第三十八話
昨日の続きです。
本日もよろしくお願い。
「……この国も、だいぶ賑やかになってきたな」
そんな独り言を呟く魔王コージュの視線の先には、多くの者たちが活動する姿があった。
彼が今いるのは、展望台の最頂部。それも、建物の中ではなく外側の。
その視線の先に映るのは、獣人たちに亜人、その混血に、樹人たち。そしてガーゴイルたち怪物。
多種多様な種族が混在し、それでも争うことなく交わっている。
「ほんと、凄い光景ですね」
「いたのか、ベル」
「もう、分かっていたくせに。コージュ様の意地悪」
「わ、わたしも、い、います、よ、よ……」
「……無理するなよ、フラーナ。樹人は空を飛べんのだから、わざわざベルとアリアに運んでもらわんでも……」
「だ、駄目です! 駄目、絶対! た、ただでさえ遅れを取っているのに、この上、傍を離れたりしたら……キャアッ!!」
彼と彼女の定位置は、誰が決めたか魔王の両サイドである。
それは二人が互いを認め、その居場所を認めているからこその定位置であり、他の誰にも明け渡すことのできない約束の地。
だが不覚にも先日、ある出来事の功労者に一時そこを明け渡すことになり、彼女も少し……いや、かなり焦っていた。
彼女とて他人の色恋沙汰を妨害してまで自分を売り込みたくは無いし、そもそもそんなことをすれば魔王の視線が侮蔑を含んだものに変わる可能性がある。そんなことを平気でする女性を彼が好むとは思えなかったし、そうなりたくもなかった。
だから、彼女もあくまで正攻法で闘いたいという信念をもって行動していた。蹴落とすのではなく、自分と魔王コージュの関係性を高める方向で。
「まったく……ほら、掴まれ。危なっかしくて見てられんではないか。お前もだが、地上の景観も」
「……あッ♪ いや~ん♪」
「ゆっくり眺めさせてくれ。ほら、俺に掴まってていいから」
そして、その効果はあったようで。
魔王も、先日は二人のことを敢えて見て見ぬふりしてくれたことには気付いていたらしく、その感謝の意を示すわけでは無いが、彼女に好感を持ち始めているようであった。
いくら鈍いところがあるとはいえ、そんな彼女の信念に気付かないほど万能の魔王は名ばかりではなかったようだ。
「……ああ! コージュ様、ボクもー、何故か急に飛行ができなくなってしまいましたー。きゃあ、お、落ちるう。誰か、助けてえ?」
「……おいコラ? なんだ、その棒読みのセリフは? お前、俺の一番弟子なのだろう? そんな体たらくが許されると思っているのか?」
「わ、わああ。誰か、逞しい腕で抱き留めてえ。一刻も早くうう」
「……アリアー! そこの阿呆が抱き留めてほしいそうだー! ちょっと頼む!」
そんな呼び声に応え、有翼人であるハルピア族特有の逞しい胸筋で翼を羽ばたかせていたアリアが下降して来て、ベルの下へと急ぐ。
純な彼女はそれに疑いなど持たず、降りるや否や魔王に指示された通りにベルを抱き留めてあげた。
「なになに? なんだ? もしかして寒かったのか、ベル?」
「……アリアのバカ……」
「え? なんで? 確かにウチはお馬鹿だけど、なんで今言われた?」
そんな二人の掛け合いを笑って眺めていた魔王は、うっとりと自分に縋り付くフラーナのことはあまり意識しないようにしながら、改めて地上の仲間たちを目で追っていく。
元気に走り回る兎人族のスサ、ネモ、メレイ、フィラ。
そして、それを必死に追いかけて見守るユイ、シトラ。そしてタマ。
さらに別の場所では、シュラとモーラが仲睦まじく組手を行っており、その傍でルシアがウェムを鍛えてくれていた。それを、少し離れたところでリナとクーラ、そしてセピアが見守る。
屋敷の南にある森の方にはジオとポーラの姿もあり、そこの木の上でスナネコ獣人のマーチが昼寝をしている姿が見て取れた。
一方で屋敷の北側を流れる川沿いに整えられた林には、樹人のシュロとララの姿も。
最近入ったばかりのユクは、この島に来て初めて知ったという温泉が大のお気に入りらしく、今もふにゃふにゃにふやけるまで入ってくると告げて向かって行ったばかりだった。もう暫く飽きるまでは、日に何度か入るつもりのようだ。
小鹿族のジャックは、たまたま会ったのかケンタウロス族のキィを伴って、入り江で海のモンスターのギルと戯れていた。気配りの上手いギルは、言葉が通じないというのに皆の人気者である。
怪物種ガーゴイルも、ノーマルタイプのノーマとルガを筆頭に、レアな鳥型のスカイ、兎型のラビ、蜥蜴型のティピ、二本脚のパニーなどかなりの数になってきており、今も見渡せば島中で鎮座し、守護を司ってくれている。
最近はさらにノーマル派生型という特殊タイプであるオーリーとエファ、小型カンガルータイプの奇形種であるウォー、熊型の奇形種のプライアといった、謂わば亜種とでも呼ぶべき珍しい形のガーゴイルたちも発見されており、ますます賑わいが増していた。
