第十二話
今日は三本目まで行きます。
少し長めです。誤字脱字が多かったらすみません。
「……まだ、信じられません……」
「でしょうね」
「仕方ないと思うよ」
「まあ、ゆっくりと慣れて行ってくれ」
タマ、ユイ、アリアの三人から詳しい説明を受け、漸く事情を呑み込み始めたセピアとシトラの二人。
島に来て間もないこともあり、まだまだ半信半疑な部分は多いのだが。
「それで、お前たちもこの島で一緒に暮らすということでいいか?」
「……えっと~、はい~」
「……帰る場所なんてありませんし、どう足掻いても死ぬ運命だったので。ありがたいのですが……」
「うん? なんだ?」
「……ごめんなさい。シトラ、お金とか何も持ってないんです。差し出せるものといえば……こ、この……体くらいしか……」
「ああ、そのことか」
おずおずとそんなことを言い出した少女シトラに既視感を覚え、魔王コージュは頭をポリポリと掻いて溜め息を吐く。
アリアといい、気持ちは分からないではないが、彼女らのそれはあまりに軽はずみ過ぎると感じていた。
「対価なら不要だ。アリアも同じことを言ったから、ならば何か手伝いでもしてみてはどうかと話していてな? お前たちもどうしても納得いかないようなら、自分の役目でも見付けたらいい。何も強制はしない」
「えっ? で、でも……」
「と……いうか、お前たちは向こうの国ではどうやって生きていたんだ? 雰囲気からしてそういった経験がある者はおらんようだし……」
その経験とは、異性に性的な奉仕をしてという意味だったが、それを今の話で瞬時に察することのできる子どもは、誰もいなかったようで。
首を傾げながらも、五人の中から代表してユイが口を開く。
「生活って意味よね? それなら私は孤児院にいたから、色々お手伝いして対価としてたわ。院以外にいた孤児の子たちは集まって共同生活をしてたり、どこかで仕事をもらって稼ぐのが普通だったかしら」
「あとは一部だけど、盗みとかそういう悪いことで命を繋いでるやつもいたね」
「ウチは、同種族のみんなと狩りをして一緒に暮らしてた~」
「あ~、あたしも~。羊人族の人たちと~」
「シ、シトラも、です」
「なるほど。ならば同じように考えてくれればいいさ。食料は俺が準備してはいるが、俺とてスキル頼りでこのスキルに対価は払ってないのだ。そんな俺に引け目など感じる必要も無かろう?」
「……そのスキルって、自分の才能とか努力の結晶じゃ……」
「とにかく! この島、この国ではそんな感じでよい! あまり対価だ何だと言われるとこちらも戸惑うだけだから、もう気にするな!」
「は、はい。すみません……」
長い耳をヘタリと下げ、またオドオドと謝るシトラ。
その様子にどうしたものかと少し悩み、魔王コージュはふと思いつきで発言をする。
「……そうだ、いいことを考えた。毎回こうして俺が説明するのもなんだし、ユイ、今度からはお前が代表してその辺のことを新入りに教えてやってくれないか?」
「へっ!? わ、私!?」
「ああ。お前なら俺のように、相手を混乱させたり恐縮させんで済みそうだろ? 同じ境遇の者同士なのだから」
「……別にいいけど、私で上手くできるかなぁ……?」
「もし男性が必要な状況が発生したら、タマ、手伝ってやってくれ。あとは……シトラよ、お前にも頼んでいいか?」
「僕? 分かりました」
「うえッ!? わ、わたしですか!?」
「ああ。何かそういう役割を持っていれば、多少は飯も食いやすかろう? 自由に生活していいのは変わらんが、どうやっても共同生活上はそういったことが必要になるからな。ちょうどいいだろ?」
魔王コージュのそんな言葉に、ユイ、タマ、シトラが三者三様の反応を示す中、ジッとコージュを見つめて待機する二人の姿があった。
「……そしてアリア、お前には暫くの間、島の見回りを頼みたい。一日に二~三回でいいから、空を飛んで上空から島を見渡してみてくれ。頼めるか?」
「うん! もちろん! ……でも、見てどうするの?」
「いつもと違うところや、何か気になるものがあったら教えてくれ。かなり重要な任務だが、アリアならやれそうだと思ってな」
「ピィ!? う、うん、ウチ、頑張る……ます!」
咄嗟の思い付きに近かったのだが、それは上手く子どもたちが持つ心苦しさの緩和に繋がりそうで、魔王もホッと胸を撫でおろす。アリアにも体よく……と言ってはなんだが役割を与えられたのだから。
