第二十二話
中盤以降に、やや鬱展開と残酷描写があります。
苦手な方はご注意ください。
(残酷描写の方はサラッと読めるよう短めにしてありますので、結果まで読んでいただければ幸いです)
魔王コージュが転生してから九日目。
無事に屋敷が完成し、日常生活も整ってきた頃。
その平和な日常の中で、魔王はあることに頭を悩ませていた。
「うーむ、何がいいかな……?」
「何の話ー?」
そう声をかけられて振り向くと、そこにはスサたち兎人族の四人の姿が。
「おお、お前たち。また上って来たのか。今日は四人だけか?」
「ううん。ユイ姉とシトラ姉は、コージュ様が作ってくれた真ん中の休憩所で休んでるよ」
「私たちだけでも大丈夫って言ったのに、見守るって聞かないんだもん」
「お、おう、そうか……」
自分たちを守ろうとしてくれているはずのユイとシトラに、この言いよう。
子どもとは時に残酷である。
そんな彼らがいるのは、言わずもがな塔の最上階にある展望台。
魔王コージュは考え事のために、そして兎人族の四人は遊び場を求めてその場所に至っていた。付き添うつもりのユイとシトラは、どうやら途中でギブアップしたようだが。
「急ごしらえではあったが、中間地点の休憩所は早速役に立ってくれたみたいだな。次は自動昇降機を急ぐべきか……」
「……それで? 何悩んでたのー?」
「うん? ああ、それは……特産品を何にしようかと考えていてな?」
「とくさんひーん?」
魔王コージュが展望台から島全域を眺めながら考えていたのは、この島の特産品についてであった。
その単語が聞き慣れないものだったのか、四人は首を傾げて彼を見遣る。
「ああ、特産品というのはだな……」
「――――ゼェ、ゼェ……そ、その地域……とかの、名物とか、そこでしか……採れないものとか、代表する……グェホ、ゲホ!」
「……無理をするな、タマ。ほら、回復魔法をかけてやるから」
彼が説明しようとしていたところに、もう一人の見守り役であるタマが子どもたちに遅れて到着した。
彼は途中で脱落しなかったようだが、やはり息も絶え絶えであり、その様子を憐れんだ魔王は前回同様、彼に回復魔法をかけてやる。
「す、すみません。それで……特産品っていうのは、その地域を代表するモノのことだよ。例えば土の国だと、丈夫な鋼や魔法金属製の武具防具なんかが売られてたね」
「おお、詳しいな、タマ?」
「まあ……それほどでも」
褒められて照れるタマに、四人と魔王から小さな拍手が送られた。
それで調子に乗った彼は、聞かれてもいないことまで得意げに解説し始める。
「ちなみに僕の知る限りだと、火の国だと温泉の他にも火に関する触媒とかが特産品になってて、水の国は水魔法付与で耐熱性のある服とか逆に防水のマントとかが特産品として売られているらしいよ? 聞きかじった話だから詳しくは知らないけど。そんな感じですよね、コージュ様?」
「そ、そうだな。タマの言う通りだ」
魔王からの同意で自信を持ったのか、タマは一層得意気に胸を張る。
するとそこでスサやネモたちが挙手を始め、その話題に自分も乗っかろうと鼻息を荒くしていた。
「はいっ! はいっ! 僕たちのいた風の国は、木材とかゴムとか、あと美味しい果物とか色々あったよ! それって、とくさんひん?」
「あと、羽のあったかいやつも!」
「そうだな、羽を加工した製品なんかは特産品のようだな。木材やゴムは他の国にもあるから微妙なところだが……」
「風の国は草木が豊かなイメージですけど、意外と土の国の方がそういう物って豊富らしいですね」
それもそのはず、植物に重要なのは土か空気かと問われれば、やはりそこは土に軍配が上がるのだろう。
どれだけ適した外気があろうとも、根を張る土壌がいい加減では育ちも知れたものである。
「光の国はー?」
「闇の国はー?」
「光の国は美味い酒や民芸品が有名らしいぞ。闇の国は良質な製品……例えば俺が買って来たような紙や本、それに高級家具や高級衣料品など様々なものがあるようだな。技術に優れている分、商品もお高いようだが」
「……ところで、どうして特産品の話を?」
「おっと、そうだったな」
幾分か脱線気味だった話も、タマの疑問によって軌道修正されることに。
