#110 そのクラゲ、可愛すぎ注意
翌週の昼休み、俺と蓮は生徒会室で顔を突き合わせていた。
「蓮、聞いたか今の言葉!」
「もちろんよ。中間の点数を超えるなんて無理だと思ってたけど、これは大収穫だわ!」
固く握手を交わす俺達に呆れた顔を見せると、翔太は再度花森先輩に尋ねた。
「本当に、試験勉強手伝っていただけるんですか?」
「ええ、生徒会長として困ってる生徒は見過ごせないわ」
俺達が興奮していた理由はこれだ。先日期末テストの存在を翔太に告げられ、どん底に落ちていた俺に手を差し伸べてくれたのは、花森先輩だった。
なんと、昼食を取っているこの時間に俺達の試験勉強を見てくれるというのだ。しかも、希望者は放課後の講義もあるという充実っぷり。そうして俺と蓮は、迷わず手を上げたのだった。
「生徒は私達二人だから、翔くんと渚と麗奈、花森先輩が先生ってことよね。……こんな豪華講師陣に教わっちゃっていいのかしら」
「たしかに、後で何か要求されたりとか……」
俺達は、講師陣の様子を窺うようにおそるおそる顔を向ける。講師陣からはただ一言――全員から同じセリフが返ってきた。
「しっかり点数を取ってね」
「……はい」
もしかすると俺は、引き返せない地獄への片道切符を手にしてしまったのかもしれない。
「今日から試験二週間前だけど、急な話だったし明日から始めましょう。……その代わり、明日からは息つく暇もないわよ」
「会長、スパルタはほどほどにしてくださいね。ただでさえマラソン大会もあって、忙しいんですから」
「矢野さん? 学生の本分は勉強なのよ。恋愛にかまけて勉学を疎かにするなんて有り得ないの」
「あー……じゃあ光君には、みっちりしごかれてもらわないとですね!」
「そういうことになるわね」
「え……え?」
矢野? どうして急に裏切ったんだ? そこは共同戦線張る展開じゃ……。
「ごめん光君! 骨は拾うから!」
なんとなくの話の流れで、俺の命運は尽きることになったらしい。
「光君、私も手伝うからね……!」
「小野寺……」
「私と麗奈ちゃんがいて、花森先輩まで入るんだから心強いよ……?」
きっと小野寺は俺を励まそうとしてくれているのだろう。頼む小野寺! 俺が今、その心強さに殺されそうになっていると気付いてくれ……!
「それじゃあ蓮はいつも通り、僕とペアだね」
「牧野君のサポートも私が担当するわ。よろしくね、榊原さん」
「ひぃっ、お手柔らかにお願いします……」
毎度恒例の悲鳴と共に、蓮のメニューは彼氏との個人レッスン(花森先輩を添えて)に決定した。
試験期間の翔太、いつもと変わらない顔してるのにどこかおっかない雰囲気があるんだよな……。
だが蓮、気をつけろよ。俺が思うに、花森先輩はもっとおっかない人だと――
「間宮君、どうかした?」
「いえ、何も……!」
……こういうところがあるから、この人は怖いんだ。
「一年生の試験日程って、もう分かるかしら?」
「はい、たしか写真に撮って……」
小野寺が取り出した携帯に、ピンクの球体が揺れる。いや、あれは球体じゃなくてクラゲだ。
あのクラゲ、携帯につけてたのか。今日一日見かけなくて、ソワソワしていたのがようやく解消された。
「あれ? 渚ちゃん、クラゲなんてつけてたっけ?」
「えっと、この前の土曜日に水族館に行って、それで……」
伏し目がちな小野寺の視線が、俺に辿り着く。
……続きは俺が言え、ってことなのか?
「一緒に出かけた記念に買ったんだ。その……お揃いで」
「記念?」
「ああ、記念だ」
「ふーん……」
蓮は、疑わし気な顔で俺と小野寺に目をやると、小野寺に何かを囁いた。
耳元からどんどんと顔に熱が移り、蓮の言葉が浸透していく様子が可視化されたようだった。
「で、どうなのよ。はっきり答えなさい?」
「……そ、そうです」
「もうっ、本当に可愛いんだから!」
蓮は答えに満足したらしく、今度は小野寺を愛おしそうに抱きしめ始めた。
……蓮は何を聞いたんだ?! 気になる! このままじゃ気になって夜も眠れない!
「何を、聞いたんだ……?」
「女心の分からないあんたに教えるわけないでしょ」
べー、と舌を出して蓮は小野寺をさらに抱き寄せる。
結局昼休みが終わるまで、小野寺はピンクのクラゲのままだった。
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