第十三話
「――――ふぅ、さっぱりしたー♪ コージュ様、ありがとー♪」
「ウチもポカポカー♪」
「おう、あがったか」
暫く後、温泉を堪能した女性陣四人が戻ると、食事を準備していた魔王コージュと栗鼠のタマの前に七人分の食べ物が並べられており、魔王がそれぞれ決まった席に座るようにと指示を出す。
初めての食事となるセピアとシトラには、三人の初回時と同様に量も中身もそこそこで用意され、三回目の食事となるタマ、ユイ、アリアには一、二回目よりも少し改善されたものが準備されていた。
「……これ、本当に食べてもよろしいんですか?」
「もちろんだ、シトラ。残したら捨ててしまうから、頑張って全部食べてくれよ?」
「は、はい」
もちろんそんな粗末なことをするはずも無く、それはシトラが気を使わないようにとの魔王の配慮であった。
そうして言葉を交わしていると、ススッとセピアが魔王コージュの近くに寄って来て、少し前かがみの姿勢で彼に話しかける。
「……色々と~ありがとうございました~」
「お、おう。気にするな」
「……ところで~、あたしと~シトラちゃんの服が~、綺麗になってるんですけど~?」
「ああ、それなら温泉に入ってる間に洗っておいたぞ?」
サラリとそう答えた魔王コージュではあったが、それを聞いたセピアはニマッと笑みを浮かべた。
「あらあら~? あんな汚らしい服を~、親切に~ありがとうございます~」
「なに、魔法ですぐだったからな」
「……でも~、一応は~同年代の乙女が~、身に着けてたもので~」
「……まあ、そうだな」
「……少しくらい~、ドキドキしながら~触ったり~しちゃいました~? ウフフフ~?」
上目遣いでそんなセリフを言い、さらに一歩魔王コージュに近付くセピア。
可愛らしい少女がそんな振る舞い方をすれば、男性なら誰であってもドキッとさせられただろう。
だが魔王コージュは冷静に、彼女の頭に軽くチョップを入れた。
「あ痛ぁ~?」
「まったく、お前は相当逞しいようだな? その度胸の強さをシトラにも少し分けてやったらどうだ?」
「ええ~? でも~あたしも~、同じ年頃の~男の子がいて~、嬉しいんですよ~」
「……まあ、それは同感だな。これからも末永くよろしくな、セピア」
「エヘヘ~? よろしくお願いします~」
魔王コージュにそう言われ、今度はセピアも自然な笑顔で微笑む。
それは小悪魔な演技が通用しないと思って諦めたからなのか、単に心の底から嬉しかったのかは定かでは無いが。
「……ちなみに、お前たちの服を洗ったのは俺ではないぞ? そっちにいるイエノロだ」
「え~? それは残念です~……って、イエノロ~?」
だが、イエノロの名前を耳にした途端、セピアは目を丸くして振り返る。
そして、そこで佇んでいたイエノロを目にして、驚きでピタリと動きを止めてしまう。
「……えっと~、誰~?」
「そいつは俺の……まあ、部下みたいなものだ。あまり気にせずともよい」
「……は~い。でも~、今まで全然~気付きませんでした~」
「そうか? まあよい、それより飯にするか」
そう言ってイエノロの紹介を終えると、魔王コージュは改めて皆の方を向く。
すると、そこでは何故か膨れた表情のアリアがいた。
「うん? どうしたアリア?」
「……ウチの時と違って、今のチョップ、軽かった……」
「……ああ。あの時は悪かった、スマン」
「……なら、あとで一緒に遊んでね、コージュ様」
そんな可愛いことを言ったアリアにほっこりしながらも、魔王は改めて皆に食事を始めるように号令をかける。
「では、いただこう」
「はーい」
「おなか減ったねー」
「幸せな時間だー」
各自がバラバラに食べ始める中、魔王コージュは両手の掌を合わせてボソリと「いただきます」と呟く。
だが、目の前の食事に夢中な子どもたちはそれに気付くことは無かった。
そうして五人ともが一心不乱に食事を摂るのを眺め、彼は箸を進めながら今後の予定をポツリポツリと口にする。
