恩返しができるなんて、私嬉しいよ!」
口々に伝えた思いは、小野寺の心に響いた。影が消えた小野寺の表情を見て、そう確信した。
「それで……話してもらえるか? 今、小野寺が悩んでること」
「うん……分かった……」
小野寺が一度目を閉じると、辺りが静寂に包まれたように錯覚した。部活動の喧噪、吹奏楽部の演奏は鼓膜に止まらず、小野寺の深い呼吸の音色だけが聴覚を揺さぶっていた。
再び目を開けた小野寺は、真っ直ぐ俺達を見据え、口を開いた。
「……私、お見合いすることになったの」
「お見合い?」
言葉の意味は分かっているはずなのに、口を衝いて繰り返してしまう。
「うん……」
……小野寺が、お見合い? そういうのって、もっと金持ち……というか、蓮とか矢野と縁がありそうな話じゃないのか?
平静を保とうにも、心臓がバクバクと音を立てて思考が乱される。誤解であれと、続きを催促することしかできなかった。
「……それで、相手とかは……」
「お父さんが言うには、私と同じ高校の人らしいんだけど……」
「それって同級生かもしれないってことよね?」
「……私もよく分からないの。お父さん、お酒の席で話が弾んで、その人の息子さんとお見合いすることになっちゃったって……」
内容の重さに反して、軽いノリで話が進んでるな……。まだ見ぬ小野寺の父親に対する第一印象が、これで大丈夫なのか?
「信じられないんだけど! うちもお見合いの話は前にあったけどね、翔くんのことが好きだったから全部断ってやったの! だから、渚もそうしなさい!」
共感するところが多かったのか、蓮はすっかりお冠だ。しかし、話はそう簡単には終わらないようで……
「私も断るつもりだったんだけど、相手が本気にしちゃったみたいで、一度だけ会ってくれないかってお願いされちゃってるんだ……」
「……これは一大事だね」
「けど、一回会って、そこでお断りすればいいだけの話だろ? そんなに重く考える必要――」
現実から目を逸らし、自分を納得させる為に発した言葉が遮られる。
矢野は俺の顔を覗き込んで、諫めるように言った。
「そこで、相手が諦めてくれなかったら? また流されて、取り返しのつかないところまでいっちゃうかもしれないんだよ?」
「……そうだな、悪い……。……そのお見合いは、いつあるんだ?」
「今度の土曜日に、ご飯を食べに行く予定……」
「そうか……」
今週はまだ始まったばかり、作戦を練る時間はある。……でも、作戦って何をすればいいんだ? 外野の俺達が相手を説得するなんてできるはずがない。あっちから接触してきた、翔子さんの時とも状況が違いすぎる。
『どうやったら助かるのか、私にも分からないの……』
小野寺が呟いた、その言葉の意味を俺はようやく理解した。
このまま……このまま小野寺は、離れていってしまうのか?
弱気になった俺の脳内に響いたのは、小野寺との約束だった。
『――私を助けてほしい』
そうだ。俺は約束したんだ。小野寺を――好きな人を助けるって。こんなところで、こんな理由で俺の恋路が終わってたまるか。
俺は拳を握り締め、顔を上げる。
「……正直、まだどうすればいいか分からない。それでも、俺は絶対に小野寺を助けたい。また、皆の力を貸してくれないか?」
俺の呼びかけに、翔太、蓮、矢野は呆れたように笑みを浮かべる。
返ってきた答えは、満場一致で「もちろん」だった。
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