第十四話
「……う、ん……。おはようございます……」
「ふぁ~あ、おはよう……ございます……」
「ああ、おはよう」
空もすっかり明るくなった頃、魔王コージュが作った結界製の建造物の中で子どもたちが次々と目を覚ます。
懸念されていたセピアも、流石に初日で疲れたのかすぐに寝入ってしまったため、魔王ものんびりと一夜を過ごすことができていた。
そんなセピアが、先に目覚めたタマとユイに続いて声を漏らし、ゆっくりと目を開く。
「……ん……? ……あら~? おはようございます~、コージュ様~」
「おう、おはようセピア。よく眠れたか?」
「はい~、おかげさまで~。コージュ様に触られても~、全然分かりませんでしたよ~」
「一切触っとらんわ。まったく、目覚めた途端にとんでもないことを……」
早々から魔王を揶揄い始めるセピアではあったが、実は彼女自身も少し驚いていた。
疲れ切っていたというのもあったが、一応は年頃の女性である自分が、まさか出会って一日も経たない相手の前で無防備に眠ってしまったことが信じられなかったのだ。
だから彼女が開口一番にそんな冗談を言うのも、ある種の自己防衛的な意味合いがあったのかもしれない。
そうすることで自身の困惑する気持ちを落ち着かせようと、無意識に思ったのだろう。
「え~? 少しくらい~触っても良かったんですよ~? ほら~、羊人族を抱いて寝ると~、安眠できるって~言うじゃないですか~?」
「それを言うなら「羊を数えて」だろ? お前は俺を何だと思っとるんだ」
「命の恩人ですよ~? だから~そのお礼に~、ちょっとくらいなら~」
「朝から馬鹿なことを言っとらんで、起きたなら飯にするぞ。お前の声でシトラとアリアも起きたようだしな」
そんな言葉に意表を突かれたからか、眠っているフリをしていたシトラがビクッと肩を震わせる。気付かれていないと思って聞き耳を立てていたのだろう。
一方のアリアは、本当に起きたばかりのようで、寝惚けた目で周囲を見回してムクリと起き上がる。
「……お、おはようございましゅ……」
「……うぅーん、おはようコージュ様」
「ああ、おはよう二人とも」
少し気まずそうなシトラと、いつも通りのアリアの落差がおかしくなり、ククッと笑いを漏らす魔王コージュ。
さておき、全員が起きたことを確認した魔王コージュは、自らも体を起こすと一度伸びをしてからスッと立ち上がり、新しい体の具合を確かめるように柔軟体操を始めた。
新しい体は、自動で常に万全に保たれているとは分かっていた。だが、前世の癖というのはなかなか抜けないらしい。
「さて、飯にするか。お前たちもしっかり目が覚めたら出て来いよ?」
「うにゅーッ……ファ~ア。ウチ、ごはんの準備手伝う……」
「アリアは、感心に言われた通り手伝ってくれるんだな。だが無理に毎回でなくともいいのだぞ?」
「大丈夫、ウチは手伝いたい……」
「そうか、なら頼む」
そうして二人で外に出た魔王とアリアの後を追うように、残る四人も次々と部屋の外へと足を運ぶ。
そこでは、すっかりお馴染みとなってきた食事準備の光景が行われていた。
魔王コージュが転生して三日目となる今日も、こうして一日が始まるのであった。
「……さて、それでは俺は、食事が終わったら家の材料を集めに行ってくるぞ。お前たちは何か予定はあるのか?」
「いや、予定って言われても。セピアさんとシトラと交流を深めるくらいしか浮かばないかな?」
「ウチは見回りをしますです! それから温泉でひと休みして、また見回りをするのです! コージュ様、温泉入っていいですか!?」
「温泉には自由に何度でも入っていいが、見回りはそんなに頑張らんでいい。お前も皆と交流して遊べよ」
「僕も遊びたいかな」
「あたしも~」
「シ、シトラも……」
そうしてこれからのことを話す皆の姿に、魔王コージュは漸く子どもらしさを感じる。