「……さて、これで風呂はOKだな。あとはトイレと……家か?」
「……モームまま、うぃめもまめむも?」
「タマ、呑み込んでから話せ」
「……ゴクン、ごめんなさい。コージュ様、家も建てるの?」
「ああ、もちろん。とは言っても、今日のところはコレで我慢してもらうがな?」
魔王コージュがそう話して指をクイっと上に振ると、五人のいる場所から少し離れた地点にまた色付きの結界の壁が現れ、それが四角い箱のような形を取る。
三つ現れたその大きさは、うち二つが二メートル四方ほどで、最後の一つは三メートル四方ほどであった。
その出現に呆気に取られてシトラがポロリと手から食べ物を落とすが、他の四人はいい加減魔王コージュの異常性に慣れて来たのか、黙々と食べながらその光景を眺めていた。
「小さい方がトイレだ。部屋の床に穴が開けてあるから、そこでしてくれ。赤いマーク付きが女性用、マーク無しは男性用な。そして大きい方は、家ができるまでの仮住まいだ」
「……もう、これでいいんじゃない?」
「いや、これはあくまで魔法で作ったものだからな。魔法を消す魔法なんかが当たると消滅してしまうのだ。その時はまた作ればいいのだが……俺のいない時にでも、急にトイレの壁や風呂の囲いが無くなったら嫌だろ?」
「なるほどねー。でも、そんな魔法使える人っているの?」
「どうかな? まだ世界中をそこまで調べられたわけでは無いからな」
そんな魔王の発言に、ユイはジト目で彼を見遣り、少し苦い表情をした。
「……どこまでなら調べたのかとか、色々引っ掛かる言い方だけど。でも、それなら何を使って家を作るの?」
「うむ、そこなのだが。この世……いや、お前たちのいた国では石か木などの植物が多いんだよな?」
「そうですね。僕たち孤児が暮らすのは土製だったり、一部の種族には動物の毛皮って場合もあるけど」
魔王コージュの前世でも、木造やコンクリート、石積みなどの家が多くあったのは確かだ。
だが単純に木造と言っても技術レベルに大きな差があり、今世に合わせて作ったものは、前世の記憶のある魔王にとっては快適な家とは言い難いものになってしまうだろう。
だから、魔王コージュは自分自身も落ち着ける水準で、かつ今世でも異常過ぎない程度の家作りを目指して考えを巡らせていた。
「とりあえず素材は……オーソドックスに石と木で作ってみるか。人が増えたら何軒か必要になるだろうし、そこでバリエーションを増やしてもいいだろうからな」
するとすぐ、五人がキョロキョロと周囲を見回し始める。
突然の奇行に何事かと魔王コージュも周囲を見回すが、特に周囲に変わったところは無い。
「なんだ? どうしたのだ?」
「いや、作るって言うから……まだドーンと出て来るのかと思って」
「……まだ材料が無いだろが。まずは複製して来ないとならんし、どちらにしても明日以降のことだ。無理矢理やれないこともないが、そう焦らんでもいいからな」
「そっかー」
段々と異常性に染まり、ついには魔王コージュの行動予測まで始めた子どもたち。
そんな彼らを頼もしく思いながらも、魔王は少しだけ悲しさを覚える。
「……それはともかく、食事が終わったら俺は温泉に入ろうと思うのだが? タマ、一緒に入るか?」
「いいんですか!? なら、是非!」
「あー、タマってばいいなぁ? 私も男の子だったら一緒に入れたのに……」
「ウチもー!」
「「「えっ!?」」」
魔王コージュとタマが温泉に向かう計画を立てていると、突然アリアが挙手して参加を表明した。
予想外の事態に、思わず魔王コージュも、タマとユイも驚いて声をハモらせる。
「いやいや、アリアは女の子でしょ?」
「……でもどうなんだ? アリアくらい子どもなら、別に問題は無い……のか?」
「うーん? 僕もアリアちゃんなら別に。ユイちゃん、どうなんだろ?」
「……そう言われてみればそうよね? アリアならいっか? つか、アリア? さっき入ったばっかなのにまた入るの?」
