#32 これはご褒美ですか?
そして二日間の勉強合宿を終え、いよいよテスト当日。俺はこれまで経験したことないような自信に満ち溢れていた。
飛鳥は朝食の席で、そんな俺に不審そうな目を向けていた。
「兄さん、今日テストですよね」
「なんだ藪から棒に」
「いや、その割には表情が生き生きしてると思って」
ほう、飛鳥にも分かるか。今の俺が、かつての補修常連生だった頃とは違うことに。
俺はコップに注がれたお茶を一気に飲み干すと、飛鳥に宣言する。
「今日の俺は一味違うぜ?」
「はぁ……」
呆れた様子の飛鳥だったが、そこは俺の妹――合宿で成長したという趣旨を理解したようだ。
「それなら、合宿に参加した皆さんにはお礼を言わないとですね。兄さんがお世話になりましたって」
「やめろよ恥ずかしいから」
「今のニヤついた顔よりはマシです」
飛鳥はどこからか手鏡を取り出し、俺に鏡面を差し出す。
映し出された俺は、飛鳥の言う通りにやけ顔だった。
……自分の顔だけど、なんだかむかついてきたな。いや、自分の顔だからか?
不毛な自問自答は、来客を告げる音に中断される。すでに時計は、約束の刻限を指し示していた。
――まだ着替えてもないじゃねぇか!
だらしない部屋着姿に目を落とし、慌てて身支度に取りかかる。
呼び鈴が鳴ってから五分が経ち、ようやく俺は扉を開けた。
「おはよう、間宮君」
「あぁ、おはよう。遅くなって悪かった」
「飛鳥ちゃんから話は聞いてたんだけど……。その、調子に乗って時間を見てなかったっていうのは――」
「面目ない」
小野寺が全てを言い終える前に、俺は誠意を見せる。
「元々早めに学校に行く予定だったんだし、少しくらい遅れても大丈夫だよ。……あれ?」
小野寺が何かに気付いたような声を上げると、俺の頭部に温かな感触が押し付けられる。
「お、小野寺……?」
下げた頭を上げることができず、俺は目線だけでもと上を見ようとする。が、今俺の視界を埋めるのは小野寺の脚部。スカートから伸びる太腿が目に入り、以前の膝枕が脳裏をかすめる。
全くもって邪な感情はないが、女性の脚をじっくりと見るのは男としてまずいような気がした。
「寝癖、ついてるよ」
「へ?」
俺は下を向いたまま、喉から細い声を漏らす。
すると小野寺は、後頭部を優しく撫で始める。分かりきっていたことではあったが、この温もりの正体は手のひらだった。
朝から玄関の前で、同級生に頭を撫でられているという構図は、むず痒いというよりも体から火が出そうな羞恥に包まれていた。
しかも俺は、上半身を九十度に折った状態だ。まるで、俺がお願いして撫でてもらってるみたいじゃないか?
「はい、直ったよ」
小野寺からの許しを得て、久方ぶりに視界が開ける。
おそらく大して時間は経っていないだろうが、体感としては一時間コースといったところだ。
……俺、めちゃくちゃ撫でられてたよな。
寝癖を直すという理由があったとはいえ、小野寺に頭を撫でられたのだ。改めて考えると、緊張していたのが勿体なく感じる。
「……ありがとな」
頭に浮かんでいた気持ち悪い考えを悟られまいと、努めて平静に感謝を伝える。
「ふふっ、間宮君も可愛いとこあるんだね」
――可愛いのは、お前だろ!
奥歯を噛み締め、湧き上がる感情に蓋をする。
この日、俺達は仲良く遅刻ギリギリに登校することになった。
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