本題は、自国の特産品をどうするかという話だったのだ。
「いやな、前に換金のことで色々と考えた時に、そういえばレアメタル以外だと島で売れる物が全く無いことに気付いてな?」
「まあ、この前まで“死の大地”だった場所ですからね。でも、そのレア……メタル? それがあれば換金には充分じゃないですか?」
「まあ、確かにそうなんだが。それにしたって何か特産品の一つくらいあった方が、国を名乗るならいいと思わんか?」
「そういうもんですかね? でも……実際なにもありませんよ?」
そう言われ、魔王は再び腕を組んで展望台から島を見渡した。
何度見ても川と入り江、屋敷とこの展望台、そして温泉。それ以外に何も無い光景には、彼とて溜め息しか出ない。
「そうなんだよなあ。温泉は名所にはなるが……温泉関連の土産を……温泉の素? いやいや……」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。そういうわけだから、これから何か作ろうと思ったんだが……」
「作る? 例えばどういうのですか?」
兎人族の子どもたちにはよく分からない内容ながらも、タマはある程度の理解をもってその話を聞いてくれていた。
それでも、これから特産名産を生み出すという突拍子の無い考えには疑問符しか浮かべられなかったようだが。
「……銘菓、とかどうだろう?」
「コージュ様、お菓子つくれるのー?」
「どんなの作るのー?」
「……作ろうと思えば作れるが、何を作っていいかが分からんな。却下だ」
スキルを使えばありとあらゆることができる魔王ではあったが、その大元となる彼の頭にアイディアが浮かぶかどうかは別の話で、せいぜい前世の銘菓をパクるくらいしか無い。
その実現のために材料作りから奔走するよりは、先に他のアイディアを出し切った方がいいと彼も結論付けたようだ。
「なら、他の国の上位互換を目指すのはどうです? 例えば土の国の武具防具を、よりよい品質で……とか」
「それだと戦争になりかねんぞ? 他の国の産業の核をぶち壊すわけだから……」
「……却下、ですね。なら他の国がやっていないこと?」
「……あっ、そうだ! さっきお前が言ってたな、植物を原料とするものは、土の国が豊富だと」
「え? ええ……言いましたね」
そこで、魔王コージュの頭に閃きが浮かぶ。
それはタマの発言をヒントにしたものであり、彼一人で悩んでいては決して出て来なかったものだった。
「風の国は主要産業と呼べるほど発展させられていない。土の国はそれなりに発展しているが、主力の鉱業や金属加工・鍛冶などがあるから然程力を入れていない。なら、植物をメインに添えた農・林業辺りの分野で何かしら開拓できれば、他の国ともあまり競合せず特産品を生み出せるのではないか?」
「なるほど。やってみないことには分かりませんが、それなら上手く行きそうですね」
「と……なると、植物のプロフェッショナルが欲しいところだな。最初は俺がやるにしても、継続的な管理や発展まで視野に入れるとなると、担当してくれる者はどうしても必要となるだろう。イエノロには他のことを頼みたいし……」
そんなに都合よく人材を確保することなど普通なら無理であろう。
それでも、今のままのペースで難民を救出し続けていれば、風の国辺りからでもいずれ来そうではあるが。
そんな相談をしていると、タマのひと言で……空気が一変する。
「あはは、いっそのことコージュ様の立像でも作って、布教がてら売り付けちゃいます?」
そのセリフが出るや否や、魔王コージュの表情はこれまでにない険しさになり、眼力だけで人を殺せそうな勢いで睨みを利かせる。
「ひっ!?」
その変貌ぶりに思わず恐怖して身を屈めたタマだったが、魔王は表情を崩すことは無かった。
周りにいた兎人族の子どもたちもその空気を察したのか、畏怖を感じて四人で固まって震え出してしまう。
「ご、ごめんなさ……」
「――――違う! 一刻を争うから俺はすぐに離れる! タマ、この場を頼む! “イエノロ聞こえるか! 緊急事態だ、俺はすぐに動くから島と子どもたちを頼む!”」
「“了解しました、魔王コージュ様。行ってらっしゃいませ”」
「……へっ?」
――――否。