あとは、もう一人に役割を与えてあげられればひとまず一件落着である。
「それでセピア……は、何か得意なことはあるか?」
「……特には~無いです~。それどころか~、あたしって~こんな喋り方だし~、相手をイライラ~させるみたいなんですよ~? 役にたてる~ことなんて~……」
「そうか。では、暫くは相談役を頼んでもいいか? ユイたちが説明した後で、新入りたちの疑問に答えたり、不安なことを聞いてやってくれ」
「……えっ? でも~、こんなあたしじゃあ~……」
「暫くでいい。それぞれの適性や向き不向きもあるだろうから、もう少し人が増えたら再度考える。それまでやってみて、嫌だったら辞めていい」
「…………分かりました~。やってみます~」
そう言って引き受けてくれたセピアに礼を言って、魔王コージュはとりあえずその話題を終える。
これから増えるであろう住人の何から何まで魔王コージュが見ずとも、そうやって住人自身にも役割分担をすればいいと気付けたのは僥倖であった。
「よし、そうと決まれば飯……の前に、二人を綺麗にするか」
「「……え?」」
「いや、タマとユイとアリアの時は移動中に洗ってやったが、今回はうっかりしていたのでな。やはり衛生上もそのまま食事というのは問題だろう?」
すると魔王コージュは周囲をキョロキョロと見回し、また何か思い付いたように一方向をジッと眺めたまま静止して考え事を始めた。
「……コージュ様?」
「よし、ちょうどいい機会だ。タマ、ユイ、アリア? さっきお前たちに話す途中だった、火属性の属性マナの活用方法を見せてやろう」
「えっ? 今度は何するの? まさか……火山でも作るとかいうつもり?」
「おっと、なかなか近いところを突いたな、ユイ? だが違う。今回は……温泉だ!」
「「「温泉?」」」
それは島の地下深くに溜まっている特殊な水質の温水を、地上まで引いて利用する方法。
一般に“温泉”と呼ばれる、魔王コージュ前世の入浴文化の再現であった。
「……それって、火の国の貴族様だけが入れるっていう、癒しの熱水のことですか?」
「そうだ。この世界ではそうやって一部の者が独占しているようだが、あれは皆で楽しむから価値があると俺は思うぞ。というわけで、これから作ろうと思う。すぐに入れるから待っておれ」
「……えっ? えっ?」
「……お話が~、よく~、分からないのですが~?」
「……またとんでもないことをサラッと……」
「……できて当然みたいに言ってますけど……」
「ピィ?」
どうやら温泉を知っている者もいたようだが、それを作ると言い放った魔王には五人ともが驚くしかなかった。
初期メンバーの三人は二度目だからまだしも、新メンバーの二人は「あっという間に川を作った」という話すら半信半疑だったのだから。
その疑念が、これから払拭されることになろうとは思いもしなかっただろう。
「――――というわけで、こちらが完成した温泉になります」
三人にとってはデジャヴのように。そして新たに加わった二人には驚天動地の出来事として。
その神の御業のような光景は、衝撃とともに五人それぞれの目に焼き付いたことだろう。
話が終わるかどうかのうちに目を閉じ、マナ操作に集中し始めた魔王コージュが「これでよし」と言って目を開くと、再び地響きとともに空まで届きそうな水柱が立ち、全員が目を丸くした。
そうして魔王に言われるがままに向かった島の中央からやや東の地には、まとめて数十人は入れそうな巨大な温水の水溜りが生み出されていたのだ。
「……これ、何?」
「だから温泉だと言っておろう? 今は一つだけだが、仕切れば男女で入浴できると思うぞ」
「……まさかとは思いますけど、僕たちも入っていいんですか?」
「当り前だろう? ここは自由な地なのだ。独占する者などいるはずが無い。だから、娯楽や楽しみは全員で共有できるのだ」
そう話すや否や、魔王は以前と同様に色付きの結界を即席で生み出し、丸い温泉の一方に壁のように立てていく。
それは女の子であるセピアやシトラたちへの配慮で、一応男性である魔王コージュやタマからの目隠しのためであった。
「では、綺麗にしてくるといい。川から水も引き込んで湯温調整も済んでいるし、快適な適温になっているぞ? ユイ、アリア、お前たちはどうする? お前たちもついでに入ってもいいのだぞ?」
