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当然のこと言ったまでですけど?みたいにジーナに反抗したけれど、内心、あんなこと言ってよかったのかしらと、言ったそばから心臓がバクバクしだした。
ただあまりにもジーナが静かなことに気づいて、恐る恐る窓の外から視線をジーナに向ければ、彼女はただただ私のことを凝視していた。
その表情からは、私が言ったことはあながち間違いでもないので注意することもできないし、だからといって受け入れて良いものか、みたいな迷いを感じた。
そういえば思い出したけれど、確か、ジーナって………。
「庶民のことを知ることも必要だけど、公爵家でも生活に慣れることも必要ね。いろいろ教えてくださると嬉しいわ。」
私はニコリと微笑むと、ジーナの手をとってぎゅっと握りしめた。
公爵家の侍女の中でも、公爵や夫人など公爵一族に接する侍女は、下位の貴族がしていることがある。けれど、ジーナは庶民出身で、努力で今の立場に成り上がった人物。そのことに誇りを持ちながらも、どこか貴族階級に対してコンプレックスを持っている。
ゲームのリアムルートの終盤で、新興貴族であるエマが上位貴族である公爵家との付き合いに悩んだ時、庶民出身のジーナが力になるシーンがあるのだ。
ジーナは侍女頭という立場から、おそらく私が私生児であることは知っているはず。
公爵家の血を持ちながらも、私生児という理由で公爵家から離れて育てられたマリーの立場と、庶民出身でありながら下位貴族の侍女との立ち回りに悩みながらも努力して今の地位に上り詰めたジーナの立場。
公爵家との関係に悩んだエマの時のように、どれほどその立場を重ね合わせて見てくれるかどうかだ。
私がジーナに熱い視線を送る姿は、さながら演技派女優のようだったと思う。
ジーナは、私が手をとった瞬間こそびくりと身体を震わせたけれど、その手がジーナの手を握る私の手に添えられた。その手にぐっと力が入る。
「ええ、力になりますわ。」
ジーナの瞳は輝きに満ちていた。
多分……成功した??
体感30分ほど、馬車に乗っていただろうか。
ガタンと大きな揺れがしたかと思えば、馬車が止まり、入口ドアがココンとノックされた。
「ついたようです。」
ジーナの言葉で、途端に背筋に力が入る。大きく深呼吸をしていると、馬車のドアが大きく開かれた。
さあ、覚悟を決めるときだ。
馬車を降りるときは、身分が高い者が優先となる。私がジーナに視線を送れば大きく頷かれ、それに応えるように頷く。
私が入口から外に顔を出すと、その広大な敷地共にその敷地に見合う壮大な邸宅があり、その邸宅の玄関前には数名の人間が立ち、私を出迎えていた。
私の私生児という事情が事情だけに、盛大に出迎えるわけにもいかないから、出迎えの人数をごく少数に絞っていたはずだ。
ただ私が驚いたのは、その出迎える執事と侍女の間に、兄であるリアム・オーランドが居たからだ。マリーの記憶の中のリアムの幼い頃の姿と合致するから、間違いはないはず。
ちなみに1周目では執事と侍女だけの出迎えで、リアムは公爵夫妻と共に玄関ホールで私を待っていた。また1周目との相違がでている。
御者の差し出す手に手を添え、馬車を降りて少し歩くと、その私の方にリアムが近寄ってくるのが見えた。
リアムは私より頭1つ分は身長が高かった。私の1メートルほど手前に立つと、幼さゆえの少し高めの声で、私に話しかけてきた。
「俺はリアム・オーランド。お前の兄だ。」
知ってます、なんて言えるはずがない。
兄であるリアムに最大限の敬意を払って、ドレスのスカートを摘まんで練習した礼をした。
1周目のように転ぶなんてこと、してたまるものですか。
「マリーと申します。」
私がそう言って顔をあげると、無表情で私を見つめるリアムがそこにいた。
ゲーム中でも表情が乏しく、あまり笑うこともないキャラだと思ってはいたけれど、表情筋が鋼でできているんだろうかと思うくらい、反応がわからない。
どうすればいいのかわからなくて首を傾げると、しばし間があって、ようやくリアムが口を開いた。
「両親に、マリーのエスコートを頼まれた。」
そう言って、私の方にリアムは腕を差し出した。
と言われても、私はどうすればいいのかなんてわからない。
私が動けずにいると、リアムが不可思議そうに片眉をつり上げた。慌てて理由を告げる。
「ごめんなさい、あの、男性にエスコートされたことがないので、どうすればいいのかわからなくて。」
礼儀作法の授業で、エスコートのされ方なんて習ってない。
私の説明で状況を理解したのか、リアムは私に接近すると、私の左手を掴んでリアムの腕に回すように手を置かせた。
「こうやって、腕に手を回して添えろ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
私がこわごわ添えた手に力を入れると、リアムはゆっくりと歩きだした。私の歩くペースに合わせて、歩いてくれる。
執事により玄関扉が開かれると、玄関ホールの中央に、2人の人物がいた。
公爵夫妻だ。
自然と緊張から、リアムの腕に添える手で、強く腕を握ってしまった。
すると小さな声で、リアムに囁かれた。
「大丈夫だ。案ずることはない。」
どうやら、私の緊張を解こうとしてくれているらしい。
私の中のリアムの印象は、あの卒業パーティーのときの冷たくあしらわれた姿しかなかったので、まさかそんな優しい対応をされるとは思わなかった。




