人間をやめた瞬間
「アァァアアノルドォオオ!!! 貴様ら、何を企んでいた!!!!」
アイゼンヴァルト邸の正面の庭で、領主バルディアスの怒号が響き渡る。
先の屋敷の襲撃。東の怪現象。西からの侵攻。
ドミノのように絶妙なタイミングで畳み掛けられる問題に、関連性を疑わざるを得ない。
「しっ、知らない! 私ではない!」
「思えば不審な事だらけだ! 貴様にくっついてた私兵どもはどうした!? ウェルムートの金魚のフンだった神官兵士は!? ここまで一度たりとも姿を見せぬ!!」
既にパンイチであり掴む胸ぐらも無いので、頭部を鷲掴みにするバルディアス。アーノルドの方は寝耳に水とばかりに否定していたが、この指摘に声から力をなくしていく。
「それは……神官長殿が、『ここまで準備があれば問題ないが、ある保険を“さるお方”に託したいので、神官兵士ともども貸与したい』と言うから……私も自ら望んで廃嫡した身であったし……」
「貴様……信じて付き従ってた兵を、身元もわからぬ者に売ったのか……!!」
「己の目的しか……見えていなかった……知らぬ存ぜぬじゃ、通らない、な……」
「_____ッチィ!!!!」
辺境伯という地位を狙うには、あまりにも無責任な発言。
しかしバルディアスはその身で拳を受け、青年のエゴを洗いざらい吐き出させている。既に『赦す』と決めていたのだ。
責任の所在はともかく、今はそれどころではない。すぐにアーノルドの拘束を解き背を向ける。
「まずは領民だ……クリストフ!」
「既に馬術に長けた兵を選出済みです。許可を」
「よろしい、避難指示だ!! 各区画の区長に対応させ、警鐘を鳴らせ!!
クリストフ! お主は悪路であれば馬より速い!! 東門の見張りの無事を確認し、トッカータに近い領内の村落にも触れを出しつつ、巡回中の兵を集めよ!!」
「でしたら、南東のクラマイト侯爵にも協力を仰ぎますか」
「うむ、ヤツなら義に厚く信念もある。即座に挙兵し迅速に対応してくれるだろう」
「先ほど報告にあった、東の異変についてはいかが致しましょう」
「光の球体か……出来れば確認しておきたいが、単騎で無理はするな」
「・・・・・御意っ」
バルディアスは最も信頼のおける執事長のクリストフに後方支援を任せた。
しかし、今回の問題と無関係とは思えないはずの東の異変については、何故か優先度を下げて指示を出している。
クリストフは不審感を覚えつつも、主の判断を信じて了承。選出した兵士達に指示を出しつつその場を離れる。
バルディアスは、残った者達にも激励を飛ばした。
「使用人は荷車に兵糧を積み、終わり次第避難せよ! 残った兵は我に続け!!
