#112 ペースを乱さず、このまま駆け抜ける
”弥勒寺先輩VS謎の一年生”という見出しは、生徒会新聞を皮切りに大きな波を呼んだ。
謎の一年生――それはもちろん俺のことだ。あの場で名乗りはしたが、記憶に残っている生徒もそう多くない。ということで、書面上では”謎の一年生”という蠱惑的な響きを採用したらしい。
記事を書いた矢野は、就任以来初の大仕事にとても張り切っていた。結果、「絶対にキャッチーな見出しを考えるからね!」という声明通りの活躍をしてくれた。
だが、その賑わいもそう長くは続かなかった。テストが近づくにつれ、浮かれていた校内の空気は強張りを取り戻していった。
当の俺達も自分達の勉強に追われ、昼休みと放課後は勉学に明け暮れていた。この二週間弱、マラソン大会のことはランニング中にしか考えられなかったほどだ。
しかし――それも今日までの話だ。
「皆お疲れ様! よく期末テストを乗り越えました」
生徒会室に集まる面々を前に、花森先輩が口火を切る。
「本当、今回は皆頑張ったよね! 会長がいるだけで、勉強会の雰囲気全然違ったもんね!」
「……その同意を俺に求めないでくれ」
矢野の言わんとしていることが、『さながらスパルタ合宿だった』という俺の感想と一致しない場合、俺だけが酷い目に遭うことになる。
「あら、次回の為にも参加者の忌憚ない意見を聞かせて?」
「じ、次回もあるんですか……」
その容姿から出たとは思えない蓮の呻きは、彼女の本音も乗せてしまう。
笑顔の花森先輩は、蓮に狙いを定めたようだ。
「もちろんよ。榊原さんも楽しみでしょう?」
「そ、そうですね……はい、楽しみです……」
この二週間の指導で、俺達生徒組は花森先輩に敵わないと思い知らされた。
俺だけじゃなくて、蓮の細胞にも花森先輩への恩義と恐怖が染みついているみたいだな。
「花森先輩、ありがとうございました。私まで勉強教えてもらっちゃって……」
「いいのよ。むしろ、学年トップの小野寺さんに私が教えちゃって大丈夫か不安に思ったくらいなんだから」
「そんなことありません! 花森先輩の説明、分かりやすかったです……!」
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
「返ってきた答案を見る感じ、小野寺さんの学年トップは決まりだろうね」
「ってことは、小野寺の首位継続記録は更新だな」
「まだ気が早いよ……」
この発言を卑屈と受け取る人もいるかもしれない。でも俺は、小野寺がただ慢心していないだけだと知っている。
昔は、頭のいいやつは地頭が違うなんて言い訳をしていたが、その考えは間違いだったと気付かされた。小野寺の結果は、それを得るに相応しい努力の甲斐あってこそのものだ。隣で一緒に勉強していた俺がそう感じたのだ、他の誰にも否定なんてさせるものか。
「実際、僕も含めて全員の平均点が上がったんだ。この会を続けるメリットはあると思うよ」
「ま、まぁ、翔くんがそう言うなら……」
お前は花森先輩が怖いだけだろ。……いや、俺もそうなんだけど。
「勉強会の是非については、また今度話しましょう。テストも終わったことだし、今はマラソン大会に注力しなきゃ」
「本番、もう次の水曜日なんだよね……」
「ああ。……あっという間といえば、あっという間だったかもな」
小野寺のお見合いを聞かされてから、対策を練って、花森先輩に直談判して、最上先輩の力を借りて、走って走って走って――。ここまで駆け足で日々を過ごしたような気がする。
今学期の行事も、残すところマラソン大会のみ。終業式には、涙じゃなくて笑顔で臨みたい。
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