悲しいことにそれら亜種が誕生した背景には、長年に渡って人の手で動きを封じられ、水の底や土の下などに閉じ込められていたことが関係していた。どうやら無理のある体勢で長い時を過ごし、石の体が徐々に形を変えてしまったようなのだ。
島の仲間たちにそんな悲しい事実を伝える必要は無いので、公にはただの珍種という扱いにはなっているが。
そんな彼らも魔王コージュと善神によって自由の身となり、今やこの世界に存在する怪物種ガーゴイルは身動きの取れない状態の者はゼロ。全体の数としても、残りの未だ封印されていない個体は、最初と比べると半数以下となっていた。
それは魔王が密かに時間を割いては、動けないまま苦しんでいる個体を優先的に救出し続けた成果でもあるのだが。
「……本当に、賑やかになったものだな」
「……そうですね。ボクが来た頃は、まだコージュ様たちを含めても七人だけでしたからね。すごく少なかったなぁ」
「ウチの頃なんて、もっとだぞ? 懐かしいねコージュ様。ウチ、コージュ様に裸のままビシバシ叩かれたの覚えてるよ」
「……えっ?」
「……いや待て、フラーナ。今のは説明がおかしい。まるで俺が変態プレイしたみたいに聞こえたが、実際は男の俺の前で服を脱いだアリアを、チョップして叱っただけだ。勘違いするな」
だが、そんな彼の弁解も聞こえているのかいないのか。
フラーナは、恐らく自分がそうされているのを想像してトリップしてしまったのだろう。ハァハァと息を荒くして恍惚の表情になっていた。
そして同時にアリアの隣では、ベルが涎を垂らしながら身悶えていた。
彼を慕う両脇の二人というのは、どうしてこうも変態揃いなのか。
「……まったく、こいつらは――――って、ゲッ!?」
「どした? コージュ様?」
「……鬼に見付かったから、かくれんぼは終了のようだ」
「……なに? よく分かんないぞ?」
そんな言葉を口にした彼が見つめる先では、地上から彼らの方を凝視しているアクアの姿があった。
別にかくれんぼをしていたわけでは無いのだが。それでも、アクアとは先日急接近していた事実があり、今さら何でもないとは最早言えない二人なのだ。
それが、一方の魔王が人目に付きにくい高所で、別の女性に抱き着かれたまま抵抗もせずにいたとなれば、平穏無事で済むはずがない。
この後魔王はアクアに必死の弁解を試みることになるのだが、それはまた別の話である。
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「……さて、諸君に集まってもらったのは他でもない」
「その前に、その頬のビンタの痕は何なの? 気になって話が頭に入って来ないんだけど」
「気にするな。アクアの仕業だ。以上! では、本題に移るぞ?」
「き、気になるなぁ……」
それから数刻後のことであった。
魔王コージュの呼びかけで入り江の際の森に集められた島の全メンバーが、彼の話に耳を傾けていた。
海の怪物であるギルも、浅瀬から身を乗り出しての参加となっていた。
体が湿っていれば陸上でもある程度大丈夫な種族なのか、時々パチャパチャと自分で水をかけて状態維持をしている。
そんな全メンバーに彼が切り出した話は、この地においては一つの節目となる約束された出来事であった。
「そろそろ人口もいい数になってきたことだし、本格的に国として名乗りを上げる準備を始めてみてはどうかと思ってな」
「……ああ、そういうことね。確かに、ここを第七の国にするって言ってたもんね、最初から」
「いいと思いますよ? 私は賛成です」
「国民の半数以上はモンスターだけどね。でも、僕も賛成」
「アタシもだ」
「オレも」
「わたしも」
「まあ、待て待て。そう簡単にいかないから、こうして全員に集まってもらったのだ。最後まで聞いてくれ」
話が出るや否や賛成意見が飛び交う中、その流れは魔王によって遮られる。
そこでストップをかけた魔王に、ほぼ全員が首を傾げることになった。
それは皆が同じ気持ちで取った行動あり、いつでも国として台頭していいのではと考えていたからだ。
「確かに名乗りさえすれば国にはなるだろう。それに、ここは俺の張った結界で易々とは侵略できん。しかも俺は不老不死だから永遠に安泰、最強の楽園国家の誕生だ」
そこで、彼が不老不死だと初めて知ったメンバーが驚きの表情を見せる。
これまでも幾度となく驚いては免疫を着けて来た者たちでも、彼が不老不死となれば話は別であろう。
それは神話にしか出て来ないような幻の存在であり、如何なる魔法やスキルでも実現不可能に近いものなのだから。最早神に近いとも言える。
