第七十二話
本日もよろしくお願いします。
各国へ空間魔法のゲートを繋げた魔王コージュは、参加者たちを見送って挨拶を済ませ、王たち代表者とも幾らか言葉を交わしてから別れを告げる。
火の国、土の国、闇の国は全く問題無く自国へと戻って行き、別れ際に抱き着こうとした風の国の女王も、チョップ一発で大人しくすることに成功して帰路へと就かせたのであった。
そうして漸くイシュディア魔王国には普段の落ち着いた空気が戻り、緊張し続けていた仲間たちにも安堵の表情が見られた。
これで今回の首脳会議は無事に終わったと言えよう。色々とあったが、終わり良ければ総て良し……である。
「……帰らんのか?」
「ええ、もう少し居ようかと」
「……いいけどな、別に」
「……」
だがしかし、どうしてかイシュディア魔王国の一室には、未だ魔王の他に水の国のアルティナと光の国のメイリーン二人の姿があった。
「……何故お帰りにならないのです? 今日はもうお開きでは?」
「あら? そう言うアルティナ様はお帰りにならないので?」
「……わたくしは少しコージュ様とお話しが残っておりまして」
「おほほ、奇遇ですね。私もなのですよ」
「「……」」
かく言うアルティナの話とは、もちろんアクアのことである。
魔王とアルティナ、そしてアクアだけが知る秘密ゆえに、メイリーンがいてはできない話なのは言うまでもない。
だが、何をどう勘違いしたのか、メイリーンは強情に退室を拒否して今もそのまま居座り続けていた。
「いや、これは水の国と俺の国とのだな……」
「あら? そうだったんですか? 私はてっきり、最近仲睦まじい魔王様とアルティナ様ですから、もっとプライベートなお話や肉体的接触をなさるものかと思いまして。こうして邪魔し……いえ、お邪魔いたしましたのですよ? おほほほほ」
「肉体的接触とか言うな。そんなんと違うから心配せんでいいわ。分かったらお引き取り願えるか、メイリーンよ?」
「……ポッ」
「お前も顔を赤らめるな! 余計ややこしくなるだろが‼」
――――要するに、メイリーンはアルティナに嫉妬していたのである。
確かに、アルティナとはアクアの件で他の国の代表よりも頻繁に顔を合わせていたのは事実で。それをどこから嗅ぎつけたものやら、メイリーンは二人の仲が相当親密なものと誤解し、自分も後れを取るまいとこうして彼女らしくない行動力を見せていたのだ。
各国代表が帰る中でいつまでも魔王の隣から動かないアルティナの様子に、何か女の勘でも働いたのだろうか。
だが、それでは全く事実無根かと言えば……会う度に魔王とアルティナとの親密度は確かに上がってはいるので、メイリーンの情報分析だか女の勘だかは正しいとも言えた。
だからこそ、当のアルティナはハッキリと否定できず、あるいは敢えて否定せずに事の成り行きを見守っていたのである。
「メイリーンよ。聞き分けのいいお前らしくも無いぞ? 本当にそういうのは無く、国の機密に関する重要な話なのだ。頼むから二人にしてもらえんだろうか?」
「もらえませんね。どうしてもと仰るのでしたら、この場で私を娶ると公式に宣言していただけますか? それでしたら私は安心してすんなりと帰れますので」
「なんでだよ⁉ どうしてそうなったのかな⁉」
どんどんおかしな方向に進む話に呆れ、魔王は助けを求めるようにアルティナへと目を向ける。
しかしそれは悪手。この状況下では火に油を注ぐだけであった。
「ほら! 今もアイコンタクトで「すまんアルティ。こいつを追い払うまではお前との逢瀬はお預けだな?」って合図しましたよね⁉」
「してねーわ‼ どんな被害妄想だ⁉」
「そしてアルティナ様も「わたくしはいつでも準備オーケーですから、邪魔者が去った瞬間にヤッちゃいましょうぜ?」って送った! 絶対そう!」
「そんなわけあるか! ただのド変態じゃねーか!」
だが、当のアルティナが変に顔を赤らめてモジモジしているので、余計に疑惑は深まっていた。
