第四十話
遅くなってしまい、申し訳ありません。
本日もよろしくお願いします。
「――――というわけで、家族とコミュニケーションを取っていただけだ。父と娘、兄と妹がハグしていてもおかしくはないだろう?」
「……まあ、そういうことでしたら。いえね、別に私はコージュ様の恋人でも妻でもございませんので、誰と何してても関係無いんですけどね?」
「めんどくさいな! というか、事情聞く前にビンタするなよ……」
頬に真っ赤なビンタの痕をつけ、アクアと痴話喧嘩を繰り広げる魔王コージュ。
彼の前世でなら、「リア充滅びよ」と呪いの言霊を次々撃ち込まれそうな状態ではあるが、幸いにもここは彼らしかいない島である。
ともあれ、彼はその痴話喧嘩を続けたままで、丘からさらに西方へと歩き始めていた。
アクアも、それに異を唱えることなく彼に付き添って歩み始めていた。その辺りのツーカーな感じ、出会って間もないというのに長年連れ添った夫婦のようであるのは、おかしなところである。
「……俺は、墓に向かうところなのだが? 付いて来ても楽しい場所では無いぞ?」
「あら、構いませんわ。コージュ様がそこでまた何か仕出かさないとも限りませんし。次の女性は誰なのでしょうねぇ?」
「誰もおらんわ。俺を何だと……」
そんな言い争いを繰り広げながらも、二人は島の西端にある墓石のところへとやって来ていた。
魔王コージュの日課ともいえる墓参りなのだが、そこにアクアを伴うのは今回が初めてであった。
「……こちらは? 前から気にはなっていましたが、誰のお墓なのですか?」
「墓の文化自体は知っているのか?」
「ええ、まあ。うちの国にはありませんので、聞きかじった程度ですが……」
「そうか。まあ、普通の墓なら、この下に誰か埋まっているものなのだが……ここは少し特殊でな?」
そう話しながら、魔王は墓石をポンポンと軽くタッチする。
そして、誰かの頭でも撫でるように、それを優しく撫で始めた。
「この真下には誰も埋まってはおらん」
「え? では、いったい何故……」
「この墓石は、この島でかつて亡くなった者たちの墓標だ」
「……そうでしたか」
その説明だけで多くを察したのか、アクアは少し悲しそうな表情になってその墓石を見つめる。
だが、すぐに矛盾があると感じたのか、バッと彼の顔を見遣った。
「……ですが、聞いた話だとコージュ様が島に来てここを改良してからは、誰も亡くなっていないのでは?」
「ああ、俺が出会ったのはタマたちが最初だ。この者たちは俺が島にやって来る前に、マナの奔流の影響で息絶えた者たちだ。白骨化していた亡骸はあったが、それも島の土壌改良の際に大地の深いところに移動させてしまったからな。そういう意味で、この墓の下には誰の亡骸も存在していないんだ」
通常ならば、亡くなった者たちの肉体は長い年月をかけて徐々に朽ち、土に帰るものである。
だが、生物が数刻ともたず絶命するほどの属性マナ、その奔流が渦巻いていたかつてのこの地では、亡骸さえ僅かな時間で風化し分解されてしまうのだった。
いくら万能の魔王とはいえ、死者の蘇生は叶わぬ願い。
そこに白骨化した亡骸が残っていたとしても、それは最早ただの物質でしかない。
「……アクアの腕を再生した方法なら、骨からでも肉体の再生は可能だっただろう。だが、そこに命を再び宿すことは不可能なのだ。どんな方法でも、決して」
「そ、それは分かりましたが、その見ず知らずの者たちのために、わざわざこの墓石を? コージュ様がそこまでしなくても……」
「いや、見ず知らずの他人というわけでは無かろう? そやつらとて、俺たちの仲間……になっていたかもしれない者たちなのだからな」
「え?」
その話にアクアが首を傾げると、魔王は続けて自らの胸の内を語り始めた。
以前にもベルとアリアに語ってはいたのだが、それ以降で話したのは今回だけである。
「……もし俺がもっと早くこの地に来ていたら、少なくとも白骨の主たちは救えていたかもしれんのだ。ひと月早ければそれだけの人数を、半年早ければより多くの者を救えていたかもしれん。もし、数年早ければ……」
「……ッ!?」
「……だから、そういう意味で、この者たちは俺が救ってやれなかった仲間たちなのだ。仲間として、今この場所で共に笑い合っていたかもしれない……」
「そ、それは……! い、いくらなんでも無茶なお考えですわ。そのお力があったとしても、そんなふうに過去を悔やんでいてはキリがありません。それを言ったら私が――――」