誇りあるアイゼンヴァルトの精鋭達よ、帝国に我らの力を見せつけるのだ!!!」
「「「「応っ!!!!」」」」
「お父様!! ボクも戦います!!!」
そんなやり取りに待ったをかけるのは、領主の娘であるルイジアナだ。
難病を患っていた彼女は奇跡の復活を果たし、超人的な身体能力を得る事に成功している。この機会だからこそ力を振るうべきだと思っての進言だろう。
「……ルイよ、お前は待機だ」
「何故ですか!!!」
「ずっと寝たきりだったお前に、戦闘の心得は皆無。いかに肉体が優れ、完璧に操作できていようと、戦い方を知らねば戦争に連れてはいけぬ」
父の言う通り、ルイに戦闘経験はない。
確かに彼女は、スキル【手加減EX】とケロックの【超高速脳内会議】シミュレーションのおかげで、味方を無傷で救出し、ウェルムートとアーノルドを非殺傷で戦闘不能にする事が出来ていた。
ただ、それでも経験不足は否めない。片方は防御魔法などの支援職が相手であり、もう片方は不意打ちが決まっただけ。どちらも初撃のみで決着がついているのだ。
仮に戦争に参加しようものなら、彼女の膂力と頑丈さはかなり目立つ。
防衛戦では、味方と背後に気を遣いながら戦わねばならず、彼女のパフォーマンスを発揮する事は叶わない。
短期決戦を狙い攻勢に出れば、どうしても突出せざるを得ず、孤立してしまう。
最低でも5,000の敵がいるのだ。どちらにせよ時間とともに対処され、無力化されかねない。
「……でしたら、東の異変の調査はボクに行かせてください。決して無理はしません」
「それもならぬ」
「お父様! 領民の村が、ケロックとフニの家族がいたはずの場所です! 先ほどのクリフへの指示もそうですが、なぜ無下になさるんですか!?」
「その現象……我の記憶が正しければ、既に手遅れかも知れんからだ。勘違いであれば良いが、今は確認にとどめておく」
無表情で冷たく言い放つバルディアスの拳から、ギリギリと力のこもる音が鳴っていた。何かを知っている様子だが、この状況では説明する時間も惜しいのだろう。彼にとっても苦渋の決断に違いない。
それがわかってもルイは怯まず、なおも食い下がる。
「お父様が何を危惧してるかは聞きません、何か理由がおありでしょう。それでもボクは、お父様が思うほど子供では無いはず。不要な戦いを避ける事だって_____」
「……ルイ? どうしたのだ?」
あんなに必死に訴えかけていた娘が、目を見開き口を噤む。唐突だったので、バルディアスは緊急事態である事も忘れて首を傾げてしまった。
ルイは何かを探すようにあたりを見回し_____無言でその場から駆け出した。
あまりに突然の出来事にバルディアスは逡巡したが、即座に状況を理解する。
ケロックとフニランの姿が、ない。
「_____ボクの、バカっ」
内周の城門から大階段を一足で飛び降り、そのまま外周の中庭を駆け抜けながら、ルイは自らを責めていた。
あれだけ「そばにいたい」などと宣っておきながら、ケロックから目を離し、自らの行動を父に許しを求める形で委ねてしまったのだ。
力は手に入った。意志も決まったはずだ。
それなのになぜこうも取りこぼしてしまうのか。後悔するような事態を防げないのだろうか。
『ルイちゃん? 落ち着いて? ルイちゃんがどれだけ後悔しても、今回ばかりはケロック君の責任だよ?』
「ごめんお母様、説教は後で聞くからっ」
『説教するなら“思い通りにならないからって自分を責めるのは傲慢だ”って言うところだけどねー……』
「わかったってば!」
ルイの脳内で呼びかけてくるスキル【竜巫女の声:オルディナ】は、決して間違った事は言ってない。わかっているのに、思わず声を荒げてしまった。
そんな事はわかっている。でも今はそれどころじゃない。このタイミングでケロックを手離すような事は、絶対にあってはならなかったのだ。少なくともルイ自身はそう思っているし、それを否定しようとする母親の声が鬱陶しかった。
それでも【オルディナ】は話す事をやめない。
『いい? ルイちゃん。よーく考えてみて? 今こうして走れるのは? 私とこうして話せるのは誰のおかげ?』
「ケロックのおかげだよ、今さら何!?」
『じゃあ聞くけど、今こうして走らなきゃいけないのは? ルイちゃんに確認も取らず私をスキルにしたのは誰のせい?』
「……ケロックのせい」
『これだけ手を差し伸べたり、荒療治と称してルイちゃん追い詰めたりしたくせに、“主役は君たち! 僕しーらなーい”って感じで後方腕組み小僧になってるのは?』
「あの自分勝手な無責任男! 絶対捕まえてやる!」
『その意気その意気 ♫』
宿主であるルイの自責の念が、反転してケロックへの怒りへと変わっていく。
その様子を見てご満悦な【オルディナ】だが、サポートというより娘の思考を操ってやしないだろうかこの母親は。
(さっきの旦那様に対してもそうだったけど、他人の顔色を窺いがちなんだよねー。
“成果は他人のおかげ、問題は自分のせい。主観で不当な利益は避け、不利益は問題にしない” ……本当に手のかかる娘だこと、たぶん似たものカップルなんじゃないかな?