普通ならまだまだ遊びたくて仕方ない年頃のはずだが、島流しに遭う前から彼・彼女らは、五種混血であることを隠して日々を生きることに必死だったのだろう。
だからこそ今、漸くこうしてストレートな願望が出て来てくれたことを、彼は嬉しく思っていた。
そして同時に、こうして仲良く打ち解けられるこの子たちなら、この先どのような者が来たとしても大丈夫だろうなと彼は確信していた。
小さないざこざはあるかもしれないが、きっと乗り越えられるはずだと直感的に信じられたのだ。
「では、皆仲良く過ごすのだぞ。俺もなるべく早めに戻る」
「なら、まずはみんなで温泉入りましょうよ? いいでしょ、コージュ様」
「……早く帰って来てくださいね、コージュ様? 僕はコージュ様が帰って来てから入りますから」
「え~? アリアちゃんとは入ったのに~? タマちゃ~ん、お姉さんたちとも~一緒に入ろうよぉ~?」
「……イエノロ。俺がいない間は子どもたちを頼む。特にタマを守ってやってくれ」
「かしこまりました」
男一人という状況のタマに、魔王コージュはなるべく早急に温泉を男女別に分けようと決意する。
女の子たちに囲まれて、傍から見たら役得で羨ましいように見えなくも無い。しかし、それが思春期のタマのトラウマにでもなってしまったら大変なので。
仲がいいのは大いに結構だが、多対一で異性からハラスメントされてはタマが不憫である。
魔王は改めて、次の仲間に男性が欲しいなと考えるのであった。
……
……
「……さて、どの国で集めるとするか」
子どもたちの下を離れた魔王コージュは、瞬く間に空を舞って海を越え、家作りのための建材を複製するために西の方角へと向かっていた。
昨夜探った限りでも、やはり良質の石材や木材を手に入れるとなると、土の国が最適だと判断したからだ。
土の国だから土や石だけでできているというわけではないのだが、やはり土の属性マナが溢れる地の方がそういった素材が手に入りやすいのは確かで。
まして今必要なものは、風の国や水の国ではむしろそれぞれの属性マナによる風化や浸水による劣化さえ危ぶまれるのだから。
そうしているうちに、彼の肉眼に土の国の領土が見え始める。
……するとその直後、彼はまた表情を歪ませることになった。
「……チッ。これで三日連続ではないか。まあよい、ついでだ。“イエノロ、聞こえるか?”」
「“はい。通信状況は良好です”」
「“すまんが子どもたちに伝えておいてくれ。帰りに、また仲間を拾っていく……とな”」
「“了解しました。伝えておきます”」
「“数は一人…………いや、どうやら二人になりそうだ。よろしく頼む”」
「“かしこまりました”」
テレパシーでそうイエノロに伝えると、魔王コージュはそのまま土の国の領空へと侵入して建材探しを続行する。
彼の姿は透明化がなされているため、誰にも見えてはいない……のだが、反対に彼の目には多くの場所が見えていた。
流石にまだスキルを使いこなせているとは言えないので、常に意識を向けているのは島流しが行われそうな各国の海岸線や港くらいではあるが。
それはつまり、たった今彼が見た光景も、別にすぐ眼下のものというわけではない。
彼が意識を向けたのは、遠見によって察知できた遠く離れた地のこと。土の国から遥か彼方の、とある港の光景であった。
「今から流される……のであれば、また海流操作で誘導することにするか。前回は速すぎて怪物の目に留まってしまったようだし、今回は試しにゆっくり運んでみるか」
そう独り言を呟きながら、魔王コージュはスキルをフル活用して建材の調査・選別と複製の作業に取りかかり始める。
それと同時に遠方の状況を把握し、いつでも海流操作を始められるようにと意識を割くことも忘れない。
「……今回は火と闇の国か。その二国の間で合流させれば、この土の国から島に戻る時にちょうど拾えるな」