魔王コージュが豹変した原因は、タマの言葉などでは無かった。
そのことに気付いてタマが顔を上げた時、すでに彼の目の前からは魔王コージュの姿は消えていた。
こんなにも余裕の無い彼を見るのは初めてのことで、タマも兎人族の子どもたちも何が起きたのかさっぱり分からず呆然とするしかない。
一方の魔王本人だが、彼自身もこれまでに感じたことの無い憤りと焦りに支配されていた。そのことが、辛うじてイエノロにテレパシーを送るのが精一杯なほどに、万能なはずの彼を追い詰めたのだ。
「クソッ!! 外道が、絶対に許さんぞ!!」
激しい怒りに燃える彼が飛ぶ先は、島から南東の方角であった。
それはつまり――――彼の行く手には、水の国があるということ。
彼の探知が捉えた光景は、まさに外道の極み。
一瞬で彼の怒りを沸点まで引き上げ、彼を全速力で飛行させるには充分な光景。
「間に合ええええぇぇーーッ!!」
彼の目に映っていたのは――――かつて見た、幼い奴隷の姉弟の姿であった。
小さなパンを二人で分け合う美しい光景、それを魔王に見せた二人の幼子。
だがその二人は今、町の人気の無い路地裏で、大きな体躯の大人に組み伏せられていた。
正確には、姉の方が……である。
弟はというと、その姉を助けようと勇敢にも大人に立ち向かい、だが一発で伸されて動けなくなっていた。
その、大人から力尽くで淫らな行為をされそうになっている姉を、なんとか助けようとして。
「お、おねえ……ちゃ……」
「や、やぁ……だぁ……」
「グフッ、グフフッ! ガキが、タダで食い物盗んで行こうとは、いけねぇなァ?」
「ごめんな……さ……、もう、しな……から……」
「いいや、駄目だァ! 汚らしいガキに触られたせいで、商品が全部売り物にならなくなっちまったからなァ! その代金の代わりは、おめぇの体で払ってもらうぜぇ!」
そこにいる腹の出た醜い大人は、どこかの食い物屋台の店主。
組み伏せられた幼い子は明らかに未就学児の年頃で、その大人の相手がつとまる体付きなどでは無いことは、誰が見ても明らかだった。
だが、どこにでも最低の変態というのは存在しているらしい。
彼はその未熟な体に息を荒くし、とんでもない言いがかりを枷に、ただただ自らの欲望を満たすことに必死であった。
確かに彼女は、生きるためとはいえ無断で金も払わず商品に手を付けた。それは紛れも無い事実。
だが、それは売り物の串焼きのたった一本だけであり、しかもそれは店主の発見によって未遂に終わっていたのだ。
にもかかわらず、店主の男は彼女を路地裏まで追い回し、そこで抵抗する腕力さえ無いのをいいことに好き勝手に蹂躙しようとしていた。
あるいは、その目的のためにわざと追い込んだのか。
「あははァ、このくらい小せぇガキは初めてだなァ! ジッとしてればすぐに終わるからなァ?」
「や、やめ……」
その悲痛な嘆きも、弟の慈悲を求める声も、彼には全て聞こえていた。
だが彼は全く手を引こうとはせず、自らの下半身を露出させてから、少女の衣服を力尽くに引き裂く。
体を露わにされてなお、今から具体的に何をどうされるのかも分かっていない無垢な子どもに対し、男の良心は微塵も揺らがないようで。
そもそも良心などすでに持ち合わせていないのか、男は一層息遣いを荒くする。
「グヘヘェ! 抵抗すると痛いから、そのまま……」
「その――――汚い手を離せ、クズが!!」
だが……その凶行が少女に傷をつけることは無かった。
突如吹き荒れた風と衝撃波により、男は少女の体の上から吹き飛ばされて尻もちをつく。
咄嗟に目を瞑った彼が次に目を開けた時、そこには少女を抱きかかえて宙に浮く魔王のシルエットが映っていた。
「な……なんだ、おめぇは……?」
「貴様のようなゲスに名乗る名など無い。今すぐに消え去れ」
「な、なんだと!?」
突然の衝撃と罵声にカッとなる男だったが、ハァハァと少し息の荒い魔王の様子に何かを察した気になり、クールダウンしてニヤリとほくそ笑む。
その息遣いは、魔王をもってしても呼吸が乱れるほどの全力飛行の結果なのだが、その男には知る由も無い。
「……ははーん? おめぇ、どっかから見てたんだな? おめぇもヤリたいのかァ? なんなら、俺が済んだ後のそいつに弟の方も付けてくれてやっから、ここは見なかったことにして好きに遊べば……」
