第三十六話
本日四本目です。
「――――というわけで、今回加わるのはエルフ族のユークイネ、スクーグスロー族という樹人のフラーナ、小鹿族のジャック。それに、海のモンスターのギルだ。みんな、よろしくな」
「……もう驚かないわ。よろしくね、ユークイネさん、フラーナさん、ジャック君。それに、ギル……さん?」
「……うん、驚かない。よろしくお願いします、皆さん」
「いや、普通驚くでしょう。今度は海から連れて来たんですか……」
アクアたち、比較的最近加入したメンバーから呆れられながらも、魔王コージュは追加メンバーの紹介を果たす。
そこからはユイたちに説明係を任せることにして、彼はギルを連れてその場から離れ、島の南東側にある入り江へと向かって移動を開始した。
もちろん、新たに加入した海の怪物であるギルの生息場所とするためである。
飛び去ろうとする彼を、射貫く視線で見つめているフラーナのことはひとまず見なかったことにして。
「……さて、この場所だ」
「……ヨロシイノデスカ? コンナイイ場所ヲ提供シテイタダイテ」
「それは気に入ったと受け取っていいのか? というか、お前に住んでもらって意見が聞きたいのだ。今後も海からモンスターを連れて来ることはあるだろうし、それまでに改良できればベストだからな」
「……分カリマシタ。協力ハ惜シミマセン」
そう話すギルを海水ごと結界製の水槽から解放すると、魔王は彼をゆっくりと入り江の浅瀬付近に降ろしてやる。
怪物なのだから無造作に放り込んでも支障は無さそうではあるが、彼はそのままギルの入っていた海水ごと入り江に浸け、しっかりと時間をかけて環境に馴染ませるようにした。
その丁寧さは全く魔王らしくないのだが、彼の優しい性根の表れかと、ギルも黙ってそれを受け入れていた。
「さて、どうだ? 水温や水質は問題無いか?」
「快適デス。全ク問題アリマセン」
「いや、問題点を上げてほしいのだが……」
「少しばかり水の循環が悪いように思えますね。恐らくは地形と、この場所の容量の問題でしょう。もう少し広げて、深さも増した方がよろしいのでは?」
「俺はギルに聞いたのだがな? だが、水のプロフェッショナルが言うのだから検証する価値はあるな。ギルの意見も聞きながら調整していくとするか」
「……ナチュラルニ交ッテキマシタガ、ソチラノ方ハ?」
最早ここに至っては、気配を掴める魔王コージュと、それを熟知し始めたアクアの間には、いちいち驚きも必要無いのか。
彼女は普通に彼に付いて来ており、そして普通にギルとの会話に加わっていた。
一応は魔王の情報とともにアクアのことも教わっていたギルではあるが、彼女とは初対面で自己紹介もまだなのだ。
言葉が伝わらないとはいえ、すでに知っていると態度に表すのはリスクがあるため、そこはギルも気を遣って避け、知らない体を通すように演技していた。
非常に優秀でデキた怪物である。
「それもそうか。こちらはウン……亜人のハーフのアクアだ。そっちは先ほど紹介した通り、海のモンスターのギルだ」
「……海の怪物の言っていることも分かるんですね? 本当にとんでもない御方……」
「まあ、魔王だからな」
「答えになっていない気がしますが……それより今、何か言いかけましたね? その後に続くのがコとかチだったら流石に怒りますよ?」
「被害妄想が過ぎるだろ。うっかりウンディーネと言いかけただけだ」
そんな軽いノリのジョークを交わす二人だったが、魔王はアクアがどこか重々しいオーラを纏っているように感じられていた。
それが何故なのかまでは分かっていなかったが、ともかく今はギルの住環境作りに専念しようと気持ちを切り替える。
「この見た目なら言い間違えるのも仕方ありませんけど。ともかく、よろしくお願いしますね、ギルさん」
「ギル、アクアがよろしくと言っている」
「ハイ、ヨロシクオ願イイタシマス、アクア様」
「アクア、ギルがよろしくだそうだ」
「それで、あのフラーナさんと仰る御方の蕩けるような視線は、どういうことなんです?」
「ああ、あれか? あれは……」
と、そこまで言いかけて、魔王コージュはバッと彼女の方に振り向き直した。
あまりに自然な流れで答えそうになってしまったが、そこで漸くアクアがここまで付いて来た理由に察しが付いたのだ。