そんなケロック君には悪いけど、可愛い娘には伴侶を尻に敷いちゃうぐらい強くなってもらわなくちゃ)
ルイの弱点を理解し、誘導する。妹のルナリアにも通ずるお母さんムーブの英才教育である。
ケロックなら父ファランのようなパシリ体質にはならないだろう。たぶん。
『……それにしても、あの光』
妹夫婦が住んでいる村のあたりで起きた、謎の光。実際に見た事があるわけではないが、【オルディナ】には心当たりがあった。
事は『王族とその臣下のみに伝わる伝承』であり、恐らくその辺の貴族程度では知る者はいないだろう。
地方で王族に匹敵する実権を握る辺境伯や、王族と交流のあった竜王の孫娘だから、偶然知っていた事だ。
先の現象が彼女の想像通りのものなら、なぜあの場所だったのだろうか?
天地がひっくり返るような、あの異常な規模はいったい……?
「えっ、あれって……」
ルイが外の城門をぬけ、そこから伸びる下り坂を駆け降りていた時、坂の終わりに何やらうずくまっている影を見つける。
それは、土まみれになったフニランだった。
「_____フニ!? 何がどうしたっ、とっとっとっ」
動揺した瞬間に足がもつれてしまい、前のめりに倒れていく。勢いがつき過ぎたせいか、両足が地面から離れてしまった。
「えっこれマズうわぁああああああ!!!!」
回転して背中で着地し、ルイはそのまま坂道を転げ落ちる。鋼の肉体のおかげで傷つく事はないが、スキル【手加減EX】があっても不慮の事故は防げなかったようだ。
ごろごろごろずっしゃー。
「ルイねーちゃん!?」
「……なるほど、こういう事ね」
ようやく止まった時、真横にフニランがいた。彼女もルイと同じように、兄を追って躓き転げ落ちたのだろう。下り坂を走る時はみんなも気をつけよう。
「じゃなくてフニ! 大丈夫!?」
超人的な強度を誇るルイとは違い、フニランは普通の人間、12才の女の子である。大人顔負けの槍を振るうとはいえ、同じように転倒すれば無事では済まない。
「だ、大丈夫……ルイねーちゃんほど転がってないし、見た目ほどひどくない……」
「いや、あの時ボクを守って力を使い果たしていたはずだ。またボクが運ぶから戻って治療を_____」
「だめ!!!!!」
フニランを抱き起こすため肩に腕を回すと、なぜか大声で待ったをかけられる。
「ルイねーちゃんはおにーちゃんを追って! 早くしないとだめなの!!」
「いや、フニを放っておくわけにも……」
「だめ!! 早く行って!! おにーちゃんが“人”じゃなくなる!!!」
“人”じゃ、なくなる。
唐突に突きつけられる、曖昧だが無視できない言葉。
しかし彼を“ゾンビ”だと知っている者には、その言葉の重みが理解できてしまう。
「……お嬢様の方は、お怪我はありませんな」
ルイの背後から声をかけたのは、いつの間にか追いついていた執事長のクリストフだった。
バルディアスの指示で来たのだろうか、2人のように転倒する事なくここまで来たようだ。
「フニラン嬢の事は、このクリフめにお任せを」
「クリフ、お父様に連れ戻すよう言われたんじゃ……」
「覚醒したお嬢様の健脚、私の駿足程度では追いつかなかった事にしましょう。やれやれ、【韋駄天】の二つ名を返上しなければなりませんな」
初老の執事は、その大きな背中にフニランを背負って踵を返し去っていく。
全速力のルイに、転倒もせず息も切らさずに追いついて来たのだ。本来なら彼がケロックを追った方がいいはずである。
「……ごめんなさい」
「フフ……失敬、何をおっしゃいますやら。フニラン嬢を連れ戻し次第、私もすぐに向かいますゆえ」
そう言って彼は返事も待たずに駆け出していく。上り坂なのに下りと同じ速度で遠ざかるのを見ると、やはり嘘だったのだろう。
ルイは立ち上がり、再び正面を振り返って………気づく。
数キロにも及ぶ一本道。ケロックとフニランがこの街を訪れた際にも通った道である。交差点があるとは言え真っ直ぐ森まで伸びており、緩やかな勾配もあって見通しが良いはずだ。
しかし、そこにケロックの姿はない。領民達が歩いている様子は見て取れるが、その間を駆け抜けているはずの子供の影は見えなかった。
迷子? 寄り道? それとも諦めた?
