#105 お土産を選ぶ時間は、意外と楽しいものだ
ショーを十分に楽しんだ俺達は、最後に売店に寄ることにした。
余韻を感じながら金を落とすのは、なんだかんだで外せないイベントだ。ニナのライブでも、物販はいい思い出として残っている。
「それにしても、色々置いてあるんだな」
「うん、そうだね」
壁一面に所狭しと並べられた商品――菓子類やぬいぐるみ、文房具や食器など、充実した内容が目を引く。
せっかく来たんだ、飛鳥にお土産の一つでも買っていくとしよう。飛鳥なら、きっと何を渡しても喜んでくれる(本心は別としてだ)が、買う以上しっかり喜んでもらいたい。
「無難なところだとぬいぐるみとかか?」
この手の店で一番のシェアを占めているのは、やはりぬいぐるみだろう。大人から子どもまで、あらゆる客層に好まれる商品だといえる。だが、それゆえに商品展開が幅広く、選ぶのが難しいという問題が発生していた。
と、ぬいぐるみの山を前に唸っている俺の顔を小野寺が覗き込む。
「飛鳥ちゃんのお土産?」
「そうなんだ……ってよく分かったな」
「うん。だって今の光君、飛鳥ちゃんのこと話す時と同じ顔してるもん。――妹思いのお兄さんの顔」
不意に向けられた柔和な表情が、俺の心を羽のように優しく撫でる。穏やかな刺激が大きな波となって、心臓がどくんと音を立てた。
「光君……? どうしたの?」
「いや……なんでもない。……小野寺のおすすめは何かあるか?」
慌てて顔を逸らし、緩んだ口元を手で隠して尋ねる。
「そうだな……これとかどう?」
そう言って小野寺が抱きかかえたのは、イルカのぬいぐるみ。水色とピンクの二色のイルカが、小野寺の胸元からこちらを見つめている。
『今日、最も印象に残った生き物は?』と聞かれたら、俺の回答は間違いなくイルカだ。……本当は人間(小野寺)と答えたいところだが、そんなボケみたいな本音を答えるつもりはない。
これを買って、飛鳥にショーの話をするのもありだな。もしかしたら、それを聞いた飛鳥とここに来ることになるかもしれない。
「うん、いいな……それにしよう」
「どっちの色がいい?」
「じゃあ、ピ――水色で」
女の子だからピンク、という安直な選択をしかけて踏み止まる。すんでのところで、飛鳥は青系統が好きだったことを思い出した。
「はい」
「ありがとう」
手渡されたイルカに、まだ小野寺の熱が僅かに残っている。……ってめっちゃ気持ち悪いこと言ってないか、俺! べ、べべ別に、休み時間に自分の席が占領されてて、授業中に座ったら温かくてどぎまぎしたとか全然ないからな!
おのれイルカめ、一度ならず二度までも俺の動揺を誘うとは……。
「……こほん、小野寺は何か買うのか?」
「どうしようかな……家用にお菓子は買おうと思ってるんだけど……」
小野寺がちらちらと窺っているのは、キーホルダーのコーナーだ。この中に、欲しい物でもあるのだろうか。
「キーホルダー、買いたいのか?」
「え?! ……うん」
「もしかして、あんまお金ない感じか? それなら俺が買っても――」
「違うの……! ……そうじゃなくて、光君とお揃いのを買いたいなって――あ……」
「……そ、そうか……」
「うん……」
互いに恥じらいを隠せず、口も開けないまま固まってしまう。
お揃いのキーホルダーか……考えたこともなかった。一緒に出かけた思い出、ということなら俺も買うのは吝かではない。
「それなら……買わないか? ほら、記念だしな」
「そ、そうだね……! 記念、だもんね……」
”記念”という言葉が建前のようになり、俺達の羞恥を溶かす。
「どれにしよう……」
「小野寺が好きなの選んでいいぞ。俺はそれに合わせる」
「じゃあ――」
小野寺が手に取ったのは、ピンクのクラゲ。デフォルメの結果、毒がある生物とは思えないくらい愛くるしい見た目になっている。
このピンク……俺もつけるんですか? 好きなのを選んでいいと言いはしたが、まさかこんなことになるなんて。
「光君もピンクがいいの?」
「え?」
「ずっとピンクのクラゲ見てるから……」
「いや、そんなことは! ……あぁいや、そんなことはないってことはないっていうか……」
「光君、誤解だよ。私がピンクを選んだから、光君はこっち」
小野寺の指先を辿ると、同じ見た目をした水色のクラゲが目に入る。
「色違いでお揃い……どうかな?」
そんなの卑怯だ。こんなこと聞かれたら、答えなんて一つに決まっている。
「最高だ」
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