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私は部屋の中央で、仮縫い中のドレスを着て立たされていた。ルーシーが縫い子に指示を飛ばしながら、裾を縫い足していくのを、見ているしかない。
ルーシーと縫い子の忙しく動き回る様は、こまねずみに似ていた。
「そこ、10cm裾をあげてまち針で留めて。」
フリルの裾の長さが少し違うだけで、雰囲気がガラッと変わるのだといって、ルーシーはドレスに様々な調整を施していく。姿見を通して全身を映せば、その変化は一目瞭然だった。
ただ辛いのは、もうかれこれ1時間ほど立たされていることだ。
一度、トルソーに着せて縫うのはダメなのか問うたが、トルソーと人間では雰囲気が変わってしまうと押しきられた。
「まだかしら……。」
「もう少し、あと少しです!」
ルーシーと、この会話のキャッチボールを、実はもう5回は繰り返している。
さすがにもう足が音を上げていた。
ルーシーとは、最初の契約では3着という取り決めだった。けれど、1着完成したドレスを私が着たときに、まるで泉のように創作のイメージが湧いてきたとのことで、むしろ私のドレスを全部作らせて欲しいと頼まれた。
今作っているドレスは、10着目にはなるかと思う。私は外に出掛けないから、見るのは家庭教師ばかりになるので、あまりドレスを作る予定はなかったのだけど、かなり控えめにしてこの枚数である。
身長が5歳のときより10cmは伸びたので、その成長に合わせた調整が必要だったせいなのもある。
「ありがとうございます。あとは刺繍を足していくだけですわ。」
ルーシーの言葉で、私はどっと体の力が抜けるのを感じた。
1人では脱ぎ着できない服を、ソフィアにも手伝ってもらいながら脱いでいく。
リネンの肌着姿になると、もともと着ていた服をまた着ていく。着せ替え人形の気持ちなんて、知りたくなかったと、つくづく思う。
「4日以内に出来上がりますわ。楽しみにしていらして!」
グレッタに案内されてルーシー達が階下に降りていくのを見送ると、私は1人掛けソファに座り込んだ。何着作ってもあれには慣れない。
「4日以内ですと、公爵家に行く日までには出来上がりそうですね。」
ソフィアの言葉に、私はドレスとは別のことが頭に浮かんでいた。
マリーの記憶によれば、ソフィアとグレッタは、マリーが公爵家に引き取られた時点で、仕事を辞めて二度と会うことはなくなった。
2人から、仕事を辞めるとは聞いていないけれど、公爵家についていくとも聞かされていない。
私はソフィアとグレッタのいない、公爵家での生活を想像した。
信じられる者はおらず、引き取った両親からも当たらず障らずの態度で扱われ、兄も特に話しかけてくるでもない。その冷たい家庭の結果、出来あがったのが、悪役令嬢マリー・オーランド。
中身が私なので、以前のマリーのようにはならないとは思うけれど、それでも寄る辺の無い生活は嫌というほど想像できた。
「マリー様?」
私がまた考え事をしていて黙ってしまったのを不思議そうに見ているソフィアに、私はソファーから立ち上がって思い切り抱きついた。
ソフィアの腰の辺りにしがみつく。
「私が公爵家にいくのに、ついてきて!辞めないで!」
必死だった。
ソフィアのお腹に、ぐりぐりとおでこを押し付けた。よい返事が返ってくるまで離す気はない。必死の私の頭を撫でられ見上げれば、優しい表情で見下ろすソフィアがいた。
「辞めるつもりはありません。私も、母も、公爵家にまいりますよ。これからもよろしくお願いします。」
真っ直ぐ私を見つめる目は、信用できる目だった。それだけで安心して、肩の力が抜けた。
「よかった……ありがとう。よかった。」
自分の行動で、1周目とは違う生活になっているのを如実に感じる。
ルーシーに服を作ってもらえた。ソフィアとグレッタが、仕事を辞めず、公爵家にくる。
他にゲームとは、1周目とは違う行動をとることで、どのような変化が起こっているのかは想像もつかない。
マリーとして、やっていけるのかわからない。
本当のマリーが、どうなっているのかもわからない。
でも、生きるしかない。
マリー・オーランドとして。
隠れ家編は完了です。
ちなみに1周目でマリーのもとをソフィア達が去ったのは、雇われた時に頼まれた仕事が満了したのと、マリーのわがままについていけなくなったっての理由です。




