第四十九話
本日もよろしくお願いします。
また箸休め的な感じです。
――――魔王が、鍛冶場のワドル一門をはじめとした方々を訪ね歩いた同日。
「ナラト、ユニファ」
弟子たちの鍛錬を終え、その後のひと休みも終えて活動再開した魔王コージュ。
そんな彼から声をかけられ、屋敷の大広間でティータイム中の二人が彼の方に目を向けた。
仏のように穏やかな表情の爽やかイケメンと、聖女のような慈しみに溢れた笑顔の美女。そんな二人が揃っていると、ただ見ているだけでも癒されそうである。
「おや、これはこれは」
「コージュ様。お疲れ様でございます」
「いや、お前たちの方こそ。今のところは大事無いか?」
「ええ。これだけ恵まれた環境であれば、今のところ幸いにも我々の出番は特に無さそうでございます」
「わたくしたちの見立てでは、当分の間は誰一人として治療の必要はございませんでした」
「そうか、それは良かった。では引き続き観察と、必要があればケアを頼むぞ? ナラト、ユニファ」
魔王から頼られ、ナラトとユニファの二人はペコリと会釈して微笑む。
爽やかイケメンこと、仙人族のナラト。
そして聖女の微笑みを浮かべる、天女族のユニファ。
二人が島にやって来たのは、ワドルとその弟子たちが来る少し前。
出会いは、二人だけでひっそりと暮らしていたドライアド族の双子ティカが、その物珍しさも手伝って質の悪い人攫いの標的になり、それを察知した魔王が彼女たちを救出に向かった時のことだった。
風の国にいた双子のティカは、人攫いに攫われてから隣国である光の国へと連れ去られ、そこで金持ちに売られる手筈だったようで。
売られた後、樹人である彼女たちが観賞用にされるのか、はたまた稀少な双子の樹人の肉体が漢方薬もどきとして取引されることになっていたのかは、今となっては知る由もないが。
ともかく、そんな彼女たちを魔王が救出した現場近くに、偶然居合わせた光の国の住人であるナラトとユニファ。
二人がティカたちの身を案じて駆け寄って来たところで、魔王と二人の運命は交差する。
「後でティカちゃんたちの様子も見に向かいたいものですな」
「それなら、ついさっき会ってきたばかりだ。同族たちと仲良くやっていたよ」
「それは良うございました。あの子たちも、こんな素晴らしき地で仲間と共に在れて幸福でございましょうね。ここならば人攫いに再び狙われる恐れなど微塵もございませんから」
二人は、仙人族と天女族という希少種族でありながら、医術と薬学を生業とするこれまた貴重な存在であり。種族特性として生まれながらに持ち合わせた慈愛に満ちた心から、傷付いた者を見過ごせない性質なのだった。
なので、ティカたちと出会った時も彼女らを心の底から心配しており、今もまた彼女たちが怯えていないかと気を配っていたのだ。
……そんな二人が魔王の事情を聞いてしまったから、さあ大変。
様々な事情で保護された子どもたちがいると聞いて、その心の傷を癒すために自分たちにもできることがあるはずだと奮起し、二人は魔王に同行することを即決して島へと至る。
元々光の国の国内で旅をしながら、先々で出会った人々を癒して腕を磨いていた二人にとって、魔王島に来ることは何ら抵抗の無いことだったらしい。それどころか、長寿の樹人であるシュロと出会ったことで、薬草の類いについての知識をこれまでに無いほど深められるとあって二人は歓喜に沸いていた。
その結果、ナラトとユニファは魔王島に唯一の医者として長期滞在することを決め、ケガ人や病人のいない平時は仲間たちの心のケアやカウンセラーとしての働きをすることと相成った。
二人は当初、島の子どもたちは心の傷を抱えて苦しんでいると思い込んでいたようで、実際に島に来て楽しそうに暮らす皆を見た時は大層拍子抜けしたようだったが。
「いやはや、シュロ先生の教えのおかげで、わたくし共は薬師として一気に数段は上に上らせていただいたように感じます。数年か……下手をすれば十数年分の研鑽が、ここひと月ほどの間で得られたようにすら思えましてございます」