「――――その汚い口を閉じろ。貴様の……幼子の尊厳を奪うしか能の無い腕ならば、もう必要無いだろ? 交わる相手すら正常に判断できないのであれば、もちろんソレもな」
「あ?」
そんな疾風怒濤の展開に、地獄から救出された少女は呆気に取られて強姦魔の男を黙って見ていることしかできなかった。
自分を抱き上げている人が、自分を助けてくれたことはなんとなく理解していたものの、彼らの言っている言葉の意味はよく分からないまま。
だが、間もなく強姦魔の方に異変が起き始めたことは、彼女にもすぐに見て取れた。
「……へ? あ、え? な、なんで……腕ええええェェーー!?」
「煩いぞ? 心配するのは腕だけでいいのか?」
「あ、げ……ち、ち〇こがああああァァーーッ!? ち、ち〇こォォーーーーッ!!」
「下品なやつめ、子どもの教育に悪いだろうが。ククッ」
だが、その異変の実体までは、彼女には分からない。
何故なら、目の前の強姦魔の男は半裸のまま「腕が、ち〇こが」と意味不明なことを叫んでいるだけだったからだ。
やがて彼は必死の形相で立ち上がると、路地裏から本通りの方向へと半裸のままで駆け出した。
相変わらず「誰か、わだじのうで、ぢ〇ごォ!」と意味不明な叫びを上げながら、涙と鼻水まみれの顔で助けを求めて。
「クククッ、その幻覚は五分もすれば解けるからな。運が良ければ、社会的に死ぬ前に正気に戻れるんじゃないかな? 知らんけど」
そう言って悪い顔で笑う魔王は、腕の中の少女に「大丈夫だったか?」と優しく声をかけると、すぐに弟の方に回復魔法をかけるためにしゃがみ込んだ。
未だ呆気に取られるばかりだった少女も、顔を腫らした弟の姿を見て漸くハッと我に返り、すぐに魔王の腕の中から飛び出して弟へと駆け寄った。
「……あれ? 顔、いたくなくなった……」
「ふぅ、間に合って良かった。よく頑張ったな二人とも。それでだが、落ち着く間も無くて悪いのだが、ここにいると面倒になりそうだからとりあえず移動するぞ。二人ともしっかり俺に掴まっていてくれ」
「えっ?」
「わぁ!」
路地裏の向こうの本通りから、道行く女性の悲鳴をはじめとした喧騒が聞こえて来るのとほぼ同時に、その幼い姉弟は揃って魔王の腕に包まれて宙を舞う。
すぐに透明化によって町の人間から見えなくなった三人は、遠くに裸の醜い男の姿を捉えながら、町の上空をゆっくりと移動し始める。
夢心地のまま浮遊に身を委ねた兄弟は、やがて見覚えのある建物の近くへと降下して行くことになった。
「……ここ、リナたちのおうち?」
「ああ、ここで合っているよな? お家というか、奴隷商だがな?」
「……どうしておうち、分かったの? それに、リナたちのこと、なんで助けてくれたの?」
「……お前たちには分からんだろうが、前に美しいものを見せてくれたお礼のようなものだ。細かいことは魔法だとでも思っておけ」
「「?」」
不思議そうな顔をする二人をゆっくり地面に降ろすと、魔王コージュはその奴隷商の入口へと歩みを進める。
おうちという表現の通り、リナと名乗った少女と弟はこの奴隷商で売られる商品だったのだ。
そんな人間がどうして自由に外を出歩いているのか不思議なところだが、その答えは一歩建物の中に入れば自ずと分かり得ることだった。
魔王コージュが店に踏み入って透明化を解くと、そこには居眠りをして油断だらけの店主の男性と、酷く汚れたいくつもの檻が見て取れた。
そこから漂ってくる臭いなのか、店内には悪臭が漂っている。
そして檻の中の者たちが放つ、意味を為さない呻き声も。
「……さて、ここまで関わってしまったのだから、責任は取らねばな」
誰が聞いているでもないその空間で、彼は独り言を呟いて店内を見渡す。
それが意味するところは明らかであったが、この国に向かうと決めたその瞬間からこうなることは覚悟していたのだろう。
その決意に何か誓いめいた意味合いを付与させるかのように、彼は一度足下にいる姉弟の顔を交互に眺めてから、ハッキリと口に出す形でこう宣言した。
「……奴隷、買うか」
こういう展開が嫌いな方はごめんなさい。
ここまで酷いのはもう無いと思いますので、ご安心ください。




