死人の目にも涙
前回のあらすじ
父の威厳は最初からなかった。
家族は生まれ変わった? ケロックをとても賑やかに(それはもう盛大に、具体的にはご近所さんに家族揃ってご挨拶という形で)受け入れてくれた。
父親は血がこびりついた兜を着けたまま「この度はとんだご心配とご迷惑を」と連呼しながら頭を下げまくった。ビビるご近所さん。普通に迷惑である。
母親は状況説明をしようとしたが、「ケロックが死んだ」と語るたびに泣き出し、「生き返った」のフレーズでさらに泣いていたので、ご近所さんから慰められてまた泣いた。手に負えなかった。
妹は泣き止んだが、ずっとケロックの腰にしがみついて離れなかった。彼女を無理やり引きずりながらの挨拶回りだったので、急場だがケロックの歩行は上達した。歩きだけなら完璧である。
ご近所さんたちは少し(いやかなり)困った顔をしながらも優しく応えてくれて、残り物のお惣菜や亡き父の歩行杖、さらには『おばちゃん特製・夫婦円満の秘薬』とかいうピンク色のドリンクまでくれる者もいた。
その日の夜は家鳴りがギシギシとあまりにもうるさかったので、ケロックはスキル【聴覚】と【視覚】のスイッチをOFFにしていた。フニランは育ち盛りなのでぐっすり眠っていた。
(【天の声】さん、時間わかんないから朝になったら起こして)
『私をスマホAIのようにこき使うとはいい度胸ですね』
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝れねえ)
『そりゃゾンビですもの』
こうしてケロックの誕生日は終わりを迎えたのだった。
そんな激動の1週間間をやり過ごし、家族全体がようやく落ち着きを取り戻した頃。
ケロックの主治医であるルシルが、再びクロムハーツ家を訪れた。虹色に輝く大きな水晶玉を携えて。
「いいか? 君たちは私に感謝をしなければならない。
わざわざ領内で一番大きな教会まで足を運び、最大限のコネと脅しを駆使して『神眼の水晶』を手に入れ、本来なら15歳以上が高い金を積まなければ受けられない儀式を今ここで受けさせてもらえるのだから。
クロムハーツ家はチェルーシルに感謝をしなければならない! はい復唱っ!」
「クロムハーツけはチェルーシルにかんしゃしなければならない!」
「やっと見た目も大人らしくなってきたのに、困った子ねぇ。フニちゃん? ルシルは調子に乗ってるだけだから応えなくてもいいのよ?」
「おかあさん、かんしゃって何?」
「それはね、常日頃おかあさんに向けられるものよ。
洗濯掃除料理に買い物子育て美容体操井戸端会議etcetc・・・・・家では役立たずのくせに1つの仕事で出張が多い無能なお父さんと違って、あらゆる仕事を一手に引き受ける最強の自宅警備員、それがおかあさんよ。
おかあさんいつもありがとう! はい復唱っ!」
「おかあさんいつもありがとう!」
「2人とも、フニランに変なこと教えないでくれない?」
来客用のお茶を入れる父のツッコミを無視してきゃっきゃきゃっきゃする母娘と、一心不乱にチョークで魔法陣を描く町医者。哀れファラン・クロムハーツ。普段帰らないこの家では、父の威厳など皆無である。
そんな魔法陣の真ん中に腰を下ろし、堂々と本を読むのは、我らが主人公ケロック・クロムハーツ。
最近のマイブームは、父ファランの持ち物である『スティング流抜刀術指南書』を主とした武道書である。ファラン自身は我流であるが、迅速に敵を無力化すると言う発想は求める形に近いのだと言う。
「おとなしい奴だと思ってたが、剣術に興味があったか。ケロックもやっぱり男の子なんだなぁ。今度よく切れるナイフでも買ってやるかな。むふふふふふふふ」
(この『歩法』のページはとても参考になる)
『父親に過度な期待をさせているようですが』
(うん、わかるよ。兜の奥から目ぇギラッギラさせて笑ってるもん。ってかいつ脱ぐんだよあれ)
『夫婦揃って奥の部屋に引っ込んでギシギシやってる時はさすがに脱ぐでしょうね』
(ギシギシとか言うな)
『奥でアンアンやってる時とか』
(アンアン言うな)
1週間目にして歩き方を完璧にマスターし、ケロックはさらなる高みを目指していた。
父としてのささやかな期待も裏切られる、それがファラン・クロムハーツである。
「よーしみんな、一旦静かにしてくれ。これからケロックの加護に異常がないかを調べさせてもらう。本来なら15の歳になるまでこの儀式をすることはないが、今の彼の状態には【神】が関わっている可能性がある」
ルシルの発言によって、場に驚愕と緊張の混じった空気が漂い始める。
