第四十八話
本日もよろしくお願いします。
やや箸休め的な回です。
「――って感じでさ。大人の世界にゃ、そういうのもあんだよ」
「へぇ~? ディーナさんってば物知り~」
「ディーナ姉ちゃん、もっと教えてー?」
「おっと、これ以上はお前らにはまだ早ぇよ。そのうち、お前らがもっと大きくなってからな」
「「えー? ケチー!」」
島の秘密を知ったことで色々と吹っ切れたのか、素を出して話すようになったディーナとターシャ。
すると魔王たちが言った通り、二人はあっという間に仲間たちに受け入れられていた。
当人たちにすれば随分と拍子抜けだろうが、そもそも島の住人は彼女らにお淑やかで常識的な人格など求めていない。
だから、彼女たちは最初からありのままで接していればよかったのである。
「……ディーナ姐さん、楽しそうだナー」
「……あ、あのッ!」
「ひゃ、はいぃッ⁉」
仲間たちにチヤホヤされるディーナを眺めていたターシャに、突然背後から声をかけた者がいた。
以前より気を張る必要が無くなり、油断していたターシャは驚いておかしな声を出してしまう。
「ワ、ワタクシ、ラミア族のポーラと申します! 似通った形態の種族同志、仲良くしていただきたく思い、こうしてお声がけさせていただいたのですが……」
そこにいたのは、ターシャと同じく蛇に似た体の構造を持つラミア族のポーラであった。
全員の前で魔王に紹介してもらった際、彼女から手を振ってもらったことを思い出し、ターシャは手を振り返さなかったことを申し訳なく思いつつ彼女に返事をした。
「あ、えっと……あたしィ、こんな感じで粗雑な喋り方なんだけど? 性格もガサツだし……」
「ぜんぜん構いませんわ! いえ、むしろそのままでお願いします! ワタクシ、世間一般の事柄に疎いので、是非お友達になって色々教えていただけたら嬉しいです!」
「と、友達……? あ、あたしなんかでよかったら……その、よろしく……」
「……本当に? いいのですか!? やったぁ‼」
喜びのあまり、目の前にあったターシャの両手を握って振り回すポーラ。
彼女も島の仲間たちと打ち解けたとはいえ、やはり同類の存在は嬉しかったのだろう。
ターシャも自分を穢れているなどと言ってはいたが、そうして誰かに手を握られるのは嬉しかったのか。
満面の笑みで自分の手を握るポーラに、少し照れて赤くなりながら苦笑いをしていた。
そんな彼女が友達に教えるのは、どちらかというと世間一般の事柄ではなく夜の世界の事柄になりそうではあるが。
それでもポーラにとって損にはならないだろうから、それもまた一興である。
「ふむふむ。無事に馴染めているようだな」
「ええ。あの調子ならば、もう心配要らないでしょう」
「お前のおかげだな、アクアよ」
「そんなことはございません。コージュ様のお力添えがあったからですわ。フフフッ♪」
その様子を遠目に眺める魔王とアクアも、満足気に笑みを浮かべていた。
彼女たちの問題が解決したことで島の平和も守られ、また穏やかな日常が訪れる。
島に性知識の豊富な者が来たからといって、いきなりピンク色の空気が溢れかえるというわけでは無いのだ。彼女たちも島の調和を乱すようなことはせず、魔王の目論見通りに徐々に必要な知識を広めていってくれることだろう。
そうすれば、いずれこの島にも第二世代や第三世代が生まれる日が訪れるかもしれない。
まだまだずっと先の話にはなるが、魔王もそれを楽しみに想像し、それを心の糧として島の発展に尽力し続けるはず。
そのためにも、彼にはまずやらねばならないことがある。
避けては通れないそれを推し進めるため、魔王はアクアや弟子となった仲間たちを中心に日々話し合いを重ねていくのであった。
――――国興しのために。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから数か月が過ぎ、島の様相もだいぶ様変わりしていた。
相変わらず島流しに遭う者、虐待に遭う奴隷、人を襲うモンスターなどは絶えず、そういった者たちが主となって島民の数が増えていたのだが、最近はそれ以外の理由で訪れる仲間も増えつつあった。
例えば、他国を散策中に魔王と意気投合した職人肌のホビット族やドワーフ族の者だったり。
あるいは、縁海で人身売買に遭っていたところを不運にも海のモンスターに襲われ、そのモンスター共々仲間入りを果たした海水棲の者たちだったり。
そんなこんなで島の人口は、モンスターを含めると百を超えるまでになっていた。
「おう、精が出るな。ワンダ、ワドル」
「よぉ、コージュの旦那。あんたが拵えてくれたここの鍛冶場、信じられねぇくれぇ凄ぇぞ」