「それは良かった。千歳超えの樹人など、確かにそうそう会えるものではないからな。満足のいくまで師事させてもらうといいさ」
そんな二人は「いずれ、世界中の恵まれない者、ケガ人や病人、心に問題を抱える者や救いを求める者が遍くこの島で幸福に包まれることを夢見てございますれば」などと宣ったが、魔王はそれだと島がパンクするからと丁寧にお断りすることに。
しかもそれだと、医術と薬学を活かした病院というよりどちらかというと宗教団体のようであり、この二人と魔王が本気を出してしまうと、実際に世界中の人々を取り込めてしまいそうだから始末が悪い。
なにはともあれ、生粋の博愛主義者とも言えるこの二人にとって、この世界だとどの土地にいようが国にいようが、変わらず現実というのは直視できないほど残酷だったことだろう。人が人を虐げ、血筋などという理由で子どもでも平気で捨てる世の中なのだから。
そう考えると、真にこの地によって救われたのはナラトとユニファの方なのかもしれない。それに、若干変態チックなほど献身的なこの二人にとって、数多の傷を抱えた者がやって来るこの地こそが桃源郷たり得る……かどうかはまだ分からないが。
その後も、大広間でのんびりとティータイムを楽しみながら医師・薬師としての意見を交わすナラトとユニファの下を離れた魔王は、次に屋敷の鍛錬場で各々に日課の鍛錬をこなす者たちの下へと向かう。
そこでは彼の弟子以外の者たちが思うがままに体を動かしており、現れた魔王に気付いた全員から次の瞬間、息の合った体育会系な「お疲れ様です!」という大声が発せられる。
「お、おお、みんな精が出るな。俺に構わず続けてくれ」
「「「はいッ!」」」
「クロエ、フォミア。ちょっといいか?」
「はい? オレたちですか?」
「うちらに何か御用かニャ?」
その中で、魔王に名前を呼ばれた二人の少女が彼に近付く。
一人は、女性でありながら自らを「オレ」と呼ぶダークエルフ族で、名をクロエと言った。
そしてもう一人は、二つの猫耳を付けた見た目と口調がすでに体を表してはいるが、猫人族で名をフォミアと言う。
その猛々しい恰好で察する人は察するだろうが、彼女たちは冒険者を生業とする者たちであった。
元々の出身国こそ違うのだが、二人ともワドル一門とも縁がある人物であり、魔王が彼女たちと出会った経緯もその一門が深く関係していた。
「お前たちの希望していた武具のことだがな、今さっきワドルと相談して素材を何にするか決めたぞ」
「本当かい? ありがてぇ」
「それで、何にしたのニャ? 鋼? 準魔鉄?」
「とりあえずミスリルだ。そのうち材料を集めたら、ヒヒイロカネやオリハルコン製にも挑戦したいと言っていたぞ」
「…………はい?」
「……とりあえず、ミス……リル……?」
自分の耳を疑って固まった二人を見て、魔王は不思議そうに首を傾げていた。
魔王にとっては些細な違いなのだろうが、一般的な冒険者にとってはミスリルというのは超一流の素材であり、ヒヒイロカネだのオリハルコンに至っては存在すら定かではない幻の素材なのであった。
世界中を探知できる彼ならば、それらが眠る鉱脈とていとも容易く発見できるのだろうが。
「……あのさ、旦那? ここには敵も敵性怪物もいねぇんだろ? 魔鋼武具なんてオレらにとっちゃ、ありがた過ぎて涙の出る逸品ではあるけどよ? 流石にこの島じゃ、宝の持ち腐れだぜ?」
「その下のダマスカス鋼だって、うちらには過ぎた代物ニャン。「とりあえずミスリル」とか、迷言もいいとこだニャ」
「だが、それはワドルの望みでもあってな? あの一門も、元いた国では肩身の狭い思いをしていたらしいじゃないか? それがこの国では大手を振って好きな素材を扱えるとあって、今は燃えに燃えているのだろう」
「……あー、そういうことなら仕方ないねぇ」
「でも、それにしたって信じられないニャ。オリハルコンなんて鉱石、実在してたのニャン?」