どれも彼の性格や能力を思い返すと、ルイの知る範囲では考えられなかった。
「………せっかくモノにした、ボクの力。それでもケロック」
ルイは駆け出した。
「君には、届かないの? ボクはまた取りこぼすの?」
脳裏に浮かぶ不安を置き去りにするように、速度を上げた。
「あの誓いを聞いて、それでも君は_____」
胸に宿る寂しさを吹き飛ばすかのように、足をがむしゃらに動かした。
「_____ボクを置き去りにするの?」
果たして、答えてくれるはずのゾンビの少年は、ルイのはるか先を駆け抜けていた。
通り過ぎる景色
耳が風を切る音
東門 遺体が2つあった 見張りの兵だろうか
森の中 兵隊 神官 たくさん死んでた
どうでもいい 全て煩わしい
【聴覚】をオフにしておこう
こういうとき スキルで良かったと思う
もっと速く走ろう
【歩法】【音魔法】【平衡感覚】【深部感覚】
持てる力の全てを注ぎ込もう
足が壊れても【フレッシュイモータル】で再生する
正面以外は全て残像に変えてしまえ
『個体名、ケロック・クロムハーツ。今すぐ停止してください。損傷率が再生率を上回っています』
あたまのなかで 声が聞こえる
『このまま現着しても、パフォーマンスを維持できません。一度で良いので回復を』
うるさいな
スキル【天の声】、オフ
『待っ、そんな不可の_____』
…………よし 静かになった
とか言ってたら もうすぐ森の出口だ
そこから伸びる道の先に 村があるはず
両親が待つ家が 僕の帰る場所が
……………あれ?
なんで 道が途切れてるの?
村はどこ?
この抉られたようなクレーターは何?
でっかいでっかい 村よりも大きな穴
下世話な話が大好きな 近所のおばちゃんは?
息子の愚痴を楽しそうに話す 粉屋のグレースさんは?
いつも奥さんに叱られてる 鍛冶屋のガントルさんは?
最近よく話すようになった いじめっ子のヤンくんは?
無口で顔が怖いのに優しい 魚屋のムンチャゴさんは?
子どもみたいに笑う 僕の母さんは?
あのブリキの兜 父さんだ
なんで父さんが 引きずられてるの?
父さんの両脚は どこにいったの?
この兵隊たち 誰?
見たことない 分厚い全身甲冑
顔も見えない ピカピカの兜
1人だけ 装備をつけてない人がいる
あ こっち見た 何か言ってる
「……あぁ。『失敗した』と聞きましたが、やはり生きてましたか」
肩まで伸びた長い黒髪
分厚い丸眼鏡
貼り付けたような薄笑い
うさんくさい
「さて……ゾンビでありながら人々を籠絡し、アイゼンヴァルト辺境伯とその縁者を味方につけ、敬虔な三神教信者である神官長までも洗脳。
帝国の侵攻を誘導し、国家転覆を図った逆戝・ケロック・クロムハーツ殿」
『・・・フニちゃんの事、しっかり守りなさい。お兄ちゃんなんだから』
母の声が ヤツの胃薬を噛む音にかき消される
「王国を代表して、私ベントレール・クラバルカが、あなたを【魔王】に認定します」
『_____称号に……【魔王の種】が、追加されました……』
消したはずの 苦しそうな“もう一つの声”が 聞こえた気がした
※称号解説
【魔王の種】
知性ある魔物として生まれ、一定の条件を満たした際に発生する称号。スキルの取得率に補正がかかる。