別に答えること自体は問題無いのだが、問題は彼女の纏うオーラである。
どうしてそれが重々しい雰囲気なのかが彼には分かっていなかった。
「……いや聞いてくれ、アクア? 別に俺は……」
「あら? 私は別に魔王コージュ様の恋人でも妻でもございませんし、魔王コージュ様が私に言い訳する必要なんて無いと思いませんか? おかしな魔王コージュ様ですこと。フフフ、フフフフフ」
「……少シ、コノ場所ヲ泳イデミマス。ソレデハ、オ幸セニ……」
「待て、ギル! 逃げんな! 助けろ!」
速攻で空気を読んだデキる怪物のギル。
その判断は賢明で、流石としか言いようが無かった。
そうして残された魔王は、目の前の大魔王……もとい天敵……もといアクアに事情を説明を試みることに。
「――――というわけで、言葉のアヤでな? 俺の言い方も悪かったのだが……」
「……なるほど。フラーナさんは、頭の中が割とお花畑な方なのですかね?」
「その言い方は酷い気がするが……今は暴走していることは確かだな」
「はい、分かりました。では皆さんには、私から話しておきましょう。きっと気になっていたのは私だけでは無いでしょうから」
「そ、そうか。すまん、助かる」
いったいどういう立ち位置なのか。まるで社長と秘書か、むしろ優秀な部下と頼りない上司か。
そうでなければ母子か夫婦のようなやり取りをするアクアとコージュ。
だが事情を知ったおかげか、アクアの纏う空気は少し軟化していた。
「まったくコージュ様ってば、おモテになるのですね」
「茶化すな。俺にそんな気は無い」
「……つかぬことをお聞きしますが、フラーナさん――――だけではなく、この島で暮らす仲間の誰かから好意を寄せられたら、コージュ様はどうされるおつもりなのですか?」
すると当然、アクアから意表を突く質問が投げかけられた。
魔王である彼には繁殖欲や性欲といったものは無いのだが、それでも男として恋愛感情が全くの無であるというわけではない。
だからこそ、その質問にどう答えていいものかと彼も頭を悩ませる。
「……もし好いてくれる者がいたら、それにはしっかり応えるさ。とは言っても、皆からの好意は父や兄、あるいは友人に向けられるそれだろうがな」
「あら? フラーナさんのは父でも兄でも、ましてや友人へのそれでも無いと思いますよ?」
「おま……アクアはどっちの味方なのだ? それはそうだが、あれも一時的なものだろう?」
そんな答えを聞いたアクアは、少し俯いて考え込む仕草をする。
同じ女性同士、何か思うところがあったのだろうか。
そして、再び彼の目を見て口を開く。
「……思うに、コージュ様ほどの方なら、自分に向けられたそれが父や兄、友人としてのものなのか、それとも本当に恋心から来るものなのかくらい、判別できてしまうのでは?」
「……お前は本当に聡明だな」
「またお前って言いましたね? プンプン!」
「すまん。だが……」
すると今度は、魔王の方が俯いて考え込み、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「俺は魔王で、なんでもできる。実際、そういう感情とて判別は簡単だ。だが……ガワが万能の魔王でも、中身は案外年相応の未熟な精神年齢なのだよ。だからその手の経験もあまり無いのもあって、そういう恋愛云々のことは上手く分からんさ」
「……あら? そうなんですか?」
「そうだとも。まさか百戦錬磨だとでも思っていたか?」
「はい。これだけ女の子がいるわけですし、思春期真っ只中のコージュ様なら、気の向くままとっかえひっかえしているものかと……」
「ひとを何だと思っているんだ? それに、ここにいるのはみんな子どもだ。まだまだ本気の恋愛とは程遠いだろ」
そんなことを言ってのけた彼に、アクアは悪戯っぽく笑って一歩近付く。
「あらあら? 子どもは本気の恋愛をしては駄目ですか?」
「そ、そういうわけでは無いが……」
「フフッ。そんなものに年齢は関係ありませんよ? 何歳だって、本気で恋はします。例えば……」
そこで少し顔を赤らめ、わざとらしく上目遣いをしてから彼女はその続きを口にした。