その話すら半信半疑なのか、フォミアは疑いの目をコージュに向ける。
だが、彼は胸を張って自信満々に断言するのだった。
「もちろんあるぞ? それからビヌカアタフノンという最強硬度の鉱石もな」
「……ビヌカアタフノン? なにそれ?」
「聞いたことないのニャ。最強硬度って、オリハルコンより強いのニャ?」
「知る人ぞ知る、この世で最も硬い物質だな。オリハルコン製では比べものにならんほど強靭で凶悪な性能の武具防具が作れるぞ?」
そんな魔王の話を、二人は訝しげな表情で受け止めていた。
当たり前のことだが、幻の素材であるオリハルコン製の武具ですら他の素材とは一線を画した物なのだ。それなのに、その遥か上をいく素材があるなどと告げられても容易に呑み込めはしないだろう。
「使い勝手を試す時は、冒険者であるお前たちにも立ち会ってもらうことにしよう。俺では、武具の性能テストには向かんだろうからな」
万能の力を持つ魔王ならば、その気になれば武具に眠る真の力を120%引き出せてしまう。
確かにそれも面白いだろうが、普通の鍛冶師であるワドル一門にとって必要なのは、一般的な使い手が使った際のデータだ。ならば適材は魔王よりも、冒険者の彼女たちであることは間違いなかろう。
「まあ、そういうのならいつでも」
「……ワンダきゅんは立ち会うのかニャ?」
「ワンダ? ああ、もちろん立ち会ってもらってもいいぞ? 多忙で無ければな」
「……だそうだニャ? 良かったニャア、クロエちゃん?」
「な、なな、何を言ってるのかな、フォミアしゃんは⁉ なんでワンダが立ち会うと、オレが良かったことになるってんだにょ⁉」
「落ち着けクロエ。動揺すると丸分かり……バレバレだぞ?」
「な、ななな! な、なに言ってやがんだ! この腐れ魔王! あんま調子こいてっと討伐すんぞ、オラァ!」
「ニャハハハハ。赤くなったクロエちゃんは可愛いニャア~」
そんな風に揶揄われ、魔王に暴言を吐いて照れ隠ししようとするクロエ。
もし万が一この場にアクアたちがいようものなら、たとえ冗談であっても魔王に暴言を吐いた者など正座ののち本気で説教となっていただろうが。この場に彼女たちが居なくて幸いである。
さてお分かりだろうが、クロエたちがワドル一門の暮らしていた土の国で冒険者をしていた頃から、彼女がそこに通う理由は……弟子のワンダその人であった。
もちろん一門の鍛冶の腕前が優れている点も理由としては挙げられるだろうが、わざわざ肩身の狭い思いをしている鍛冶屋を好んで得意先とする必要など、普通の冒険者には無いのだ。
そこに通い詰める物好きがいるとすれば、それは一流の目利きができて一門の腕を買っていた上級冒険者か、その他の理由で訪れていた者たちである。
ちなみに、幸いにもクロエに恋敵はいなかったようだが、彼女の同類というのは存在していた。
その鍛冶場で紅一点の象獣人のイリスには、意外と隠れファンも多かったようだ。そのお陰もあって、ワドル一門の鍛冶場は倒産には至らず今日を迎えられていたわけだが。
ともかく、魔王との出会いから鍛冶場を閉めて引っ越すことを決め、その準備のために一人残っていたワドルの下にその日たまたま訪れたクロエとフォミアは、一門の事情とワンダが既にいないという衝撃の事実を知ることとなる。
唐突に訪れたワンダとの別離にショックを受けて冷静さを失っていたクロエが、ちょうどワドルを迎えに来た魔王に「オレたちも連れて行ってくれ!」と自己紹介もせず頭を下げて言い放ったことで、彼女たちは今こうして島の一員に加わっているわけで。
元々身寄りもなく冒険者稼業で生計を立てていた二人にとって、稼げるのであれば住む場所など正直どこでも良かった。
それであれば、食うに困らず暮らしやすい土地があるのなら稼ぎ云々は二の次にもできるわけで、元より一門のいる町に長くいたのもワンダが理由なのだから、当然魔王島への移住など然して問題にはならない。
