第三十五話
本日三本目です。
お気付きの方がいらっしゃるかは分かりませんが、毎年やっている「7月7日に7本投稿する」チャレンジ(特に意味は無い)を実行中です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「……エ、エルフ……?」
「……」
樹人のフラーナが見惚れる中、神々しさすら感じられるほどの美しさを誇る魔法使い――――改め、ユークイネ・フィンドゥリル・イゼッタルと名乗るエルフの女性が、ゆっくりと口を開いた。
「……皆さん、私たちの種族を見るとそんな感じになるんですよね」
「……えっ? あ、ごめんなさい……」
「だからこそ、魔法で姿を変えていたんです。この姿は色々と不都合が多過ぎますので……」
そんな彼女の言葉も、二人の耳には届いているのかいないのか。
ポーッと見惚れたままの二人に、彼女は少し辛そうな表情で語りかける。
「で、ですが、今はただの漂流者です。気軽にユークイネ、あるいはユクとお呼びください」
「は、はい。ユークイネ様……」
「……綺麗……」
「……」
だが、フレンドリーさを演出しようとした彼女の試みも無駄に終わる。
やはり二人はトロンとした目をしたままで、どこか幻惑魔法でもかけられたようになってしまっていた。
彼女は魔法を封じられているので、そんなものは使えるはずもないのだが。
「……」
「では、俺もそろそろ自己紹介をさせてもらおうか。俺の名は魔王コージュだ。かつて死の大地と呼ばれた地を統べ、いずれ楽園を築く者である」
「……あ、これはご丁寧に――――って、キャアアアアァァ!?」
だが、事態は一変する。
というか、させられた。
「だ、誰!?」
「だから、魔王コージュだ。気軽にコージュとでも呼んでくれ、ユク」
「だから、誰!?」
「……ハッ!? な、何? 何事?」
「……えっ? その人、誰ですか?」
「……三度目だ。魔王コージュである」
突如として小舟の横に出現した大男の姿に、エルフのユークイネが悲鳴を上げる。
そのおかげで、魅了されていたフラーナとジャックも正気に戻ったのか、目を丸くして彼を見遣った。
海の上に浮かぶ男の姿など、改めて正気を疑いそうな光景だが。
「だ、だから、誰ですか!」
「……魔王様。登場ノ仕方ガサプライズ過ギマス」
「いや、なんか微妙な空気になっていたから、カンフル剤になるかなと思って」
「心機能に重大な障害を齎す恐れがあるため、今後そのような登場は控えるべきだと進言いたします」
「誰なの!? ほんと誰!?」
混沌の訪れであった。
いつものことながら、魔王は少しばかりお茶目が過ぎる。
慣れているタマやユイたちならまだしも、初対面で彼の奇行に合わせられる者は少ないだろう。ほとんど動じなかったアクアらが異常なのだ。
「すまんすまん。俺は魔王コージュという者で、この先の死の大地と呼ばれる地を改良して国造りをしているところなのだ。お前たちのように島流しに遭った者にコンタクトを取って、その国の住人として招き入れていてな?」
「……天国に――――」
「ちなみに死んであの世に来たわけでは無いぞ? 紛れもなく現実の出来事だ。急には信じられんとは思うが……」
毎度のことで流石に慣れたのか、魔王コージュはユクの言葉を遮るように死後の世界説を否定してみせた。
皆が同じ反応を示すのは仕方ないことだが、毎回聞かされる彼にとってはワンパターンで飽きるものなのだ。
ともかく、そうして彼はいつも通りに説明をして三人を落ち着かせ、先ほどの光景も姿を隠して見ていたと告げる。
ユクも、フラーナもジャックも、当然すぐには呑み込めずに無言だったが。
「まあ、とりあえずはお試しで行ってみないか? 強制はしないが……」
「……じ、事情は分かりました。分からないけど、分かりました」
「……何これ? 夢? ジャック君、ちょっと抓ってみてくれない?」
「……女性を抓るなんてできません。それより、おれにも見えているので夢じゃないと思います」
「で、どうする? 行ってみるということでいいか?」
