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#31 綺麗な月の夜は

 本日のメニューが全て終了し、夕食を済ませた俺達は、縁側で夜風に当たっていた。


「光も小野寺さんも、今日はお疲れ様。最後の方は聞かなくても解けてたし、この調子で明日もよろしくね」


「詰め込み勉強会が、まさか合宿になるなんてな」


「……でも、その方が楽しい」


 俺も小野寺と同じ考えだった。当初泊まり込みで勉強会をすると聞いた時は、生きて帰れるかと心配したが、スパルタ要素は全くないし、むしろ生徒組のペースでやらせてもらっている。

 ……まぁ、最後の最後まで心臓に悪い環境ではあったが。


「お待たせ、持ってきたわよ」


「合宿でお月見なんて、蓮ちゃん天才だよ!」


 ピラミッド状に盛り付けられた団子を持って、蓮と矢野が和室に現れる。

 ご機嫌な矢野の言葉に、蓮は満更でもないといった様子だ。


「そ、そう? 私、天才かな?」


 蓮が嬉し恥ずかしと体をくねらせると、皿の上の団子が揺らぎ始める。

 おいおい、これのどこが天才だって言うんだ? このままだと団子が――


 俺は心配こそしていたものの、特に行動は起こさなかった。それをするのは、俺の仕事じゃない。


「たしかにそれは名案だけど、団子を落としたら台無しだよ?」


 蓮から皿を取り上げ、空いた手で翔太は蓮の手を取る。


「わっ、ごめんね……」


 微笑みかける翔太に、蓮はもうとろける寸前だ。


「お熱いのは何よりだが、今夜の主役はこっちだろ?」


 俺は、縁側にしんしんと降り注ぐ光――月の方を指し示す。


「これは失敬。それじゃあ早速、十五夜を楽しむとしようか」



 日が沈んだ秋の風は、少し体に堪える。

 だが、隣に誰かがいるという安心感が心に温もりを与えてくれていた。


「まさか、テスト前の休日に十五夜が被るとは思わなかったな」


「そうだね。私、皆とお月見できて嬉しいよ」


 互いに目を合わせず、ただ月を見上げながら言葉を交わす。

 入学したての頃、あるいは夏休みが明けるまで、こんな体験をするなんて想像していなかった。


「ねぇ間宮君、どうして月にウサギがいるか知ってる?」


 ふと、小野寺がそんなことを尋ねてきた。


「いや、知らないな」


「”人の役に立ちたい”と思って暮らしてたサル、キツネ、ウサギのところに、神様が老人の姿になって現れるの。それで、食べ物を恵んでほしいってお願いするんだけど、ウサギだけは何もあげられなかったんだ」


「だから月送りになったとか?」


 人の役に立ちたいと思いながら何もできないウサギに、神様は怒りを露わにしたという教訓じみた話なのかもしれない。


「ううん。ウサギはそのことを嘆いて、自分を食べてもらおうと火に飛び込んじゃうの。その行動を後世に伝える為に、神様はウサギを月に昇らせたんだって」


 小野寺が語ったのは、少し悲しいウサギの物語だった。


「私ね、あの日ギャルの格好して良かったなって思ってるんだ。自分を犠牲にしてまで、殻を破ろうとしてみて良かったなって」


 夜を震わす澄んだ声色が、小野寺に目を向けさせる。

 柔らかな月の光に照らされる横顔は、手を伸ばしても届かない遠くの存在を思わせた。こんなにも近くにいるのに触れられない。俺は初めて、高嶺の花という言葉の意味を理解した。


「サルとキツネはちゃんと役に立てたのに、月に昇ってないから誰にも見つけてもらえない。……昔の私も、きっとそうだったの。高嶺の花らしく、なんて思ってたらいつの間にか皆に距離を置かれちゃって……。友達を作りたくても、もう手遅れになっちゃった。ただでさえ話すのが苦手なのに、誰も私に近づこうとしなくなったから」


「だから怖い目には遭ったけど、あの日変わろうと思って良かった。――だって間宮君に見つけてもらえたんだもん」


 気付けば小野寺の視線は、俺と重なっていた。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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