「ちょっと、ワドルさん! コージュ様にそんな言葉遣い、失礼ですよ!」
「ハッハッハッ。構わんよ、ワンダ。そんな細かいことは気にするな」
「そうだぞ、ワンダ坊。もっと大らかじゃねぇと、いい鍛冶はできねぇぞ?」
「もう! それとこれとは別でしょ!」
島の南側、入り江の西に位置するエリアに魔王が新たに作った鍛冶場では、ホビット族のワンダやドワーフ族のワドルが生業である鍛冶の腕を披露していた。
ドワーフ族のワドルが魔王と意気投合したことで、元・孤児でワドルに引き取られ、彼の弟子となった者たちも纏めて引き連れての移住となってしまったのだが、元々いた土の国で彼らの立場は芳しくなかったため、全員が移住を喜んでくれたことはせめてもの救いか。
島で入り用になる様々な物品は、彼らが来たことでいちいち他国まで仕入れに行く必要が無くなる。鍛冶で作れる物は、材料さえあれば彼らに作ってもらえるからだ。
魔王の複製でいくらでも増産可能であっても、充分質の良いものを作れる職人が身近にいるならそれに越したことはない。それに、魔王を介さずとも仲間たちにも直接要望が出せるとあって、この鍛冶場は人の往来が盛んな場所の一つとなっていた。
「ガノさーん? 新しく来た人たちの食器類、ここで頼めってコージュ様に言われて来たんですけどー? 今、いいですかー?」
「あいよ! 後で師匠に伝えとくから、大きさと数をイリスに言っといてくれるか! すまんがこっちも今は手が離せん!」
「はいはい、こっちで聞くよ? うちの男どもは大雑把で申し訳ないねぇ?」
「女性はイリスさんだけなんですよね? この中だと大変でしょう?」
「なーに、子どもの頃からだから、もう慣れっこさ。それに案外チヤホヤされっから、これも悪くないもんだよ?」
ミノタウロス族のガノ、それに象獣人で鍛冶場で唯一の女性であるイリスも仲間たちと上手く打ち解けてくれて、この新たな試みも順調であった。
今はまだ鍛冶のみだが、いずれは陶磁器加工や小物細工などを生業とする者でも加わってくれれば、島内で生産可能な製品の幅もより一層広がることだろう。
その様子を見届けた魔王は、次に近くの入り江へと顔を出す。
「ボヤァ、コーデュ様? いらっダゃいませェ」
「何か御用でしたのぉ?」
「いや、お前たちの様子を見に来ただけだ。調子はどうかなと思ってな」
そこには、人身売買に遭ったところを魔王に救出された海水棲種族の者たち――その一部が入り江に沿って住居を構えており、入り江に棲むモンスターたちと協力しながら生活を営んでいた。
本来ならば自分たちを襲ってきたモンスターとは距離を置きたがりそうなものだが、彼ら彼女らはモンスターたちの事情にも耳を傾けてくれ、魔王の予想を上回る形でそちらに歩み寄ってくれていた。
おかげで、この入り江の一帯は彼ら彼女らとモンスターたちが共同で暮らす地になりつつあり、魔王が当初想定していた島の未来図には無いエリアの誕生となっていた。
一応、屋敷の中には海水プールを備えた特別室も用意してあったのだが、そちらは幸か不幸か未だ使われていない。
だがその方がいいなと、コージュも彼ら彼女らの寛容さを好ましく思って微笑むのであった。
「コージュ様。コチラモ変ワリアリマセン」
「おお、ギル。新しい者たちも無事に馴染んでくれたか?」
「ハイ。良キ者タチデス」
当然、ギルをはじめとした入り江内のメンバーのところにも新しく加わった者たちがおり、広大だと思っていた島の入り江エリアも段々と手狭になってきていた。
これ以上島の方を削るわけにもいかないため、いずれは外海に結界を張ってエリアの拡大を図る必要があるなと、ギルたちとも話していたのだった。
「コージュ様ぁ? ロイたち真水住まいのグループは、あちらに行っておりますですぅ」
「ああ、そのようだな。気遣い感謝するぞ、レーナ」
「いえいえ~♪ 水棲とは一言に言ってもぉ、海水じゃダメって人もいますからねぇ」
「今は女がレーナ一人だけだから大変だと思うが、そのうち人員も増えるだろうから、もう暫く辛抱してくれ」
「全然大丈夫ですぅ。ポルたちもとっても優しいですしぃ、ギルさんたち海の中の子たちにも女の子はいますからぁ」
人魚族のレーナと呼ばれた女性が、そう言って手を振り、コージュを見送る。
その後ろでは半魚人族のポルや、鮫人族のザザ、それに入り江から顔を覗かせたモンスターたちも一緒に彼を見送ってくれていた。
そんな皆に笑顔で手を振り返した魔王は、次に川の辺に暮らす者たちの下へ向かうことに。
水棲種族の者は体のつくりが異なるため、レーナのようにスラスラと会話できる人員は橋渡し的な意味でも貴重だ。