だが、そんな言葉を聞いたエルフのユクが、咄嗟に体を庇うような仕草をして彼を睨み付けた。
「……あなたも、あの男たちと同じように、私の体が目当てなんですか? 魔法を使えないのをいいことに、何処かに連れて行って無理矢理……」
「いや、それは無い。女としてのお前には今のところ興味は無いし、そもそも出会ったばかりで互いのことも全く知らんだろ? その手の心配は不要だ」
「……へ? いや、私、エルフなんですけど……?」
「は? だからどうした? エルフだと何かあるのか?」
「へ? いや、魔法の使えない見目麗しいエルフが、あなたの目の前に……」
だが、彼女は拍子抜けさせられることになった。
先ほどの男たちの件があったため、余計に神経質になっていたというのもあったのだが。
さらに今は、先ほどと違って彼女本来の美麗な姿なのだから。
その美しさは抗い難いほどであり、魔王も彼女が言わんとすることを漸く察する。
「ああ、普通の男はその美しさに魅了されるという話か? それ、自分で言うか?」
「なッ!? い、いえ、そういうわけでは無いのですが……」
「魔法が扱えず不安だというなら、その首輪を取ればいいだけだろ? ほれ」
「……先ほどの会話、聞いていたのでしょう? これは魔封じの首輪という特殊なアイテムらしくて、着けた者にしか外せないとか……」
「いや、もう外したが?」
「それはありがとうございます。ですが、この首輪は…………へ?」
事態の急展開に付いて行けず、ユクはワンテンポ遅れて反応を示し続けていた。
万能の魔王にかかれば、そんなアイテムもロックのかかっていないスマホ同然である。
実は魔法回路を弄れる者なら外すのはそう難しくないのだが、そんなことをユクたちが知るはずもなく、唖然とするばかりであった。
「……え? いいのですか? 魔法、使えちゃいますよ?」
「……さっきから何を言ってるのだ? だから、俺はお前に厭らしいことをしたいわけでは無いと言っておるだろう? それにどちらかというと、そっちの……スクーグスロー族のフラーナだったか?」
「は、はい!? わ、わたしですか?」
急に名指しされ、蚊帳の外だったフラーナがビクッと反応する。
そんな彼女と目を合わせ、魔王はサラッと言い放った。
「ユクよりかは、そちらのフラーナの方が、俺としては好みだぞ? そんなわけだから、口説くならフラーナを先に口説くさ」
「…………じゅピィ!!!?」
あまりに突然の告白に、フラーナが頭部から湯気を出して爆発する。
今の今までユクと魔王を名乗る男性の話だったはずなのに、何がどうしてか自分が口説かれたのだから。
そんなフラーナを見て、魔王が慌てて弁解を述べる。
「あ、いや、今のは言葉のアヤだ。そういうわけだから、突然ユクを押し倒したりしないから安心しろと言いたかっただけで、別に本気で口説くという話では……」
「……あの、色恋沙汰なら他でやってもらえませんか?」
「お前のせいだろ! まあ、そんなわけだから……本題に戻るが、三人ともどうする? 改めて俺の国に来るか? 強制はしないし、特にユクは魔法の力が戻ったから自由だろ? 他の国にでも飛んで行っても止めはせんし、フラーナとジャック……だったか? お前たちも希望があれば、何処か安全な場所にでも運んでやるぞ?」
そんな彼の言葉に、真っ先に口を開いたのはフラーナであった。
「わ、わ、わたしたち、もっとお互いを知ってからの方がいいと思うの! そ、その国に行けば、ま、ま、毎日でも魔王コージュ様にお会いできるんですよね!? ね!?」
「……言葉のアヤだと言っただろう?」
「それは分かります! で、ですが、近くにいるのと遠距離では全然違いますもの! とりあえず、わたしにもっと時間をください! その方が色々と深まると思うんです!」
「……分かっとらんな、これは。ではフラーナは来るということだな? お前たちはどうする?」
なんだか暴走気味のフラーナはさておき、魔王は残る二人にも意思確認をする。
ユクは元通りになった魔法の力でどうとでもなるだろうが、小鹿のジャックの方は最後まで面倒を見なければ生存は難しいだろう。