好意ゆえのことなのだろうが、今日は二人とも格別に暴走中である。
「……アレですね、コージュ様。もうシルフィリアス女王陛下や他の希望者も含め、纏めて娶ると宣言した方が世界のためかもしれませんね」
「お前まで何言っとんだ⁉ 今日は二人ともどうした⁉ 急にアホになったか⁉」
「わ、私は一夫多妻も気にしません! その中に私を入れてくれさえすれば!」
「あらあら、メイリーン様ったら♪ そんな大きな声で「挿れてくれ」だなんて大胆過ぎますわ」
「お前ら今日は別人が成り代わってない⁉ ここはパラレルワールドか⁉ ほんと何がどうしてこうなった⁉ というか下ネタ止めろッ‼」
そんな魔王のツッコミも虚しく、場の混沌具合はどんどん深まっていく。
恐らくは会議の場で篤い魂の叫びをあげた魔王コージュの姿を見たせいで、二人とも気持ちが昂ってしまってこうなっているのだろうが。
異性としてアピールしたいなら、彼女たちの最大の魅力はその聡明さと冷静さ、魔王への理解や共感的な姿勢、それに国の代表としての懸命な姿だったはずだ。
だから痴態を見せることは逆効果だと、普段なら分かりそうなものだが。
本当に今日は二人とも別人のようであった。確実に本人だけれども。
「……ゼェ、ゼェ……ハァ、ハァ……」
「それで、どうしますか? このまま三人で寝室へ向かいますか?」
「まあ! アルティナ様ってば大胆! ですがグッジョブ! 是非そうしましょう、魔王様‼ 私もすぐに脱いで、色々と準備を……」
「……」
「あ、あら? どうしました魔王様? そんな怖いお顔で……」
「……あはは……ちょっと悪ふざけが過ぎましたかね……?」
そうして戯れる楽しい時間も、長くは続かない。
鋭い目付きで二人を睨む魔王に、彼女たちも一気に冷静さを取り戻すことになる。流石に服を脱ごうとするアクションはやり過ぎだったようだ。
威圧のオーラを纏ってスクッと立ち上がった魔王は、一瞬で二人の首根っこを掴み上げると、そのまま部屋の中に空間魔法のゲートを展開させる。
「お、お待ちください、コージュ様! わ、わたくしたちが悪うございました! だから、もうちょっとだけお話を!」
「こ、今度はちゃんと代表者として論じます! だからお待ちを!」
「……ハァ」
大慌てで謝罪と弁明を始めた二人の姿に、魔王も溜め息を吐いて一旦彼女たちを降ろしてやる。
普段は聡明で話の分かる二人だからこそ、こうして強制送還しようとすれば我に返ると分かっていたのだろうか。魔王の作戦勝ちである。
「あのなあ、お前たちの好意は分かっているつもりだ。俺だって馬鹿じゃない」
「……はい」
「……申し訳ございませんでした」
「だがな、俺たちが国の代表者であることも事実なのだ。立場上、公私混同は避けねばならん」
「「……仰る通りです」」
「最近は打ち解けてきたからリラックスしてしまうのも分かるが、今日のところは本当にアルティナと内密に話があったのだ。だからメイリーン、分かるな?」
「……すみませんでした」
一転して、まるで教師と生徒になったかのように叱られ、シュンとなるメイリーン。普段は一番冷静で空気を読む彼女だからこそ、魔王の言いたいことは一層身に染みたようだ。
冷静に客観的に先ほどの自分を見てみれば、その暴走っぷりには後悔の念しか浮かばないだろう。
「分かってくれればいいさ。では、またそのうち話をしよう。今日は色々と世話になり、ありがたかったぞ」
「い、いえ、我が国の方こそ色々とお見苦しいところを見せてしまい、フォローしていただいたことにも感謝しかありません。本当にありがとうございました。お疲れ様でございました」
「ああ、お疲れ。ではアルティナよ、改めて話を始めるとするか」
「あ、はい……コージュ様。ではメイリーン様、また今度ゆっくりと」
「……はい。それではまた」
そうして席に戻り、フゥと溜め息を吐いた魔王。
