運命.2
めちゃくちゃ時間開けちゃいました。
時刻は8時半、黄瀬川公園の外周を囲む木々によって、家から漏れ出す光は遮られ、黄瀬川公園を照らすのは点滅するポールライトと月明かりのみ。
車の行き来も人の通行もほとんどなく、辺りは静寂に包まれている。
「一旦落ち着こっか」
時々肩を跳ねさせながら、少女は自分に言い聞かせるように深呼吸を繰り返す。
元の白さも相まって、少女の頬が赤くなっているのが分かる。
「あ、あの…もう大丈夫です」
暫くたって、安定した息遣いで少女は言った。眉毛も、まつ毛も白く光っている。
だが、目の色だけが底の見えない暗黒で、まるで光を通さないブラックホールのようだ。
これを見れば殆どの人は不気味に思うだろう。だが、今は仄かに紅く色づいて生気が宿っているように見える。涼介はそれに安堵して、話を切り出す。
「よかった。それじゃあまずは自己紹介からしよっか、僕の名前は中切涼介、君は?」
「わ、私は…白坂小白、です」
「小白ちゃんか、よろしく」
小白は聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声でよろしくお願いしますと言って頷いた。
「えっと、じゃあ、なんであんなことしたのか、教えてくれる?」
「え、あっ、いや、その」
「あ、言いにくいならいいよ、こんな誰とも知らない男に、話しづらいよね」
涼介は言い淀む小白を手で制する。未遂であっても自殺を企てたのだ。相当な悩みを抱えているに違いない、いじめや虐待だったとしたら、涼介にはどうしようもないのだ。
(でも…)
涼介の頭に、「二つ」フラッシュバックする。あの美しい絵だ。月の光を反射させて、真っ黒なキャンパスに映る、純白の少女。その絵を描いた張本人が、どこか諦念したような、哀しげな表情で俯いている。
その時、涼介の口元が緩んだ。それは、優しさでも、可笑しさでも、愉しさでもない感情を含む笑みだが、涼介の目はその少女を捉えている。
「えっと…。あのね、僕はね、君がどれだけ辛い思いをしてきたのか、どれだけ自分や人を恨み、憎んできたかは知らない。でもね、僕は君の味方だから。例えば、君が誰かに後ろ指を指されるなら、僕が君を隠すし、君が誰かを憎むのなら、僕も一緒に憎んであげる。もし、君が決して許されない罪を犯しても、僕は許すし、一緒に謝るよ。それに、君が一人で寂しいのなら、僕がいつでも隣にいてあげる。いきなりこんなこと言われても困るかもしれないけど、僕は君の味方だから。とっても辛い思いをしたのなら、一人で抱え込まないでほしい。重い荷物は、一人で持つより二人で持った方が軽いし楽でしょ?まぁ、僕はこれでも男だからね、半分とは言わずに4分の3くらい……って、だ、大丈夫?」
途中から熱が入って、小白に気を掛けていなかった涼介は彼女が泣き出したことに気が付かなかった。
訳がわからずに混乱してしまった涼介だが、話の最中に顔を見られなかったのがまだ幸いだった。
「ど、うぐっ……どう、して...そっ、うぅ、そんなにっ、しっ、してくれるんですか」
「あぁ、お、落ち着いて、ね?大丈夫だから、ね?」
枯らした筈の涙がもう一度流れ出して、小白の顔を濡らし、頬は紅潮して真っ白な顔に化粧をする。呼吸は荒く、嗚咽混じりでも、涼介を一生懸命見上げて、小白は疑問をぶつけた。
涼介はそれを宥めようと華奢な背中を優しくさすって、大丈夫、大丈夫と声をかける。
ある程度小白が落ち着いてきたら、満を辞したように涼介の口が開く。
「んー、恥ずかしくて言いにくいんだけど、えっとね、なんて言うか、一目惚れ、かな」
「……え?」
「あ、いや、勘違いっていうか、いや勘違いじゃないか、ええと、だから」
涼介は後悔した。安直すぎた。小白への答えが。小白を宥めている間にきちんと考えておけばよかったのだ。
ここをなんとか切り抜けねば。涼介は頭をできる限り最大限に回して考える。
だが、涼介の頭で出した答えは、この状況をなんとか誤魔化す方法ではなかった。
「そう、一目惚れだよ!うん……。えっと…。最初にね、君が橋から飛び降りようとしてたでしょ?あの時にね、君のことが美しいと思ったんだ。未だにはっきり覚えてる。死にゆく君が、なんていうか、とっても儚くて、綺麗で……君を助けた時も、変なこと聞いたよね、僕。——僕には判断できない——なんて、何言ってんだって感じだよね。でも、本当だったんだ。未だにはっきり覚えてる。僕は…僕は、君をずっと近くで見ていたいって、そう思ったんだ。って、いや、いきなりこんなこと言われてもキモいよね、うん」
「……いえ!あの、嬉しかったです!その、誰かに、この容姿を綺麗だなんて言われたことなくて、それに…味方になってくれるなんて初めて言われて、私、私、すごく、ありがたくて」
また泣きだしそうになる小白を横目に、涼介はほっと安堵をこぼした。
(ここから、ここからだ)
小白を宥めつつ涼介は熟考する。恐らく、小白が自殺を図った原因はこの容姿だろう。全身の色素が抜け落ちる病気だろうか。だとしたら、涼介に解決できることなど、何もないだろう。この病気が原因でいじめを受けたり、孤立してしまっているのなら、後は彼女に寄り添ってあげるくらいしかない。
「じゃあ、聞かせてくれる?」
「はい」
小白の黒い目は涼介をしっかりと見据える。さっきまでの絶望的で悲嘆的なものはなく、涼介を映す瞳はどことなく希望に満ちていた。
「生まれた時からのこと全部話しますね。私は――」
小白は語り始めた。時々、辛い出来事を思い出したのか、目尻に涙を浮かばせながら、一生懸命、縋るように。今まで誰にも話さなかった、自分の過去を。
週一ペースとか言ってたんですけどね。一ヶ月くらいサボってた気がする……。
これは、先が思いやられますね。