頭の中の地図で計画を練り、ブツブツと呟きながら猛スピードで建材を収集していく魔王。
今回の島流しが行われるのは、彼のいる土の国の北に位置する火の国と、同じく南に位置する闇の国である。
現在いる土の国を挟むようなその位置取りは運がいいと言えるのだが、流される子どもたちのことを思うと「運がいい」という言い回しは不適切であり、魔王コージュも敢えてそれは使わなかった。
まあ、救世主のような魔王コージュが転生した後で島流しに遭ったことは、間違いなく運がいいのだが。
「……お? 火の国の方は出港したな。闇の国の方も時間の問題か」
やがて、今日も無慈悲にその儀式が行われる。
まるで悪夢のようなその光景――――うすら笑いを浮かべた大人たちが、天に祈りながら無垢な子どもを海に捨てるという薄気味の悪い行いは、当事者の誰にも止められることなく完遂されようとしていた。
「……さて、それではサクッと終わらせてしまうか。あいつらも待っていることだしな」
その姿に嫌悪感は消えなくとも、段々とそんな光景に慣れて来た魔王は、余計な感情は胸に封印して新たな仲間の存在をただ喜ぶ。
そして、すでに建材集めを終えた土の国を離れ、その子どもたちのいる海上を目指して飛び立とうとしていた。
海上で合流させ、互いを認識した辺りで眠らせて保護する。
三度目ともなると慣れたもので、その作業を無事に済ませると、彼は二人の子どもを抱えて急ぎ仲間たちの待つ地へと運ぶのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………また、消えた? 今のは……?」
その光景を、今回もまた見つめていた者がいた。
遠い遠い、遥か彼方の地で。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――――ただいま。今回はこの二人だ」
スキルの力もあってあっさりと任務を遂行した魔王は、新たな仲間を連れて五人の子どもたちの下へと帰還した。
脇に抱えた二人をいつものように降ろすと、その寝顔を眺めて安堵の溜息を吐き、視線をタマへ向けて口を開く。
「良かったな、タマ。懇願していた男性だぞ」
「……もしかして、僕のために探して来てくれたんですか?」
「いや、すまんが本当に偶然だ。俺も驚いているよ」
「そうなんですか? でも、本当に良かったです。あとは仲良くできれば言うこと無しですけど」
そう話して眠る二人の少年を見つめるタマだったが、魔王コージュはその話が終わるとすぐに、イエノロに声をかける。
「……イエノロ。先ほど海上で、また遠視の気配を感じた。逆探知はまた失敗したが、この島を覗いて来るやもしれん。暫くは常に警戒して逆探知の機会を窺っておいてくれ」
「了解しました。成功した場合、即座に殲滅いたしますか?」
「いや、俺に知らせるだけでいい。殲滅する必要があれば、その時は俺がやる」
「かしこまりました」
そんな物騒な会話を子どもたちに聞こえないように済ませると、魔王コージュは二人の眠りの魔法を解除して、その目覚めを待つ。
「あ! 一人が起きそうだよ!」
「……う……? ここは……? あれ……?」
「目覚めたか。お前、自分の名前は言えるか?」
寝起きに声をかけられて警戒したのか、目覚めたばかりの少年が目付きを鋭くして魔王を見遣る。
子どもらしからぬ眼力ではあるが、目の前に立つのがガッチリした体格の魔王では致し方あるまい。
「……あんた、誰だ?」
「すまん、名乗りが遅れた。俺は魔王コージュである」
「……あ? 魔王、だと?」
「はいはい、また話がややこしくなるから。ここは説明係の私に任せて、コージュ様は下がってて」
「シ、シトラも、が、頑張ります!」
するとそこで、前回任命された職務を全うしようと、ユイとシトラが一歩前に進み出る。
男性の到来に喜ぶあまりそのことを忘れていたタマも、ハッとなり遅れてその二人に続いた。
