#71 この手を離さない
それから放課後を迎えるまで、俺は弁当箱を肌身離さず持って過ごしていた。
どこかに置いておいて、目を離した隙に小野寺に回収されてしまっては計画が台無しだ。席を立つ度に弁当箱を持っているのだから、事情を知らない人からすれば奇行にしか見えないだろう。
それはもちろん、小野寺にも。
「さて、と……」
放課後が訪れ、勘付かれないようゆっくりと視線を後ろに向ける。
小野寺は弁当箱を回収したがっている。しかし、俺との会話を回避する為に、自分から近づこうとはしない。結果、俺が目撃した小野寺は眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべていた。
……なんだか悪いことをしている気分だな。
俺は、小野寺にそんな顔をさせたかったわけじゃない。彼女に笑っていてほしい、いつも通りであってほしい。その望みの為の行動がこれじゃ、本末転倒だ。
皆、悪い……。
今日中庭で話したことは全部無駄になるかもしれない。それでも、直接思いを伝える方が正しいと思った。
「小野寺……」
「は、はい……!」
俺は意を決して振り返り、小野寺の名前を呼んだ。思いがけないことだったのか、小野寺はびくりと肩を震わせ返事をする。
その時、視界の端で翔太が薄く笑っているのが見えた。慌てた様子の矢野を宥める蓮も、静観するつもりらしい。……どうやら腐れ縁達には、ここまでお見通しだったようだ。
「その……弁当箱返すよ。ありがとな、今日も美味しかった……」
「えっと、お粗末様でした……――間宮君?」
「返す前に、一つだけいいか?」
小野寺が困惑した原因は、俺が弁当箱を掴む力を緩めなかったからだ。今、対面したこの状況でしか、小野寺と向き合えないような気がした。
「悩んでいるなら、教えてくれ。助けを求めてるなら、言ってくれ。俺は……俺達は力になるから。……それとも、俺達じゃ力不足か?」
ずるい聞き方をしたという自覚はあった。けど、それなら俺のせいにしてくれて構わない。言うつもりがなかったけど、俺にそう聞かれたからと言い訳してくれていい。
小野寺は少しの間唸った後、大きく息を吐き、観念したように頷いた。
「……私、悩んでる。それに、助けてほしい。でも、どうやったら助かるのか、私にも分からないの……」
「それを考えるのが、俺達の仕事だろ?」
「そうかもしれないけど……」
「小野寺、考えるのは後にしないか? 何に悩んでるか、俺達に聞かせてくれ。 話すだけでも、気は楽になるもんだ」
これは、間違いなく実体験に基づくものだ。実際に口にしてみるまで、効果が分からないというのが惜しいところではあるのだが。
「……間宮君、前にした約束覚えてる?」
「ありがとうの行き先を作るってやつだろ。覚えてるよ」
小野寺が前払いした『ありがとう』。その行き先を作る為にいつか小野寺を助ける、そういう約束だった。
けど、その約束がなくても、俺は小野寺を助けるつもりだ。好きな人が困っているのを、放っておくなんてできるわけがない。
「じゃあ、お願いしてもいい……? ……これは、間宮君だけにするお願いだから」
「俺、だけに……」
「うん。皆に協力してもらったとしても、このお願いだけは特別」
「――私を助けてほしい」
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