「……待って? テンポが速すぎて付いてけないのよ。なに、ここってコージュ様が最初に入るんじゃないの?」
「俺の田舎では「レディファースト」という文化があってな。こういうのは女性から先にというのが礼儀みたいなもんだったのだ。というわけで先に入るがいい。タマ、すまんが我慢してくれるか?」
「が、我慢も何も……入れるだけで天国みたいなものですよ? だって、温泉でしょ?」
魔王コージュにとっては温泉も身近なものだったが、この場にいる彼以外の五人にとっては未知のものに等しかった。
かつてより話で聞いていて、“贅沢で自分たちには縁の無いもの”という認識はあったが、それが今や目の前に広がっているのだ。
だからこそ突然そこに入れと言われても、その戸惑いはこれまで以上である。
「……シトラは、入れません」
「む? シトラ、何故だ?」
「……こ、こんな薄汚れた体で入れば、折角の……奇跡の湯水が、穢れてしまうと思います。だから……」
「……そうであるか。よし――――面倒だな!! 苦情は後で受け付けるから、とりあえず全員入れるぞー?」
「「「「……え?」」」」
戸惑うあまり、拒否を示したそんなシトラに呆れたのか。
理由は定かでは無いが、遂にしびれを切らせた魔王コージュは強硬手段に出てしまう。
彼はタマとともにくるりと向きを変えて女性陣から目を逸らすと、片腕を上にあげてそこに力を籠める。
すると四人の女の子たちの衣服がスポッと脱げ、その体が宙を舞って温泉の中へと放り込まれたではないか。
「きゃあッ!?」
「ピイィ!?」
「ヤぁ~ッ!?」
「ひゃあッ!?」
四人の悲鳴とバシャッという巨大な水音が響き、振り返ったタマが目隠しの色付き結界の手前でオロオロする中、向こう側から混乱する声が聞こえて来る。
その声で四人が無事なことは分かったが、タマは何が起きたのか分からないまま指を銜えているしかなかった。
「ちょ……ちょっと何すんのよーーッ!? コージュ様ぁ!?」
「だって、あーだこーだと長そうだったのでな。それでどうだ? いざ入ってしまえば気持ちいいものだろう?」
「た、た、確かにあったかくて気持ちいいけども!? もう少しやり方ってもんがあるでしょー!!」
適温の湯とはいえ、突然放り込まれて怒り心頭のユイ。
その一方で、シトラは顔を青くして硬直してしまっていた。
「ああああッ!? お、お湯が、温泉のお湯が、シトラのせいで汚れて……!?」
「安心しろ、シトラ。言い忘れていたが、その温泉の湯は一定の速度で入れ替わっていて常に綺麗になる。次からは掛け湯などの作法も整えるが、今回は難しいことは考えずにしっかり楽しめ」
「で、でも……」
「つか、それならそう説得すればよかったでしょ!? なんで私とアリアまで放り込んだのよ!?」
「だって、絶対長くなるだろ? そんな気持ちいい世界が目の前にあると分かっているのに、無駄な時間を費やしてるのは勿体ないと思ってな。話なら、こうして浸かりながらすればよい」
そう断言する魔王コージュに、ユイも呆れるしかない。
大きく溜息を吐いて怒りのボルテージを下げると、ユイはキッと鋭い目付きでシトラを睨み付けた。
「あーもーッ! グダグダ言ってたシトラのせいだからね!」
「ひッ!? ご、ごめんなさ……」
「こうなったら、もう思う存分楽しんでやるわよ!? シトラも覚悟しなさい!」
「……えっ? な……きゃあッ!?」
その剣幕に、一瞬怒られるのかと身を縮こらせたシトラではあったが、次の瞬間にはユイに飛び付かれて一緒に湯船に沈むことになる。
何が起こったのか判断に困って顔を上げたシトラではあったが、彼女の目の前ではケラケラと笑うユイの姿があった。
「あーーッ!! もう色々と吹っ切れたわ! こんなの夢でも現実でも、どっちでも大差無いわよ! こうなったら満喫してやろう、シトラ!」
「……え? あの、怒って……?」
「怒って無いわよ、なんで? それよりほら、綺麗にしないとまたコージュ様に放り込まれるんだから、洗ってあげるわ」
「え!? いや、それは……アッ、ちょッ、待っ……」
「……楽しそうで何よりだ」
そんな百合百合しい雰囲気が微笑ましくなったのか、魔王はフッと笑って立ち上がる。
すると、温泉に背を向けてスタスタと歩き始めた。