その向かい側にはアルティナが腰を下ろし、凛とした佇まいで国の代表としての威厳を表そうとしているのが分かる。
一方のメイリーンはというと、魔王が用意した空間魔法のゲートに足を踏み入れて今度こそ帰路に就く――――かと思いきや、何故か彼女の姿は未だそこにあった。
「……どうした? まだ何かあったか?」
「えっと……本当にお二人はそういう関係には無いのですよね?」
「もちろんだ。心配せずとも話し合いが終わればアルティナも帰すつもりだ。だから安心して戻れ」
「分かりまし……」
と、そこまで言ってからメイリーンはアルティナの前に足を運ぶ。
何事かと驚くアルティナに、彼女は真っ直ぐ視線を向けて真剣な眼差しのまま口を開いた。
「アルティナ様? 本当に魔王様とは何も無いんですよね? 私の目を見て言えます?」
「そ、それはもちろんです。好意を持っているのはお互い分かっていることでしょうが、抜け駆けしたりしませんから安心してください、メイリーン様」
そう言って優しく微笑んだアルティナに、メイリーンは安堵の溜息を漏らした。どうやら彼女の中で漸く何かを呑み込めたのだろう。
だからなのか、話の内容に魔王が大きな溜め息を吐く目の前で、最後にメイリーンはアルティナへ向けてこんな冗談を口にした。
「……後になって実は妊娠しちゃったんですよ~とか言ったら、絶対に許しませんからね? 信じますからね?」
「そんな妊娠だなんて♪ コージュ様ならキスしただけでも相手を身籠らせそうなものですが、やっぱりそういうのはもっと段階を踏んでから愛を持って激しく情熱的に、一生の思い出に残るような特別な……」
「やっぱり信じられないよーーッ⁉ 抜け駆けする気満々ですよねぇ、アルティナ様ァ⁉ というかキスしたんですか⁉ 裏切り者ォ‼」
「してないわーー‼ 落ち着かんか! 折角穏便に終わりそうだったのに何してんだお前は⁉ アルティナ、コラァ⁉」
きっと妊娠というワードが彼女の妄想スイッチをオンにしてしまったのだろう。
ここに来て再び混沌な空気を醸し出す二人に、魔王もつい怒鳴ってしまう。
「やっぱり二人はこの後乳繰り合うんだァ! うわーーん、裏切り者ォ‼」
「乳繰り合うとか言うな! 馬鹿者が!」
「い、いいんですよ? わたくしなどの貧相なモノでよければ、コージュ様の好きなだけ繰り放題してくださいませ♪」
「繰らんわ! だァーッ、もういい加減にしろ‼ 今日はもう解散じゃ‼」
再び彼女たちらしくもない暴走を始めた姿を見て、魔王もまた強引に二人の首根っこを掴み上げる。
そうしてそのまま、今度は容赦無く二人をそれぞれの国へと続くゲートへと放り込むのであった。
「……まったく、やっと静かになったわ」
空間魔法で作られたゲートの向こう側で「ちょっと待って」と口をパクパクさせる二人の姿を無視し、魔王はそれを閉じて大きな溜め息を吐いた。
今頃二人ともそれぞれの国で自分の失態を嘆いているのだろうが、時すでに遅し。今回はアルティナも魔王とアクアの話をすることができず、アクア自身ともゆっくり会うことすら叶わなかった。
その原因となったメイリーンを恨むかもしれないが、アルティナの最後の不用意な言葉が無ければ起きなかった結果なので自業自得である。
「……ハァ。なんだか会議の時より疲れたわ。アルティナにはアクアのことで相談があったのだが……仕方ない。また次の機会にするか……」
そんなふうに大きな独り言を呟き、魔王はその部屋をあとにした。
彼には彼で色々と懸念があり、無事に会議が終わったとはいえ別口でアルティナと相談したかったのもまた事実だったのだが。
最早そういう雰囲気でも無いし、ここで改めてアルティナを呼び寄せても後々面倒の種になりそうな予感もあり。
彼はこの日、それ以上のことはしないまま、波乱の一日を終えたのだった。
……後日、魔王コージュはその判断を――――
――――大いに後悔することになる。
完結まで僅かとなりましたが、どうぞよろしくお願いいたします。