「だって、温泉気持ちいいんだもん♪ 水浴びも好きだけど、あったかい方がもっと好き♪」
「まあ、それなら一緒に行くか。どうやらハルピアのアリアは温泉が大層お気に召したようだな」
最初こそ色々とあったものの、今や魔王とアリアの間に後腐れは残っていなかった。
アリアが素直なのももちろんだが、それは互いに仲間になろうと想い合っていることの表れなのかもしれない。
「なら~、あたしも~」
「それは許さん!」
「それは駄目!」
「え~? なんで~? 同年代のお友達との~、裸の付き合いじゃな~い?」
「お前は……なんか色々と駄目だ」
「セピアさんは自重して! どう考えてもヤバいでしょ!」
「ごめんなさい。僕も、それはちょっと流石に……恥ずかしい……です」
どこまで本気なのか、そんなことを言い出したセピアの参戦は満場一致で却下される。
当然と言えば当然で、そもそもセピアはすでに子どもと呼べる体型ですら無いのだから。
わざとらしく頬を膨らませたセピアを無視し、食事を終えた魔王コージュは顔を引き攣らせて立ち上がるのだった。
……
……
「……ふう。いい湯だなあ……」
「……素晴らしい、です……。この世の……至福……」
「ピィ~♪」
そうして無事に、温泉を堪能するに至ったタマと魔王コージュ。そして二度目のアリア。
魔王コージュは前世以来久しぶりとなる温泉に舌鼓を打ち、タマはタマで初めての快楽に溺れていた。
「……タマ、どうだあ? いいもんだろう、温泉は」
「……最高、過ぎます……。はふぅ~」
「だよなあ? ところで……何をする気か知らんが、立ち上がってこっちに向かってる二人? それ以上進んだら次の飯は抜きだからなあ~?」
「……セピアちゃんと、ユイちゃんですか~」
蕩けながらも、該当するであろう二人の名前を即座に予測するタマ。
やりかねない候補がその二人だけだから、二分の二で間違えようが無いのだが。
遠くで「ち、違うの! 私は止めたんだけど!」だの「あらあら~? もしかして~、あたしたち~ずっと見られてるの~? 魔王様~、エッチ~♪」だのと声が聞こえるが、そんなことは無視して二人とも至福の時間を満喫する。もちろんアリアも。
「俺はお前たちの気配は分かるからなあ。断じて見てはいないが、接近しているかどうかくらいは分かるぞー?」
「はふぅ~」
「どうやらタマにも気に入ってもらえたみたいだなあ? だが、長く入り過ぎるとのぼせて気持ち悪くなるから気を付けろよー? 一度上がってクールダウンしてから、もう一度入るのは大丈夫だからなー」
「あ~い」
そんな気の抜けた返事をするタマの目の前では、アリアが頭と翼とお尻だけを水面から出して、温泉の中を気儘に移動して至福の時を楽しんでいた。
「ピィ、ピィ、ピィ~♪」
「アリア、前は裸で赤面していたのに、今はいいのかー?」
「ピィ? あれは目的が目的だったから、恥ずかしかっただけ~。普段は裸でも別に気にしないよ~? ハルピアは結構、裸のままでも飛ぶ種族だから~」
「……そうか。でも、この島では俺とタマ以外の男の前ではなるべく裸になるなよー? できれば女しかいない時も、温泉以外では服を着ろよー?」
「分かりた~♪」
温泉で気が緩んでいるのか、魔王コージュのアリアへの注意もどことなく緩くなってしまっていた。
そうして至福の時間が過ぎ、満足した三人が皆のところに戻ったあたりで、ちょうど日も暮れる。
暗闇が迫って来ていたが、すぐに光属性の魔法の灯りで場が照らされると、昼間と変わらない様子で食事の席が設けられた。
「……便利ねぇ、魔法って」
「そういえばアリア、髪を乾かしていなかったな。こっちへ来るがいい」
「あッ!? ズルい、アリアだけ!」
「おっと、そういえばお前たちのを忘れていたな。明日からは湯上りにやってやろう。また俺が忘れていたら、自分たちから言ってくれ」
「ピィ~♪ 幸せでピルルルル♪」