「例えばですけど、もし私に好意を向けられたとしたら、コージュ様はどうするおつもりですか? そんなものは本気なわけがないって、はぐらかします?」
「……いや、それは……」
「私が十歳の女の子だったら、適当にあしらいました? 五百歳の樹人だったら?」
「……」
「ね? 歳は関係無いんですよ。だから、そういうのは抜きに、真剣に答えてあげるべきだと思いますよ」
甚く本気の恋愛トークに、魔王はたじろいでしまう。
いったい彼女の目的が何なのか分からないままだが、それは何か魂の籠った言葉ようにも受け取れたのだ。
「じゃないと、後悔しちゃいますよ? 相手のためにもね」
彼の目の前でそんなことを語るアクアは、いつもの彼女とは少し違った雰囲気であった。
今の彼女が十六歳だと言ったら、年相応のように感じたことだろう。
「……というわけですので、練習してみましょう? いざという時のために」
「は?」
「……わ、私、コージュ様のこと――――好きですよ? コージュ様は、私のこと、どう思ってますか?」
突然そんなことを言われ、魔王はまたもたじろいでしまう。
それが練習のための演技だと分かってはいても、なんだかんだ言って目の前にいるアクアは美女なのだ。
自ら口にした通り、恋愛経験も乏しく免疫の無い彼にとっては、ある種の試練となり得た。
「……ありがとう」
「……それだけですか?」
「いや、おま……アクアのように魅力的で美しい女性から急にそんなことを言われたら、咄嗟に上手い返し方などできはせんよ。これで勘弁してくれ」
半ば諦めて、そう答えるコージュだったのだが。
ふと目を向けると、アクアは少し赤らんだ顔で惚けているようであった。
「……あなたは天然なんですか? まったく……」
「うん?」
「……いーえ、なんでも。それより、そこは「俺も君のことを心底愛しているよ」くらい言ってくれてもいいのでは?」
「言えるかっ! 生憎、こちらは思春期真っ只中のお子様なのでなっ!」
「クスクス……」
どこか嬉しそうにくるりと背を向けたアクアは、そこからまた半回転して魔王の方へ向き直す。
そしてフニャリと笑顔を作り、彼に微笑みかけた。
「別に、上手く言う必要なんて無いですよ。自分の言葉で言えばいいんです」
「……そういうものか? というか、今日はどうしたのだ?」
「いえ、特には。ですが、コージュ様はフラーナさんのこと……好きですか?」
終始マイペースな問答を繰り返すアクアに、魔王も流されるまま答えるしかなくなっていた。
だが、そんな時間もどこか心地良く感じられていたため、彼の表情も穏やかであった。
「さあな? タイプだとは言ったが、特別なものは感じてないさ」
「……では、老け顔の亜人のハーフと、どっちがタイプです?」
「……誰のことか分からんが、俺は老け顔だと思ったことはないぞ? そして、タイプで言えば後者の方がどちらかというとタイプだ……ということにしておこう」
「あらあら♪ 左様でございますか」
その答えを聞くと、アクアは再びくるくると回ってみせ、機嫌良さげに鼻歌を口ずさむ。
一連の受け答えが何だったのか、魔王にはイマイチ分からなかったが、アクアの機嫌は回復してくれたようなので彼も良しとする。
実際のところ、彼女のしたたとえ話がどこまで本心から来ているのかは分からなかったが、少なくとも――――
「もしこの先、コージュ様を巡ってアレコレと起きるようなら……その時は私も立候補させていただきますので、よろしくお願いしますね?」
「……何をお願いするんだ」
――――少なくとも、気にはいられているようであった。
それに、魔王コージュもまんざらではないらしく、いつの間にか彼の表情も非常に穏やかなものになっていた。
だが、彼自身それに気付いている様子は、今はまだ……無い。
「……ところで、完全に後回しになってしまっていたな」
「あら、ごめんなさい。私ったら……」
「すまんな、もう出て来てもいいぞ、ギル」
「……忘レラレテイルカト思ッテイマシタ」
ともかく、そこで漸く彼らは本来の目的である入り江の改良について話し合うことに。
空気の読めるモンスターのギルは、結局今の今まで身を潜めて気配を消していてくれたのであった。
彼は今後、苦労性なポジションに立ちそうである。




