#117 一応公認、ということらしい
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マラソン大会で手にした勝利、それを噛み締めた昨夜はよく眠れた。
翌朝を迎えてもその余韻は続き、口に入れた朝食の味は全く分からなかった。
「――さん! 兄さんってば! 聞こえてますか!」
「……ん? 飛鳥か、どうした?」
「どうした? じゃありませんよ! もう少しで家を出る時間ですよね?」
「え? あぁ、そうだな……」
「まったく、いつまでご飯食べてるんですか!」
皿に目を落とすと、手をつけていたはずの朝食がほとんど減っていないことに気付く。今朝はなんだか気が抜けているみたいだ。
「残してごめんな。帰ったら食べるから、冷蔵庫に入れといてくれ」
「……はぁ、分かりました」
吐かれたため息も、どこか他人事のように感じてしまう。
浮き足立っている、地に足がついていないというのは、こういう時に使う言葉なのだろう。
「はぁ……」
「優雅にため息零してる場合ですか? 早く顔洗って、制服に着替えてください……!」
「分かった、分かったから……!」
全体重をかけて、飛鳥は俺を洗面所に押し込もうとする。ここまでやられれば、さすがに今の俺でもしゃきっとせざるを得なかった。
「ふぅ……」
とはいったものの、顔を洗っても制服に袖を通しても、頭はのぼせたままだ。
それはもう、家の中で鳴った呼び鈴の音が聞こえないくらいに。
「兄さん、小野寺さんが来てますよー!」
「え? ……分かった、すぐ行く!」
あれ、いつの間に……?
そう思って時計を見ると、針はすでに約束の時間を差していた。
「光君、おはよう……」
「……おはよう」
夏休み以来何度も繰り返してきた挨拶が、今になってぎこちない。
その様子に、飛鳥は何かを勘づいたようだった。
「甘酸っぱいのも結構ですが、やるなら学校にしてください」
「ああ、そうだな……」
「光君?!」
「え、俺今なんて言った?」
「兄さん、しばらく見ない間にこんなに大胆に……」
「ちょっと待て飛鳥! 誤解だ! 気のせいだ! 若気の至りだ!」
俺の精一杯の抵抗に、飛鳥はただ一言「青春ですね」と言って玄関を閉めた。
「なんてこった……」
こうして動揺し、初めていつもの調子に戻る。悔しいが、口を滑らせた甲斐があったらしい。
「光君」
「なんだ?」
「学校で甘酸っぱいの、するの……?」
伏し目がちな視線を向けて、小野寺はそう尋ねた。
「…………」
いやいやいやいや! まさか! まさかそんなことするわけ……いや、正直めちゃくちゃしたい。弥勒寺先輩に勝って、これでようやく堂々と隣に立てるんだ。残りの高校生活、甘酸っぱいことの一つや二つ――
「まだ、早いかな……」
「う、うん、そうだよね! まだ早いよね!」
そうして話を切り上げ、俺達は登校をしたのだが……。
「おい、来たぞ! 俺達のカップルのお出ましだ!」
「きゃーっ! やっぱり許婚の噂は本当だったのね!」
「うおおおおお!! 俺にも春よ来い!」
昇降口に着いて早々、騒がしい歓迎を受けることになる。全員が全員見ない顔で、おそらく先輩だということしか推測できない。
っていうか『俺達のカップル』ってなんだよ。俺達、まだ付き合ってないんだからな! そして最後の人、冬が終われば春は来るぞ。
と、心の中でボケを捌いていた俺の肩に、突然手が置かれる。
「愛する女の為に戦ったお前を、俺は誇りに思う……」
……いや誰だよ。
この口振りで、本当に初対面のやつが現れるとは思わなかった。小野寺だって、急に出てきて驚いてるじゃないか。
「光君……お知り合い?」
「全く知らないやつだ」
「知らないのも無理はない。だが、俺はいつまでも、お前達のことを見守ってるからな……」
そうして力強く親指を立て、男は踵を返していった。
結局、何者かは分からずじまいとなってしまった。
その後も熱烈な出迎えをくぐり抜け、どうにか教室に辿り着くことができた。しかし、ここがゴールではなかった。
「来たな! 皆集まれ、英雄の凱旋だ!」
教室の扉を開け、最初に目が合ったクラスメイトが教室中に呼びかける。
すると、読書中だった生徒も談笑していた生徒も居眠りしていた生徒も、誰一人欠けることなく俺達を囲む。
「せーのっ」
「おめでとう!」
祝福の言葉と共に浴びせられたのは、甲高いと音と紙吹雪。
「……小野寺、大丈夫か?」
「うん……心臓、止まるかと思ったよ……」
「そんなに喜んでもらえるとは、僕達も嬉しいね」
「……翔太か」
俺達を取り囲むクラスメイトの輪から、クラッカーを手にした翔太が顔を出す。
発砲されたかと思うような音の正体は、クラッカーだったのだ。
「せっかくだから、光の勝利を皆で祝いたくてね」
「私と翔太君で皆に声をかけて、サプライズをしようって話になったんだ!」
「もちろん私もいるわよ」
翔太に続いて、矢野と蓮が姿を見せる。
「麗奈ちゃん、蓮ちゃん……!」
二人の登場に、小野寺は嬉しそうな声を上げる。
……そういう反応、俺も翔太が出てきた時にするべきだったかな。
「なぁ矢野、声かけた皆って他学年の人もか?」
「んー、私達が声かけたのはこのクラスだけだよ。蓮ちゃんはスペシャルゲスト!」
それじゃあ、昇降口にいた先輩達は一体……?
「実際、僕達が企画しなくても学校中がお祝いムードだったんだよ」
「……なんでだ?」
小野寺はともかく、俺は校内じゃ”謎の一年生”扱いのはずだ。そんなポッと出の一年生と小野寺の関係を、全校生徒が祝福したいとは思えなかった。
「そうか、光は当事者だから知らないんだね」
「光君、マラソン大会中カメラで中継してたのは覚えてる?」
「代表者の決意が実を結ぶかを追うってやつだろ?」
「そうそう! その映像ってね、グラウンドに設置してたモニターに映してたんだけど……」
それは俺も女子が走っている時に観ていた。ゼッケンが、しっかりと代表者を見分ける道具として機能していたのも確認済みだ。
「あんたがデートに誘ってるとこ、そこから丸見えだったのよ」
「は? ……あ、もしかして!」
俺は一つの結論に思い当たる。遡ること一日前、俺が小野寺をデートに誘った時のことだ。
『はい、喜んで!』
『一年B組の代表者、間宮光君の決意”愛”は見事に果たされました』
『綾音先輩?』
『ではお二人とも、カメラに向かっていい笑顔を』
そこでふにゃりと笑って、俺は意識を手放したのだった。
あのカメラ、中継用だったのか……!
今思えば当たり前なのだが、満身創痍の当時は一切気付かなかったのだ。
つまり、あの誘い――クリスマスデートの確約を取ったことは周知の事実。それが全校生徒に留まらなかったことを、HRでゴリラに告げられた「よくやった」という言葉で思い知ることになった。
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