そこまで言いかけ、アクアはハッとして口を閉ざし、出かかっていた言葉を呑み込んだ。
彼女が何を言いかけたのかは不明だが、その表情には困惑と、そして後悔の念が浮かんでいた。
「……いえ、私たちが島流しというものを見て見ぬふりしたことこそが、そもそもの原因です。その罪は全ての人族にあります。ですから、コージュ様が心を痛める必要は……」
「うむ、すまん。心遣いに感謝する。だがアクアの言う通りで、顔も知らぬ者たちばかりを想うより、今いる仲間たちのために尽くすことこそ一番の弔いになるのではと俺も思っていてな」
「え?」
「かつて亡くなった者たちとて、もしかすれば生まれ変わっているかもしれんだろ? だから墓参りは欠かさず行うが、その者たちを救えなかったと嘆くよりもこの世界を良くするために尽力した方が、弔いとしてはいいと思わんか? 今いる仲間たちの誰かが、その生まれ変わりかもしれんしな」
そんな前向きな発言をしたコージュに、アクアは呆気に取られてしまう。
自分が救えなかったと話すから、てっきり後悔の念に苛まれているのかと思いきや、彼は至極明るい表情でそう言い放ったのだ。
それは、生まれ変わりが現実に存在すると周知されているこの世界では、後悔の念よりよほど合理的な考えであり、彼女も少し感心してしまうほどであった。
「……あー、ええと……」
「うん? なんだ?」
「……心配して損しました。なんて自分に都合のいい、素晴らしい考え方なのでしょう」
「それは……貶しているのか? それとも褒めているのか?」
「呆れているんです。てっきり暗くて悲しい話かと思えば、そんな明るい表情で……」
「何を言う! 死者のことを語るのに悲しい顔では、死者が喜ばんだろ! 相手を笑顔にしたければ、まず自分が笑顔にならねば!」
「……はいはい。そうでございますねぇ」
一転して夫婦漫才のような会話をしながらも、ひとしきりギャアギャアと騒いでから二人は改めてその墓石に祈りを捧げ、その場をあとにした。
結局のところ、かつて死した者たちがどう転生したかなど神にしか分からないことなのだ。
魔王のそんな想いや弔いも、知っているのはアクアたち以外では神のみである。
「……ところで、フラーナさんのことなのですが」
「うん?」
すると、アクアは何を思ってか急に話題を変え、自らの恋敵ともいえるフラーナの名を出した。
それには魔王も内心ドキリとしたことだろう。
「先ほどあなたを探しているのを見かけたのですが、まさかと思いますけど……意図して避けてはいませんよね? あまりハッキリ言ってもアレなのですが、この間……見て見ぬふりをしてくれていた恩もありますし、あまり無下に扱わないようお願いしますね?」
「……了解した。というか、それこそアクアはいいのか? 俺がフラーナと一緒にいても」
「あまりベタベタとされては心穏やかではいられませんが、一夫多妻など珍しいことではありませんもの。フラーナさんは本気のようですし、あなたが誰彼構わず手を出すのでなければ……いえ、私は別にコージュ様の妻でも彼女でも無いので発言する権利はありませんが……」
「めんどくさいな! いや、だが分かった。充分に自由も満喫したことだし、そろそろ会うことにするか」
未だハッキリとした関係では無いものの、アクアの言わんとしたことを理解した魔王は、改めてフラーナのいる南へと移動を開始することにした。
屋敷まで送り届けるかと尋ねると、アクアは暫く海を眺めてから戻りたいと話す。先ほどの魔王の話に思うところでもあったのか。
そんな彼女を残し、彼は南の方角へと視線を移すと、最後に彼女に声をかけた。
「――――ああ、それとな、アクア」
「……はい?」
「男として、きちんと筋は通すから安心しろ。手を出すなら、まずはお前からだ」
「…………ふへッ!? あ、あえ、は……はい……」
そんな気障なセリフを残し、魔王は南の空へと飛び去って行った。
未だハッキリとした関係では無いものの――――それも時間の問題である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あっ!? コージュ様!」
暫くして、魔王コージュは入り江にいたフラーナやベルたちの下へと降り立つ。
そこにはさっきまでと違い、ユク、フラーナ、ベルという三人の姿があった。
「よお、ここにいたか」
「コージュ様、探しておりまし……」
「ああ! 運命の神がわたしとコージュ様が巡り逢い、愛し合ってしまうのを阻止しているのかと思っておりました! だって、探しても探しても見付からないのですもの! ですがこうして巡り逢えたということは、運命の神を呪い滅ぼす必要が無くなりました! 命拾いしましたね、神よ!」
