#99 「一緒にゴールしよう」は信じるな
マラソン大会の告示から少し経って、体育の授業でも長距離走が扱われるようになった。
その第一回目にあたる今日は、俺がクラスメイトに比べてどれくらい走れるかを知ることができる日になる。
「今日はまだ初回だから、ペースを上げすぎず全員でコースの確認をする」
今先生が口にしたコースとは、本番ではなく授業中に走るルートのことだ。本番のコースを走るのは、当日の一回のみ。そういう面では、過去に走ったことのある先輩達に地の利があるといえる。
「それでは、私についてくるように」
その指示を受け、生徒が隊列を組む。運動部に所属しているやつや、お調子者が先陣を占める中、俺は真ん中辺りに留まっていた。
俺の存在に気付いた翔太が、ペースを落として俺のもとへやってくる。
「おや、光は自分の走りを見せびらかすつもりはないのかな?」
「ただでさえペースを上げすぎずって言われてんだ、初回でバテたら笑いものだろ」
今年はトレーニングに励んでいるとはいえ、これまで長距離走にはいい思い出がない。
並走していたやつに置いていかれたり、一緒にサボっていたやつはなぜか俺より走れたり、ゴール地点で皆に温かな眼差しを向けられたりと散々な目に遭った覚えがある。
「っていうか、翔太こそいいのか?」
「何がだい?」
「部活仲間と並走しなくて」
俺と違って翔太は上手に人間関係をこなしている。だからクラスメイト――特に同じサッカー部のメンバーからは引く手数多なのだ。
「彼ら、暴走しがちなところがあるからね。それに、きっと一緒に走っていたら……もうじき先生に叱られる頃だ」
翔太の目線に促され、騒がしくなり始めていた前方に目を向ける。
「うおおおおお! 俺が一番乗りだ!」
「させるか! 俺がトップになる!」
「お前達! 私の後ろにいるよう言っただろ!」
すると翔太の読み通り、首位争いを始めたサッカー部の連中に怒号が飛ぶ。
「すみませ――げっ、翔太のやつ! いつの間にか俺達を裏切ってるじゃねぇか!」
「なん……だと……!」
今になって事実を知ったサッカー部の面々から、不服を唱える声が上がる。そんな彼らに、翔太は涼しい顔で手を振り返していた。
「やれやれ……早めに離脱しておいて正解だったよ」
「みたいだな……」
こればかりは裏切り者の翔太に同情する。
「ところで光、気付いているかい?」
「何がだ?」
「最初に前にいた人達が、段々僕達に合流し始めているんだよ」
そう言われ周りを見渡すと、たしかに最初張り切って最前列を走っていた顔がちらほらある。
彼らのほとんどは息を切らし、肩を上下させている。それでも中層で走れているのは、さすが運動部といったところだろうか。
「長距離を走るうえで、ペースを一定にするのはとても大事なことだ……っていうのはこの状況を見たら分かってくれるだろう?」
「そうだな。……分かりやすすぎる教材だよ」
こうやって翔太と軽口を叩きながら走れること自体、俺の中では成長を実感できるものだった。多少息は上がっているが、まだまだ走れる気がしている。
今日も足元のお供はランニングシューズだ。これくらいの走行なら、負担は感じないようなものだ。
そして、真ん中で一定のペースで走っていた俺達は、いつの間にか先生の背後に位置していた。
この日、俺は長距離への確かな自信とこれからの成長への期待、二つのお土産を持ち帰ることができたのだった。
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