当然「神さまうんぬんかんぬん」は建前である。この1週間の間で、ルシルがケロックを診た時に打ち合わせた(と言うより一方的に説明した)内容なので、彼女の説明はケロック本人も了承済みだ。
この世界で最大の宗教といえば、三人の女神を主神とした【三星教】である。
黄金の女神シャイナムルの『太陽信仰』、
白銀の女神エメリエンネムの『月光信仰』、
黒鉄の女神イルルヤンジュの『夜色信仰』と、3つの宗派に分類される。
中でも太陽信仰の教会は、「世の理や真実を明るみに」というコンセプトのもと、15の成人を迎えた者に種族や加護などが印字された紙が発行される。任意であり個人情報も多いが、重要な場面で身分証として使われる事もあるため、使う機会が多い。
ゾンビになったということは、必要に迫られて教会に赴いた時、公的な場で発行された用紙の種族名欄に『ゾンビ(劣等種)』が載るということだ。それが人間社会で明るみに出て、教会側に知られることがあれば、見敵必殺即浄化待ったなしである。
なので、ケロックが成人を迎える前に、関係者のみでサクッと儀式を済ませ把握する必要があった。
なお、この儀式の結果によっては、家族にケロックの正体を明かすことも、ルシルは視野に入れている。
『神が関わる』とは「何らかの使命を女神から与えられた者である」と言う意味だ。そんな大義名分があれば、彼がゾンビであると知った家族の衝撃も、いくらか和らぐのではないかと考えていた。
「状態が状態だから何が起こっているかもわからない。目的はあくまで診察だが内容によっては彼だけでなく、君たち家族にも重責を突きつける可能性もある。
それこそ世界の命運を背負う存在になるか、逆に世界を敵に回すか・・・・・」
この言葉には家族だけでなく、当のケロック本人も息を飲んだ。ルシルはこのタイミングで、張本人であるケロックにも覚悟を問いかけようとしていた。
『あの日、私があなたに話した時と同じ内容ですね。違うのは、一家全員が対象という事でしょうか』
(……やっぱりなんか言った方がいいのかな)
『一応子供ですし、喋れないうちは何もしない方がいいと思います。ただ、あなたなりの答えだけは見つけておいた方がいいかと』
(答え、か……)
「そんなん決まってるじゃない」
ただ1人重い沈黙を打ち破ったのは、一家の母、ルナリア・クロムハーツであった。
「私はこの子のためなら『救世主の母』にもなれるし『悪魔の育て親』にだってなれるわよ?」
「ルナリア、全く別の何かになった可能性だってあるんだぞ?」
「知ったこっちゃないわよ。私は人間だけど、人外の血ぐらい混じってるし、珍しい事じゃない。お腹を痛めて産んだ子が人間じゃなくなって、その別の何かと入れ替わったとしても、私はケロちゃんが我が子じゃなくなることを絶対に許さないもの。
血の繋がりや過ごした記憶とかも確かに大事。ただ、今まで育ててきたのも私ならこれから育てていくのも私。たとえ死んでも、生き返っても、何度も言うけど『全く別の何かに入れ替わっても』」
「気づいてはいたんだな」
「可能性としては、ね」
ケロックがふと周りを見れば、父も妹もしっかりとケロックのことを見つめていた。その眼差しには母と同様、決意のこもった光が灯っている。
そう、とっくに気づかれていた。
とても生きた人間の体ではない事も。それまでの息子が存在しない事も。
未だ小さな妹ですら、初見で違和感に気づき警戒していた。10年以上我が子を見守ってきた両親が、一週間も『全く別の何か』と暮らしていれば、気づかないはずがなかったのだ。
それでも、決してケロックから目を離さなかった母。
わざわざ休暇を取って見守ってくれた父。
ピッタリとくっついて離れなかった妹。
自分のために泣いて、微笑みかけて。
味も温度も感じない自分と、必ず同じ食卓を囲んで。
何でもない時でも抱きしめて、髪のすき間、耳の後ろ、首元に手を差し込んで。
無反応だったはずだ。冷たかったはずだ。
かつてを思い出さずには、いられなかったはずだ。
なのに目の前の彼らは一切不快感を示さず接してくれた。
さも当然であるかのように、受け入れてくれたのだ、
そんな、あたたかく優しい一週間が、色濃い記憶の本流がたっっっっっぷりと、景色として流れ込んでくる。
気づけば何の前触れもなく、ケロックの目から涙があふれていた。
あてがなかったはずの優しい未来が、冷たい頬をつたって流れていた。
「・・・・・ぅあぁあああああああああ」
『スキル【音魔法の基礎】を手に入れました』
数十分後。
儀式は滞りなく行われ、羊皮紙にケロックの情報が書き込まれた。
名:ケロック・クロムハーツ(11)
種族:ゾンビ(劣等種)
●加護
【フレッシュイモータル】【女神の死徒】