「……とりあえず、神様に謝れ。不敬が過ぎるぞ」
「わかりましたコージュ様! 神様ごめんなさい! 大変申し訳ございませんでしたァ!!」
意図的にフラーナたちを避けていたことと、実際に神と面識があることの二つを秘密にしている魔王は、かなり複雑な表情になっていた。
その申し訳なさが勝ったのか、擦り寄るフラーナを無下にもできず、アクアに釘を刺されたばかりだというのに密着するのを許してしまう。
「……で、ユクは何をしていたんだ?」
「あ、いえ。私はその……ギルさんに謝罪を……」
「謝罪?」
どういうことかと話を聞くと、どうやら彼女はギルがあの時の怪物だと勘付いたようで、その辺りの詳細を聞き出すとともに謝罪しようと、この場所を訪れていたらしい。
あの時の怪物は死んだものと思い込んでいた彼女だったが、明らかに同じ姿の彼を見て、もしやと思ったのだとか。
「どう見ても同じモンスターなんですもの。目の前で絶命するところまで見ていたので、見間違えるはずがありません」
「いや、死んでいないがな」
「ですよね? あの時感じた違和感は、やっぱりあなたが何かしていたのですね?」
「まあ、そういうことだ。よく見破ったな」
感心する魔王を尻目に、ユクは大きな溜め息を吐いてギルをチラリと見遣った。
その姿はどう見てもピンピンしており、動く死体や幻覚の類いでないことは明らかである。
ということは、自分がこの島に至る一因ともなった件はそもそも最初から彼に監視されており、全てが彼の掌の上だったのだ。
それに気付いた彼女は魔王の顔に視線を移すと、改めて大きく溜め息を吐いた。
「……ちなみに、本来の目的はフラーナとジャックの救出で、ギルもお前も予定外だったのだぞ? 最初から全て計算していたわけではない。成り行きでそうなっただけだ」
「……今、私の心の声、読み取りました?」
「違う。考えていることがあからさまに顔に出ていたから分かっただけだ。どこぞの神と一緒にするな」
「は?」
「いや、なんでもない」
咄嗟にそう説明した魔王だったが彼女にすぐ納得してもらえるはずもなく、それから暫くの間、彼は彼女の質問に答え続けることになった。
その隣で「本来の目的はフラーナ」という言葉を聞いたフラーナが鼻息を荒くしていたが、二人ともそれはスルーして話を続けていた。
「――――と、そんなわけで、あの時の亡骸は俺の用意した複製だ。それにしても、あの幻覚に違和感を持てるとは凄いな、お前」
「お褒めいただき光栄ですが……そんなとんでもないことをサラッとこなしていた人に感心されても微妙なところですね」
「コージュ様に褒められる光栄を微妙とは何ですか! 不敬ですよユクさん! 今すぐ土下座して「どうかフラーナを愛でてやってください」と懇願するので……」
「フラーナ、ハウス!」
「キャイン♪」
「ユークイネ様、気ニナサラナイデクダサイ。今ハモウ、コージュ様ノオ力デ他者ヲ襲ウコトノナイ存在トナリマシタノデ。アノ時トハ別ノ存在トイッテモイイノデ、ソノ過去ハ水ニ流シマショウ」
空気の読めるギルは、段々と混沌に近付いていたその場を収めようと、本来の話へ舵取りを試みていた。
その甲斐あって、ユクもそれを思い出したのか改めて彼に謝罪し、無事に和解の流れへと至る。
それを微笑ましく見守っていた魔王は、ギルとの話が終わって帰ろうとしていたユクにある提案をした。
「なあ、ユク? お前も俺の弟子にならんか?」
「……へ?」
「えっ?」
「んなっ!?」
「……オヤ?」
その発言に、場に居合わせた二人と一体も驚きの声を上げる。
脈絡が無いばかりか、魔王の意図するところも分からなかったからだ。
「いや、お前は勘もいいし、魔法の腕前をそのまま遊ばせておくには勿体無いだろ? この国を気に入ってくれたようだし、出て行きたい様子も皆無だしな」
「……ああ、そういうことですか」
「そういうことだ。ベルもそうだが、いずれは子どもたちに色々な技術を教える役を担ってもらうことも視野に入れてな。そのための最初の弟子がお前たちだ」
「ボクが一番弟子です。よろしく、妹弟子のユークイネ様」
「は、はぁ……? よろしくお願いします。ありがたいような、荷が重過ぎるような……」
そんなことを言ってベルや魔王と握手を交わしたユクだったが、彼女と魔王との間に割り込むようにしてフラーナが場の視線を奪う。