そうして嬉しそうな声をあげるアリアの髪が乾いたところで、本日最後となる食事が始まる。
ぼんやりと照らされた席で、相変わらず夢中で食事を摂る子どもたち。
その光景に魔王コージュは笑みを零して見入っていた。
「……さて、明日は素材を揃えて家作りだな。暇なら手伝ってもらうから、今夜はしっかり休むのだぞ?」
「そうなると頼りは男の子のタマよね? まあ、私も頑張るけどさ」
「ええー? 僕? こんな小さい体じゃ役に立たないよ。ねぇコージュ様、どうせなら次は力持ちの男の子を連れて来てくださいよ?」
「まあ、運良くそういうのが彷徨ってたらな」
食事が終わった後もそんな他愛もない話を続けていると、段々と夜が更けていき、食事を終えた子どもたちが率先して片付けを始める。
人数も増え五人にもなると性格もそれぞれだが、どうやら素直で良い子ばかりではあったようで、率先して動くアリアをサポートするような形で他の四人も手伝いを申し出た。
魔王コージュはそうして紡がれ始めた子どもたちの絆を、温かい気持ちで見守って安堵する。
「お前たちは皆、良い子だなあ。こんな良い子たちを手放すなんて、あっちの国の奴らはいつか後悔することになるぞ?」
「そう言ってくれるのはコージュ様くらいよ。元の国だと、私たちは……人とは見なされないからね」
「それは……俺も同意するぞ」
「えっ?」
「こんな良い子ばかりでは、人ではなく天使に見えてくるというものだ」
「ちょッ……!? な、何言っ……五種混血だからって意味で言ったんだけど? そ、そんな褒めちぎっても何の得にもならないわよ? もう、恥ずかしいなあ……」
食後の団欒で気が緩んだ魔王の言葉に、ユイが振り回されて照れを見せる。
同時に他の子どもたちも表情を緩ませ、互いに顔を見合わせる。
そんな言葉が少しでも子どもたちの救いになったかどうか。
それは定かでは無いのだが、皆どこか嬉しそうであった。
その後、魔王の作った部屋の中で眠ることになった子どもたち五人。
彼・彼女らにしっかり休めと再度告げると、魔王は夜の間に建材集めに向かおうと空を見上げるのだが――――
「……コージュ様、一緒に寝ませんか?」
――――そこで、タマに呼び止められてしまう。
五人もいれば寂しく無いだろうと考えていたが、魔王コージュは予想外の事態に首を傾げることになる。
「む? 俺は眠る必要は無く……って、どうしたタマ? その部屋の中は嫌だったか?」
「……男が僕一人なので、コージュ様と一緒に寝られたらいいなって思いまして。駄目ならいいんですけど……」
「ああ、そういうことか。なら一緒に寝るとするか」
だが、その理由は単純明快であった。
昼間のセピアの件もあり、タマは性別を妙に意識してしまったのだろう。
それが本格的な性への目覚めというわけでも無いのだろうが、今日はたまたまそういう日になってしまったのだ。
であれば、唯一の同性である魔王コージュがいることで安心感は全く違う。
「……というわけで、俺も一緒にここで寝てもいいか? 嫌ならもうひと部屋作ってもいいのだが……」
「わーい♪ ウチ、コージュ様の隣がいい!」
「あ、僕はアリアちゃんの反対ね? 一緒に寝る約束だから」
「なら、私はタマの隣。シトラも私の隣でいい?」
「う、うん。それでいいよ、ユイちゃん」
「あらあら~? それじゃあ~あたしは~? 魔王様の~上、とか~?」
「お前はアリアの隣な。おかしな真似をしたら飯抜きだから、大人しく寝ろよ?」
「ちぇ~」
そうして魔王コージュを真ん中にして、全員が雑魚寝する形で眠りに就く。
寝具も無い状況ではあったが、魔王コージュの魔法によって保温された室内は快適で、五人ともすぐに寝息を立て始めることに。
スキルによって眠る必要のない魔王コージュではあったが、そんな子どもたちを見守りながら、結局スキルの練熟がてら“探知”で世界を覗き見て、朝までゆっくりと過ごすことになったのであった。




