#101 タイムマシンがあったらなんて仮定
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こうして俺達は、手を繋ぎながら目的地へ向かうことになった。
小野寺の手から伝わる体温はとても暖かく、彼女の発言が嘘ではないことを証明していた。
「本当に体温高いんだな……」
「うん……でも、多分それだけじゃないっていうか……」
小野寺の口元がまごつく度に、繋がれた手元を細い指がなぞる。未体験の感覚に背筋が震えるのを、俺は悟られないよう必死だった。
「手、繋ぐの……少し恥ずかしいから……」
そう言って、握る手に力が込められる。一連の言動が、手を包む熱をはっきりと意識させる。
さっきは勢いということもあってあまり気にしていなかったが、俺から手を繋いだのって初めてだよな。お化け屋敷の中で咄嗟に手を取った時はあったけど、あれは数にはカウントしなくていいと思う。……改めて考えると、我ながら大胆なことをしたものだ。
「……光君も、体温高いんだね」
「そ、そうか?」
「うん、あったかい……」
その温かさはきっと、俺の羞恥心の表れだ。俺が小野寺を想い続ける限り、この熱が冷めることはない。だって、好きな相手と手を繋ぐのに緊張しない男はいないだろ?
「そろそろ行くか――あ……」
集合場所から水族館までは電車で数駅行く必要がある。しかし、手繋ぎに没頭していた結果、予定していた電車に間に合わないことが発覚した。
「次の電車でもいいか……?」
「うん、大丈夫だよ」
そうして不甲斐ないスタート切ってしまったわけだが、これが案外新たな発見をもたらしてくれた。
ある程度栄えた地域であれば、次の電車を待つのに大した時間はかからない。だが、その環境に慣れてしまうと一本の遅れが大きなタイムロスに感じるようになってしまう。俺も例に漏れずその一人だったわけだが、今日ばかりは電車を待つ時間を噛み締めていた。小野寺と手を繋いでホームに並ぶ、この時間が永遠に続いてもいいとすら思っていた。
このまま電車が来なければ、明日が来なくてマラソン大会も来ない。でも、隣にいる小野寺との日々はここで止まってしまう。そう考えると、”今”の停滞を望もうという気にはなれなかった。
「小野寺」
「何?」
「変な質問なんだけどさ、小野寺はタイムマシンがあったら過去と未来どっちに行きたい?」
「ふふっ、本当に変な質問だね」
笑みを返した小野寺は、表情を引き締める。
こんな突飛な質問にも、一生懸命答えを出そうとしてくれる。その姿勢が俺にはとても嬉しかった。
「……私はどっちにも行きたくないかな」
やがて、小野寺はゆっくりと自分の結論を口に出す。
「どっちに行きたい? って質問だったのに、ごめんね」
「いや、気にしないでくれ。……理由、聞いてもいいか?」
「うん。……小さい時に友達ができたらって考えてみたんだけど、戻ったら踏み出せない頃の私に戻っちゃう気がして。だったら、成長できた今の私でいたいって思ったの」
小野寺の理屈には共感できるところがあった。俺が中学時代に戻ってやり直せるとしても、あの時と同じ道を辿るように思えた。あの時決断して、行動を起こしたのは紛れもなく俺なのだ。俺が戻ったところで、俺が同じ行動を起こすだけだ。
それなら、未来はどうなのだろうか。これから先に何が待っているか、成長した自分で覗き見たいという考えはないのだろうか。
俺は小野寺の次の言葉を待った。
「未来はね、私がこの先を生きて見たいの。私が見て、感じて、それで好きなものをもっと好きになりたいんだ」
小野寺の視線が、俺に注がれていることに気付く。俺を見る小野寺の眼差しは、右手に感じる温もりみたいに穏やかで優しかった。
「小野寺――」
口を衝いて、聞くべきではないセリフが飛び出そうとする。それを遮ったのは、誰でもない――電車の走行音だった。
巨大な鉄の塊は、耳を刺す金切り声を立ててホームに到着する。
扉が開き、降車する乗客を眺める。電車に乗り込み、扉が閉じる。僅かな横揺れの後、電車が動き出した。
「光君」
「なんだ?」
「さっき、なんて言おうとしてたの? 私、電車の音で何も聞こえなくて……」
――ああ良かった。俺は心の底から安堵した。
『小野寺の”好きなもの”って、なんなんだ?』
あの瞬間、それが聞けてしまっていたらどうなっていたか分からない。
望む答えが返ってきてもそうじゃなくても、きっと俺は後悔していたはずだ。それこそ、タイムマシンを使って過去に戻ろうと思うほどに。
「俺も小野寺と同じだって言いたかったんだ。過去にも未来にも行きたくない……タイムマシンもいらないってな」
過去は振り返らない、今を歩き続けて未来を自分自身の目で確かめるんだ。
お読みいただき、ありがとうがとうございます。
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