膨れた顔でコージュの目を見つめる彼女の様子に、場の全員が瞬時に彼女の意図を察した。
「コージュ様! わたしをお忘れですか!?」
「……は? いや、お前は格闘技術や魔法は得意では……」
「そんなことないです! 何よりわたしなら、一晩中でも修業にお付き合いしますよ! いつ如何なる時もお傍に寄り添い、最上の弟子として愛する師の全てをお世話しますとも! そして……」
「長くなりそうなので、私はこれで。弟子入りの件はありがとうございます。正式なことはまたいずれ」
「あっ! 逃げんな、ユク! 薄情弟子!」
再び暴走を始めたフラーナを見るや否や、空気の読めるユクとギルはそーっとその場をあとにする。
ユクは単にフラーナ慣れしてすぐに勘付くことができたのだろうが、ギルは流石である。
なお、ベルは気配を消して彼女と反対側で魔王に寄り添っていた。
こちらも流石である。
「……その時、コージュ様が仰るのです「フラーナ、今度はベッドでの修業の時間だぜ? この修業はお前としかできんだろ?」って! そして、その太く逞しい指をわたしの腰に這わせ、そこから……」
「フラーナ、ハウス!」
「キャウン♪」
「いや真面目な話、お前は弟子入りせんでいい。それより、樹人として島の緑化に尽力してもらった方が助か……」
「それじゃあ嫌なんです! それじゃあ……ベルさんやユクさんのように、コージュ様と一緒にいられなくなっちゃいます。それに、アクアさんのように……その……」
少し言葉を濁し、魔王から目を逸らしてしまったフラーナの姿を見て、コージュも気付くことになる。
彼女は島のために働くのが嫌だとか、どうしても彼に弟子入りしたいというわけではなく、ただ単に彼と一緒にいられる時間が減ってしまい、今以上に他の彼に近しい女性たちに後れを取りたくないだけだったのだ。
その不安感は、彼がさっきまで彼女を避けていたことも一因となっていたのである。探しているのに出会えないことで、ネガティブな思考に偏ってしまったのだろう。
そのことを申し訳なく思い、コージュも一度天を仰いで小さな溜め息を吐いた。
「ああ、すまん。俺のハッキリしない態度も原因だな。では、この際だからハッキリ言わせてもらおう」
「……えっ? あ、いや……」
「正直、俺はアクアのことを……好いている。なんというか、相性がいいのか……あいつとは一緒にいると自然と楽しめるのだ」
そんな決定的な宣告を耳にし、フラーナはショックのあまり愕然と項垂れてしまった。
あまりにもワガママを言ったから、魔王が呆れて自分に引導を渡そうとした……のだと思ったのだ。
だが、彼の言葉はそこで終わりでは無かった。
「だが、だからといって他の者を好きにならんというわけではない。特にお前は、俺に好意を持ってくれているようだし、そのことは……嬉しく思っているぞ?」
「……え? そ、その……? ……じゃ、じゃあ……?」
「まあ、今この場で「好いている」などとは言わんがな?」
「……あ、あれ?」
相も変わらず優柔不断な彼の答えに、フラーナは盛大にズッコケてしまう。
そんな彼女をクスクスと笑い、コージュは彼女に手を差し伸べてやった。
「すまんすまん。だが、お前は樹人で俺は不老不死なのだ。そう焦らずとも、気長に仲を深めていこうではないか。それでは駄目か?」
「……い、いえ。それで大丈夫です。わたしも、ちょっと焦り過ぎていたようです」
「ははは、漸くお前とマトモに話ができそうだな、フラーナ」
「す、すみません。わたしったら……」
そう話す彼女は、小舟でユクたちと話していた時と同じ表情になっていた。
島に来る前から暴走気味だった彼女が、漸く冷静さを取り戻した瞬間であった。
これ以降、彼女は暴走の度合いを軽減させ、彼ともゆっくりと時間をかけて歩んで行くようになる。
――――少なくとも、二割くらいは軽減したとかしなかったとか。
「……ちなみに、コージュ様は好意を持つ相手なら、性別は問いませんか?」
「……いたのか、ベル」
「もう、分かってたくせに、コージュ様の意地悪」
「……ノーコメントにしておこう」
そんな賑やかな島の様子ではあるが、確実に変化はあるようで、彼らの関係にもいずれ大きな変化は訪れるのだろう。
その時まで、今は暫しの休息を噛み締める魔王コージュたち。
だが……変化の火種は、時に向こうからやって来る。
それは、待ってなどくれないのであった。
なんだか東京を中心にコロナが再流行し始めているようですので、皆様も予防対策と健康にお気を付けください。
なろうユーザーの皆様の無病息災をお祈りいたします。