【転生者】【愛されしゾンビ】
【鈍感】【歩法】【音魔法の基礎】
「なんか、驚きっちゃ驚きなんだけど、それよりさ」
ファランは声を詰まらせながら羊皮紙から目を離し、複雑な表情で家族に視線を向けた。
「う〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜」
ほぼ無表情のまま、涙をぼろぼろ流して声をあげるケロック。儀式が始まる前から1時間近く泣き続けている。
「よーしよしよしよしよしどーんどん泣きなさーい、一週間分の涙を出し尽くすのよ〜」
煙が出るんじゃないかってくらい息子の頭を撫でているのは、母であるルナリアだ。儀式が終わった瞬間素早くホールドして慰め続けている。
どうやら、生き返ってから初めて声を上げたケロックに対して、ルナリアは嬉しさを隠せずにデレデレしまくっているようだ。
一方、妹のフニランの方は、よりゾンビらしくなった兄にビビって部屋の隅に移動していた。
「……俺の家族、壊れちゃったんかなぁ」
「君たちは結婚する前からいい壊れっぷりだったな」
「我が子にそんなとこまで遺伝して欲しくはなかった…」
自分の格好以外の価値観はまともなようだが、カースト最下位の彼にはそれを誰かに指摘する権利はない。ファランは遠い目で現実逃避を始めた。
「ぼーっとしてる場合じゃないぞ。まず受け入れて欲しいのがこの『種族:ゾンビ』の部分だが、これについては直近の問題になりえないことが判明した」
「気になるけど俺だけが聞いていいのかな」
「ルナリアがあんなだから君に話している。本当ならケロック本人に説明してやりたいぐらいだ。少しは当事者としての自覚を持てバカ親ども」
「情けない親でスミマセン。ちなみに問題ないって?」
「この【フレッシュイモータル】は、持ち主に腐食無効と再生の恩恵をもたらす加護だ。これによって、ゾンビが害悪とされるという一番の理由『不衛生』が一気に解決する。実際彼の体は、1週間経っても腐らなかった」
「じゃあ別に隠さなくっても良いんだな?」
「いや、君たちみたいなチャランポランとは違って、社会はゾンビというだけでその存在を認めはしないだろう。それだけ人々の意識の中に最悪の災害として根付いているんだ。この加護は、彼がゾンビであることがバレた場合の最終手段として、明かすことが許される」
「わかった、他に何かあるか?」
「もう2つあるんだが、【女神の死徒】と【転生者】。意味はまあ、何となくわかるな?」
ルシルが険しい顔をするのにも理由がある。
まず【女神の死徒】。
一字違うようだが、これは儀式を始める前に『英雄か災厄か』で予想された『英雄』に値する称号である。
これがあるということは、神かそれに準ずる存在から、何らかの使命を託されて生まれてきたということだ。
そしてもう1つの【転生者】。
実例は少ないが、あらゆる時代に間違いなく存在していたとされる『生まれ変わり』。
前世の記憶か。知識か。はたまた技能か。それらを受け継いでいることを示している。
そう、ケロックがゾンビになったタイミングで、転生者の称号が与えられたのだとしたら?
「やっぱり、これまで育ててきた息子とは『全く別の何か』か」
「育ててきたってどの口が言うのよ、この仕事人間」
「お前なぁ、少しはシリアスな空気に乗ってくれよ!」
ファラン本人も予測はしていたが、こうして確認し改めてショックを受けていた。にも関わらず、ルナリアはそんなことお構いなしとばかりにケロックを撫で続けている。
「問題はさらに深刻だぞ、彼は女神から何らかの使命を得た『英雄』であり、社会的に存在の認められない『災厄』でもある。両方の運命を背負わなきゃいけない彼を、君たちがどこまで」
「くどいわよルシル」
険しい顔で念を押すように問いかけるルシルの言葉を、ルナリアは低い声で遮った。息を飲むルシルを一瞬睨みつけた後、ルナリアはすぐに笑顔になる。
それは、まるで悪戯が成功したかのような笑顔だった。
「昔から私たちに間違いがないように、こうやって色々言ってくれてるじゃない。この子たちのことだって、あなたも見守ってくれるんでしょ?」
名:ケロック・クロムハーツ(11)
種族:ゾンビ(劣等種)
●称号
【フレッシュイモータル】【女神の死徒】【転生者】【“NEW!”愛されしゾンビ】
●スキル
【鈍感】【天の声】【“NEW!”歩法】【“NEW!”音魔法の基礎】
●称号
【愛されしゾンビ】
本来愛されることはない存在が人に愛された稀有な証明。成長率と魅力に補正がかかる。
●スキル
【歩法】
歩く・走る・蹴るなど、足を使ったスキルを覚えやすくなる。
【音魔法の基礎】
音魔法を覚えやすくなる。