すぐにそのことにピンときた魔王の方も、ならば最初はお試しで……という提案によってハードルを下げつつ彼女たちをすんなり迎え入れることに成功し、今やフォミアと結託してクロエを揶揄って楽しむ素晴らしき日々を獲得したのであった。
この世界の冒険者という職業の者が島に来てくれれば、国を興す際に役立つかもしれないという打算も無かったわけではないのだが。
「まあ、ワンダも師匠の面倒やら何やらで神経を擦り減らす部分もあるだろうから、昔馴染みのお前たちが顔を出してくれれば心が潤うと思うぞ? 今はもう島の仲間なのだから、以前よりも気兼ねなく会いに行ってやればいいのではないか?」
「ナイスな言い方だニャ、コージュ様。それじゃあ、今から行くのニャ?」
「いッ、今から⁉ だ、だけど、まだ心の準備ぎゃ……」
「そんなもん、歩きながらすればいいのニャ。ちょうど鍛錬も終わったし、善は急げだニャ♪」
「おッ、おい⁉ 待てフォミア! せめて温泉で汗を流して、綺麗にしてからにさせ……」
その言葉も言い切らせてもらえず、クロエはフォミアにズルズルと引っ張られてその場から姿を消した。
そんな二人を微笑ましく思いながら、魔王は鍛錬場で汗を流す残りの者たちに挨拶をしてから、その場をあとにするのだった。
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今日は、そんな感じで一日中ブラブラと皆の様子を見て回っていた魔王ではあったが、鍛錬場を出た後に屋敷をもうひと回りした頃には、すでにほとんど全ての者と顔を合わせることができてしまっていた。
なので、再度玄関から外に出ると、これからどうしたものかと珍しく贅沢に暇を持て余してしまう。
「……む?」
そんな彼の下に空から飛来したのは、いつもなら屋敷の玄関フロアで佇んでいるはずの、ガーゴイルのノーマであった。
「オ疲レ様デス、魔王コージュ様」
「おお、外にいるとは珍しいな、ノーマ」
「……我ラガ女王ガ、アクア様タチト共ニオ待チデス。ヨロシケレバ、展望台ノ最頂部マデオ越シイタダキタク」
「……アロエルが? そういえば、今日はアクアやフラーナの姿を見ておらんかったな。一緒にいるのか?」
「ハイ。ソノ……ゴ健闘ヲ」
「……なるほど、察しが付いたわ。すまんな、面倒をかけた、ノーマ」
その言葉を受け取ると、ノーマはまた屋敷の中の定位置へと戻って行く。
対する魔王はというと、少し憂鬱そうな顔をして屋敷の向こう側の空を見上げ、ノーマから告げられた先にいるアクアたちへと目を向けた。
その視線に気付いたのか、遥か先にいるアクアたちは彼に向かってにこやかに手を振っており、それがなおのこと魔王の憂鬱な気分を増大させるのであった。
なにせ、彼の目はスキルによる遠視。ともなれば、彼女たちはノーマと話す彼のことを同じく遠見の術で見つめていたということになるのだから。
「……はぁ。覚悟を決めて、行くしかないか。大体の内容は、なんとなく分かるがなあ……」
重い空気を漂わせながらふわりと宙に浮く魔王コージュ。
その姿を、屋敷の縁や屋根を根城にしているガーゴイルたちが気の毒そうに見つめていた。
魔王の行く先には、最近島にやって来た彼らの女王が待ち受けるのだ。
彼らにこそ定まった性別は無いが、彼らを統べる名持ちの女王はその限りではない。そんな彼女がアクアたちと一緒に魔王を待つ……となれば、用件は一つである。
せめてもの抵抗にとスローペースで飛行する魔王ではあったが、待ち受ける女性たちは余裕たっぷりの笑顔でそんな彼を見つめ続けていた。
まるで、罠に向かって進む獲物を眺めるかのように。彼の浅はかな想いも心理も読み取った上で、それを含めて彼を愛おしがる魔性のように。
それは、彼が展望台の頂に辿り着くまでの間、ずっと変わることは無かった。
わざと遅く飛ぶ姿にイラつく気配など微塵も見せず、アクアたちはその器の大きさをこれでもかと見せつけるのであった。