「……おれ、行く場所なんて無いし、他の国でもきっと五種混血なのがバレて同じ目に遭うと思います」
「うちの国は血統に拘らない国でな。というか、ほとんどの民が五種混血だ」
「……それ、本当ですか? なら、おれも行ってみたいです」
「後から辞めてもいいから、まずは気軽に見学してみてくれ。それで、あとはユクだな」
フラーナに引き続き、ジャックも魔王に同行する意思を示す。
そうして魔王を含めた三人から視線を向けられたユクは、回答を求める視線に晒されることに。
「……そのユクって呼び方は、親しい人にだけ許しているのですが?」
「そうか、失礼した。ではユークイネと改めさせてもらおう。それでユークイネ、どうする?」
「……その、一つ聞いてもいいですか?」
「ああ、何でもいいぞ」
するとユクは何かを考え込み、少ししてから再び口を開いた。
「……あなた、私のこの姿を見ても、何とも思わなかったのですか?」
「あん? いや、綺麗だとは思ったぞ?」
「あ、ありがとうございます。な、なら、それこそ押し倒したいとは?」
「いや、綺麗だけどタイプでは無いからな。というか、そこでタイプです、思わず押し倒したいですと面と向かって言うやつはいないだろ?」
「そうですよね! コージュ様のタイプは、わ・た・し・ですものね! でも、押し倒すのはしっかり順を追ってお願いします! まずはデートを重ねて、手を繋いじゃったりして、子どもは三人くらいで! あ、でもコージュ様が欲しいなら何人でも! それじゃあ初デートはどこにしましょうか!? 老後のためにも今から節約を念頭に置いた生活もいいですが、最初くらいは少しロマンチックに……キャーーッ! そんな、イヤーン♪ コージュ様ってば大胆~♪」
「と、とにかく! そういうことをする男たちと一緒にするな。俺は魔王なのだ。エルフの色香ごときに惑わされるほどヤワでは無い」
「……」
フラーナが一人、明後日の方向に暴走気味な盛り上がりをみせていたが。
それはともかく、魔王とて実のところユクの魅力にはグラッと来ていた。それでも、万能の力のおかげで耐えられていただけに過ぎない。
だが、そんなことを彼女たちに言えるはずもなく。
「……また、姿を変えてもよろしいですか?」
「まあ、正直その方が助かる。俺以外の仲間たちには、その姿は刺激が強過ぎるだろうからな」
「……まだ行くとは言っていませんが?」
「そうだったな。……で、どうする?」
再度問いかけられ、ユクは暫し考え込んだ後で、彼の目を見てこう答えた。
「……私は、ユークイネ・フィンドゥリル・イゼッタル。風の国の豊潤な奥森に居を構えるエルフの大家、イゼッタル家の末女にして、世界を巡る旅を課されし者。世界の知を求め、見識を深める旅の途中の魔法使いです」
「……そうか」
「要するに、箱入り娘で世間知らず過ぎるので、少し世間とか常識を知るために世界を巡る旅をしてこいと、族長から命じられておりました。なので、何が言いたいかというと……もしよろしければ、あなたの国とやらでも暫くの間、社会勉強させていただけないでしょうか?」
そう言って、スッと手を差し出した彼女を、魔王は笑顔で迎え入れる。
「ああ、よろしくな、ユークイネ」
「……ちなみに、親しい人は私をユクと呼びます」
「む? それはさっきも聞い……」
「あなたも、私をそのように呼んでいただけますか?」
「……分かった。よろしくな、ユク」
「はい、今度とも。魔王コージュ様」
そんな少し回りくどい挨拶を交わし、彼女から差し出された手を取った魔王は、遂に三人を引き連れて島へと戻ることに。
今回の仲間は色々と面白そうだとニヤつきながら、彼は三人と一体、そしてイエノロとともに帰路へと着くのであった。
ピンク色のオーラを放ち、ずっと魔王から視線を逸らさないフラーナは別の意味で波乱を生みそうではあったが。
ともかく、ユクもジャックも善い心の持ち主のようで、すぐに馴染んでくれるだろうと期待していた。
もちろん、また皆を驚かせることになるであろう海の怪物のギルも。