そんな彼が収める国となれば、それはもう千年王国すら超越した神の国と呼ばれてもおかしくないものだ。
しかしながら、今の本題はそこではない。
だからこそ彼も皆の反応には返事をせず、続けて皆に語りかけた。
「だが、皆はそれで満足か?」
「……え?」
「俺に守られ、何不自由なく安全に暮らせて、決して滅びる心配も無い国。そんな地で生きることが本当にいいと、皆は思うのか?」
「いや、散々甘やかしてきた張本人がそれ言う?」
「と、とにかくだ! それでは緊張感を失って、いずれは腑抜けてしまいそうだと思わんか? だから、これから国として名乗りを上げるまでの間、この国をどうするかをもっと皆で話し合った方がいいと思ったのだ。逆に言えば、それが固まるまでは名乗りは上げん。今日はそういう提案をさせてもらうために、わざわざ全員に集まってもらったのだ。もちろんモンスターの皆も立派な国民なのだから、どんどん意見を出してくれ」
絶妙な反論を下され、魔王は慌てて軌道修正を図る。
確かに彼はこれまでも、万能の力で皆を甘やかしに甘やかして来たのだから。偉そうに言える筋合いは無い。
だが――――このまま国として名乗りを上げたところで、その先に待つのは万能の魔王に守護された絶対国家の誕生であり、それこそ周辺国家の民から得体が知れないと畏怖される国か、あるいは現実逃避気味な崇拝の対象としての神の国か……そうでないとしても、他国にとって絶望の象徴にしかなり得ないだろう。
それは名前通りの魔王国……それか、より悪い「魔界」にすらなり得る。
どちらにせよ、今のままでは自国の民だけが幸せな閉鎖的国家となってしまう懸念があり、そんな国が台頭した後の他国の未来を想像すれば、そこに待ち受けるのは今よりさらに酷い階級差別であるのは明らかであった。
あるいは、打倒魔王国を掲げて宣戦布告でも行った後で、一部の貴族階級が戦時徴収の名目で国民から金や物資を巻き上げ、私腹を肥やすというクズ国家に成り下がることも容易に想像できた。
だからこそ、魔王コージュはそこまで予想した上で、仲間たちと相談を重ねるべきだと判断を下したのだ。
彼ら自身の力できちんと考えを持って運営し、他国と関係性を築いていける国作りを模索すべきだと。
それは彼が先頭に立って全てを支配する、王国あるいは帝国のような絶対的な君主制ではなく、どちらかといえば彼の前世の日本のような、象徴的存在が座する民主制の色が強い国家の形である。
表現は悪いかもしれないが、「名ばかり君主制」とでも言うべきか。
彼には国を立ち上げた責任があるため、代表として国を引っ張る覚悟はもちろんあるのだが、それでも実際に国の中身を作るのは仲間たちに任せたいという思いが強くあった。
「この国は、俺だけの国ではない。お前たち自身でも、自分たちが暮らしたい理想の国を追い求めていってほしいと思う」
「……あの、私たちに国の舵取りとか、流石に無理だと思うんだけど?」
「そんなことは無いさ。俺も助力は惜しまん。全員が国の運営に直接かかわらなくてもいい。それに、直接かかわるとしても、皆で役割を分担して行けばいいのだ。今、皆が家事などの仕事を分担しているようにな」
それは、悲しくも彼と違って寿命を持つ仲間たちが暮らす国の行く末を考えた時に、避けては通れないことでもある。
彼が機械仕掛けの万能の魔王ならまだしも、中身が樹少年である魔王では、万能の力があっても一人で全てを支配することは不可能なのだから。
それは、これまでの経験だけでも分かり切っていたことであった。
彼は万能の力を扱うにはあまりにも未熟であり、力に支配されていないのも未熟なおかげという側面が大きい。
彼一人で支配し続けた場合、いずれ成長した彼が逆に力によって支配され、国に暮らす仲間たちの未来を破滅に導く時が訪れないとも限らないのだから。
今回の流れは、それを避けるための保険としての提案でもあったのだ。
彼が過ちを犯す時が訪れてしまったとしても、彼無しでもやっていけるだけの力を持った国にしていけるように。
その時は、彼の知る物語の魔王のように、世界から排除される可能性も視野に入れて。
「……まあ、俺がいれば大丈夫だ。だから、みんなゆっくりと考えてみてくれ。国として名乗りを上げるのなんて他の国が攻めて来てからだって遅くはないのだ。それが数か月先か、数十年後かは分からんが……焦らずゆっくりでいいさ」
そんな考えは、皆には悟られないように。
今はただ、皆が幸せに暮らせる場所を作ることだけを考えて。
魔王コージュは、一つのきっかけを皆に提案したに過ぎなかった。
この仲間たちとなら、彼がそうなる未来など訪れる心配は無さそうだが。
モンスターの名前は、とある映画のキャラからもじりました。
キャラはどんどん増えていますが、メイン以外はあまり再登場しないかもです。