魔王だけならスキルで難無く会話可能なのだが、今後魔王抜きで交流してもらうことを考えると、やはり彼女のような存在がいるといないとでは大きく違ってくる。
まして海と川で住み分けがある分、川の方にもそういった人員がいてくれることが望ましかった。
だが、川に棲むメンバーはというと……。
「あ~~~~、こ~~~~じゅ~~さ~~ま~~~~」
「こんな素晴ゲロしい住居を用意しゲロいただき、いくゲロ感謝してもゲロゲロ足りませんケロ」
「いや、なに。気にするな、ロイ。ノートも」
そこにいたのは、マイペースにのんびりと話す亀獣人のノートと、独特な話し方の蛙獣人のロイであった。
魔王には気にならなくても、他の仲間たちがそれに慣れるまでには随分と時間がかかってしまい、そういう理由で悲しいかな、島でも随一に性格のいいはずの二人の下にはまだまだ往来らしい往来が無い。
それでもそのうち、多くの交流が生まれはするだろうが。
「さて、あとは……」
ロイとノートの下を離れ、続いて魔王が向かったのは、入り江の北にある森の一角であった。
そこは樹人のシュロたちが管理するエリアだが、先日そこに新しく仲間入りした者がいたため、今回はその様子を見る目的での来訪である。
「お、いたいた。シュロ、ティカ……ティカ。調子はどうだ?」
「おや、見回りですかな? ご苦労様で」
「あ! コージュ! ティカは元気だよ!」
「コージュ! いらっしゃい! ティカも元気だよ!」
「おお、そうかそうか。ティカも、こっちのティカも、元気そうで何よりだ」
そこにいたのは、シュロたち樹人と一緒に森を散策する二人の少女であった。
ティカと呼ばれたその少女は、双子の樹人である。
「ララ! ララもいるよ!」
「おう、ティカと……どちらのティカとも仲良くやってるか?」
「ララはお姉ちゃんだから! 大人の女だから! 任せて!」
「ティカ、ララちゃんとも仲良し~」
「ティカもだよ~」
一見するとややこしい限りだが、同じ樹人のシュロやララには気にならないことらしい。
双子のティカとティカは元々同じ個体だったのが分かれた存在らしく、どちらも同じティカなのだ。獣人や亜人からすれば混乱すること極まりないのだが、そういうものなのだから仕方ない。
魔王も最初こそ混乱させられたものの、今ではすっかり慣れてこの通りである。
瓜二つのそっくりな双子を見分けて区別する必要が無い分、むしろ彼にとっては楽なのだろう。
「あとは、西側の池に住んでいるニック夫婦と子どもたちの様子を見に行って、それが終わったら弟子たちに稽古をつけてやるとするか」
ティカたちと別れた彼が次にそう呟いて向かったのは、カモノハシ獣人という珍しい種族のニック一家の住まいだった。
極めて異例だが、生まれた子どもたちが五種混血ということで迫害されそうになり、その子どもたちを庇ったため立場を悪くした一家を、全員纏めて移住させたケースである。
彼らは、島の西側にある人工池の辺に居を構えて暮らしていた。
皆から離れた場所で寂しいと思われがちだが、彼らは一家で静かに暮らせるそこが大層お気に召したようで、数日に一度屋敷で交流する以外は家族で仲睦まじく生活しているのであった。
両親はもとより、息子と娘もかつてのような迫害とは無縁の地に来られて安堵しており、その結果には一家も魔王も大満足なのである。実際、魔王が訪れた時も母子はすっかり気を緩めて昼寝をしている最中で、結局父親にだけこっそり挨拶をしてすぐにその場をあとにした。
そんな短い顔合わせを済ませた魔王は、最後に弟子と認めた者たちを鍛えるべく彼ら彼女らの下へ向かう。
それが終わると、ひと息吐きながらイエノロからの通達を待ちつつ、暫しの休息を取るのだった。
島流しに遭った集団を迎え入れた回数が二十回を超えた頃から、魔王は探知の後に救出へ向かうというその役目を全面的にイエノロに任せるようにしていた。
善神による怪物封印の流れもあって、そうした方がスムーズかつ効率的であり、さらにはそれによって空いた時間を活用してやらねばならないことが、彼にはあったのだ。
もう間もなく、本気で向かい合い、取り組まねばならなくなる国興し。
その件について覚悟を決め、魔王は暇さえあれば頭を割き、さらに綿密に仲間たちとの話し合いを重ねるようになっていた。
魔王島は――――未来の「魔王国」は、遂に新たなステージを迎える。
その時に備え、魔王コージュは粛々と準備を進めるのであった。
開国……と匂わせておいて、次回もたぶん大半が箸休めになりそうです。
どうぞよろしくお願いいたします。