「コージュ様、どちらに?」
「なに、女性陣が終わるまで食事の準備でも……と思ってな」
「何言ってんのよ? 話するんでしょ? つか、二人も一緒に入ったらー?」
「なァ!? ちょっ、ユイさん何言って……!?」
仕切りの向こう側から発せられた爆弾発言に、シトラの慌てる声が聞こえて来る。
同時に、こちら側でもタマが顔を赤くしてワタワタとしていた。
「ぼ、ぼぼ、僕は結構です! 流石に恥ずかしいよ!」
「えー? いいじゃん、子ども同士なんだしー。つか、コージュ様は立派な大人なんだし、私たちの裸では動じませんよねぇ? なら裸になって入って来たらー? クスクスクス……」
そう冗談めかして魔王コージュを挑発するユイであったが、それを聞いた魔王はくるりと温泉の方に振り返る。
すると、彼はユイたちが予想もしていなかった事実を口にした。
「……いや、俺も十七歳なんだが。お前たちとそう変わらんぞ? 俺の田舎では二十歳から成人だったから、実はそもそも成人ですら無いしな」
――――その瞬間、空気が凍り付いたような静寂が訪れ、誰もが言葉を失った。
屈強な肉体と凛々しい顔立ちから、誰もが彼を完全なる大人だと認識していたのだろう。
だが事実は全く違っていたのだ。
「……なんですってええぇぇーーッ!?」
「ピィ!? コージュ様、ウチらと同じ未成年なの!?」
「……嘘、でしょ……? そんな逞しい体で、十七……?」
「いや、そこまで驚かんでも……」
「驚くわッ!! つか、私ともそんなに変わらない歳じゃない!?」
するとそこで、静かに温泉の快楽に浸っていたセピアがゆっくりと手を挙げ、ユイに意思を示す。
「……あの~」
「うん? どうしたの、セピア……さん?」
「……あたし~、十六歳なんですけど~」
そのセリフで親近感を得たのか、魔王コージュが口を挟む。
……それが自身の首を絞めることになるとは思いもせず。
「……ふむ? では、俺と同年代だな」
「う、嘘でしょ……? とてもそうは見えない……」
「……ってことは~、魔王……コージュ様?は~、さっき~同じ年頃の~あたしを~、脱がせて裸にした~ってことですよね~?」
ゆっくりとそんな発言をするセピアに、魔王コージュは彼女の意図を早々と察し、冷や汗を流した。
あまり深く考えてはいなかったものの、言われてみれば確かにそういうことになるのだから。
「……ちなみに、シトラも十五歳なんですけど……」
「あらあら~? ねぇ~魔王様~? これって~……責任、取ってくれるんですよねぇ~?」
「……お前、ホワホワした雰囲気に似合わず、結構図太いな?」
「ウフフフ~。それで~、どうします~? よかったら~一緒に入られますかぁ~?」
そう口にすると、わざとらしくパシャパシャと水音を立て、少し演技じみたトーンで色っぽく吐息を漏らすセピア。
その雰囲気にゴクリと息を呑むと、魔王コージュは踵を返して再びスタスタと歩き始める。
「タマよ! 俺は食事の準備があるのでな! この場の見張りは任せたぞ! ではサラバだ!!」
「待ってコージュ様!? 逃げるなら僕も連れてって!?」
「あ、また逃げた」
「ウフフフ~。それにしても~、本当に気持ちいいですね~?」
未だ恐縮して硬い姿勢のシトラとは打って変わって、早速のんびりとお湯を楽しむセピア。
魔王コージュをも手玉に取ったことで、彼女は同じ女性陣から尊敬と畏怖を込めた視線で見つめられていた。
「……セピア、さん。すごいわね、なんか……」
「いえいえ~? そんなこと~ないですよ~?」
「……あッ!? そ、それよりごめんね、シトラ……さん? 年上だって知らなくて、つい呼び捨てにしちゃって」
「あ、ううん。そのままシトラでいいよ。ユイ……ちゃんの方がしっかりしてそうだし、歳はシトラが上でもユイちゃんの方がお姉さんっぽいよ?」
「バシャシャー。温泉気持ちいいー♪ ピィー♪」
そんな中でもマイペースのアリアはのびのびと背泳ぎで浮かび、温泉を満喫していた。
真っ裸の背泳ぎで、魔王が見たらはしたないと怒られそうではあるが。
その後、それぞれに夢のような世界を楽しみ、シトラも徐々に頬を緩めて温泉の温かさに癒されていく。
こうしてセピアとシトラの二人が綺麗になるまで……否、なっても暫くは女湯の時間が続いたのであった。
それではまた次回、よろしくお願いいたします。