「……分かった。それではお手並み拝見といこうか」
「もう、プレッシャーかけるような言い方やめてよ。でも、頑張るわよ」
そう言うと、ユイが先頭に立って少年と視線を合わせる。
警戒する少年に、ユイは笑顔でゆっくりと口を開いた。
「あー、実はカクカクシカジカでさ、ここは元“死の大地”なんだけど……」
「……は? なんだって? そんなわけが……では、まさかお前たちもなのか?」
「そういうこと。それぞれ事情は違うんだけど、そこの魔王コージュ様がキケキケスキズキして、今じゃクコクコセクゼクなのよ。だからケサケサソケゾケで、あなたもコシコシタコダコってわけ」
「……それは、にわかには信じ難いが……? でも、嘘じゃなさそうだな。死んであの世って感じもしないし、とりあえず納得しておくぜ」
「なんでだよ!? もう理解したの!?」
呆気無く事態を呑み込んだ少年に、魔王コージュが驚愕の声をあげる。
その声に反応したのか、もう一人の少年も声を漏らして目覚めようとしていた。
「コージュ様が混乱させなければこんなもんよ? それでどうだった、私たちの仕事っぷりは?」
「凄すぎて驚いとるわ! え、どゆこと!? どんな魔法!?」
「そ、そんなに驚くことですか? それより、もう一人も目覚めそうですよ?」
「ぬ……な……!? 納得いかん部分はめっちゃあるのだが……ま、まあよい! 素晴らしい仕事だったことには変わり無いから、次回からも頼むぞ! どうやら俺には真似できそうに無いしな!」
「「「やったー!」」」
若干奇々怪々な感じではあったが、説明も上手くいったようで、ひとまず一人目の少年は事態を受け入れて自己紹介を始めた。
「まだ完全には信じられねーが……そういうことなら、礼を言わねーとな。助けてくれてありがとう、魔王様。俺は鬼人族のデミ・オーガで、名前はシュラってんだ。よろしくな」
「あ、ああ、よろしく」
未だ困惑する魔王コージュではあったが、そこで蚊帳の外にいたセピアがゆっくりと手を挙げて、名乗りを上げたばかりの少年……シュラと名乗った彼に向かって問いかけた。
「……あの~、デミ・オーガって~、なんですか~?」
「ああ、鬼人族は角の数で階級が違うんだ。三本角がハイ・オーガで、二本角が普通のオーガ。一本角がデミ・オーガな。角無しのロー・オーガって呼ばれてるのもいるけど、それはハイ・オーガと比較して皮肉った蔑称だから、呼ぶ時は普通に「角無し」って呼んでるぜ? おっと、余計な話だったか」
「……じゃあ~、四本角は~?」
「そんなのいねーよ。もし四本とか五本がいたとしたら、そりゃあもう御伽噺に出て来るオーガ・クイーンとかオーガ・キングだろ」
「……う、あれ……? ここ……どこ?」
そんな掛け合いをしていると、シュラ少年の隣で、もう一人の少年が完全に目を覚ます。
するとムクリと起き上がって目を擦る彼の姿に、一同の視線が集まった。
「おお、目が覚めたようだな。では……ユイ、シトラ、タマ。今度も頼んだぞ?」
「はいはい、任せて? じゃあ、そこの君……」
「……はい?」
そう声をかけられ、開いた目を全員の方へと向けた少年。
――――だが、その瞬間に場の空気が凍り付く。
声をかけたユイが、シトラが、タマが、そしてセピアとアリアも。
隣にいたシュラ少年までも、ピシリと固まってしまったのだ。
その様子に驚いた魔王コージュは、何事かと慌ててその場に割って入る。
「なんだ? どうしたのだ、お前たち」
「……魔族」
「……なに?」
「……コージュ様、この子……魔族です」
そう言って、少し怯えたようにして魔王コージュの体にしがみ付いてくるタマ、そしてアリア。
残りの面々も、どうしてなのか一歩後退って、その少年を訝しげに見つめていた。
「……」
そんな場の空気を察してか、少年は悲しそうな表情で俯いてしまう。
その――――真っ黒な眼を、皆から逸らして。




