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助けたギャルが高嶺の花だった  作者: 大豆の神
そして二人は――
122/123

#118 危うく先手を打たれるところだった

「小野寺、本当にいいのか?」


「うん。この前話した時もそう言ったでしょ?」


「それはそうなんだが……」


 今日は十二月二十五日――クリスマス当日だ。それにも関わらず、俺達は華やかな喧噪を抜けてとある場所に来ていた。


「たしかに今日はニナのクリスマスライブがある。だからといって、小野寺と出かける今日行きたいと思うほど不誠実じゃないぞ?」


 それに、俺はもうニナに頼らなくても前に進むことができるようになった。俺にとって、このライブハウスは訪れることのない場所になろうとしていたのだ。

 なんたってマラソン大会の時は、忙しいというのもあったけど願掛けにすら来てないしな。


「私も一度観てみたかったの。光君の好きなニナさんのライブを」


「だからデートプランに組み込んだのか?」


「うん、そうだよ」


 俺が誘ったクリスマスデート。当初は俺がプランを考え、小野寺を案内する予定だった。しかし、終業式の帰り道に小野寺はこう提案してきたのだ。


『光君、そのデ、デートのことなんだけど……当日の予定、私も一緒に考えていいかな?』


 何か意図があるのだろうと頷いたわけだが、まさか最初のイベントがニナのライブになるとは思わなかった。


「そろそろ入るか」


「まだ始まるまで結構時間あるよ?」


「早めに行かないといい席が取れないんだ。どうせ観るなら、最前で楽しみたいだろ?」


 せっかくの初ライブだ。小野寺には楽しんでもらいたい。

 俺は小野寺を連れて、ライブハウスの扉を開けた。


「みんなー、今日は来てくれてありがとー! ニナのクリスマスライブ、いっぱい楽しんでいってね!」


 薄暗くなった照明が、ライブ開始の合図だった。陽気な音楽と共に、ニナがステージに現れる。

 暗くなった室内で、唯一のスポットを一身に浴びる彼女の姿は、やはりアイドルを体現しているようだった。


「今日はクリスマスだから、皆のサイリウムでイルミ作ってね!」


「サイリウム……?」


「これを曲に合わせて振るんだ。……こんな感じでな」


 俺はサイリウムの一つを小野寺に渡し、その場で軽く振ってみせる。

 客席でふわりと光るサイリウムの群れは、ステージからはイルミネーションに見えるのだろう。


「分かった……! やってみるね……!」


「それと、ライブ中の会話は推奨されてない。終わるまではステージに集中だ」


「うん!」


 ライブに訪れる客が、皆小野寺みたいに素直だったらいいんだけどな。

 生憎と、ライブ中にレポートを書く勢力はまだいるらしい。……やめだ、俺も周りばっか見てないでライブに集中しよう。


 それからというもの、俺も久しぶりのニナのパフォーマンスに高揚して、時間はあっという間に過ぎていった。


「次が最後の曲になります! 皆最後までついてきてねー!」


 残すところあと一曲。ライブも終盤に差しかかると、冬だというのに会場は熱気に包まれていた。


「……最後は、ちょっとアイドルっぽくない曲だと思います。でも、私の大好きな曲なので、皆も好きになってくれると嬉しいです! ――それでは聞いてください」


 最後の曲は、有名なクリスマスソングのカバーだった。誰もが一度は聞いたことのあるであろう楽曲は、ニナの言う通りアイドルっぽくはなかった。


 アイドルっぽさとはなんだろうか。可憐であること、笑顔を絶やさないこと、人によって様々な答えがあるはずだ。

 それを貫き通すことで、アイドルはいずれ偶像となり、憧れや崇拝の対象となる。しかし、偶像は人を惹きつけると同時に、人との一定の距離を作り出す。

 昔の俺は、その距離感が好きだった。自分が一線を超えない限り間違えることのない関係は、安心することができたから。


 でも、小野寺と関わっていく中で考えが変わっていった。俺はもう、人と関わりを持つことも誰かを好きになることも恐れない。

 だからだろうか、俺にはこの瞬間のニナが一番輝いているように感じた。好きな歌を歌う彼女を見て、本当のニナを知ることができたような気がしたのだ。アイドルのニナではなく、ニナという個人を応援したいという感情が、俺の中で湧いてきていた。


 隣でサイリウムを振る、小野寺の横顔を見る。

 俺に変わるきっかけを与えてくれた彼女――小野寺は、高嶺の花という偶像によって孤独を味わっていた。そうして俺は、ギャルとなった彼女と出会ったのだ。求められる姿という殻を破る、そんな彼女の一歩が、俺にとっても全ての始まりだったといえる。


「皆、ありがとー! 素敵なクリスマスの思い出になったかな?」


 気付けばライブは終わっていた。物思いに耽ってライブを見損なうとは、惜しいことをした。

 だが問題ない。これからもニナを応援し続ける限り、こうして彼女のパフォーマンスを観ることができるのだから。


「小野寺、ありがとな」


 ライブハウスから出た俺は、小野寺にそう声をかけた。


「なんのこと?」


「ライブを観て、色々発見があったんだ」


「良かったね」


「ああ」


「……実はね、今日ここに来たかったのは、もう一つ理由があるの」


 小野寺には、ニナのライブを観る以外にも目的があったのか。

 正直な話、ニナのライブならいつでも観にくることができた。デートプランに組み込んだということは、今日じゃなきゃいけない理由があるのだろう。


「光君と初めて会った場所に、もう一度来たかったんだ」


「……ライブの帰り道に、小野寺と初めて会ったんだもんな」


 ナンパされている小野寺を一度見過ごして、戻ってきてこてんぱんにされる。今思い出しても、恥ずかしい出来事だ。


「あの時、光君に素通りされてもうダメだって思ったんだ。そしたら、すごい勢いで戻ってきて……」


「小野寺視点の俺、すごい情けないな……」


「ううん、そんなことないよ。それから私の為に戦ってくれて――」


 小野寺は一度言葉を切ると、ハッと息を呑んだ。


「……そっか、光君は最初から私の為に戦ってくれてたんだね」


「戦うなんて、そんな立派なことはしてないって」


「それでも、私にとっては光君がヒーローだったの。だから私、光君のこと――」


「あー、待ってくれ小野寺。……それは、またの機会だ」


 今小野寺に先を越されたら、俺は情けなさで一生枕を濡らすことになる。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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