なんか助かりました
これまでのあらすじ
ルシルさんに消されるので最終回です。
「……すまない、慎重な動きを心がけてたつもりだったが」
魔術を補助する触媒である、先の尖った小さな杖。物理的にも凶器になり得るそれを、ケロックのノドに突きつけつつ、ルシルが謝罪を述べる。
彼女もまた、この突発的な事態に動揺していた。完全に無意識の行動だった。
それほどまでに【ゾンビ】という害悪のイメージは、この世界で根深い常識として存在していたのだ。
「しかし、君が特殊な状況にあるという事も理解してもらいたい。私にはあらゆる可能性を考慮し、安全を確認する義務がある_____このようにな」
ルシルがそう呟き杖を引いたかと思うと、そのままためらいなく自らの左腕に走らせた。
杖の鋭い切先は、彼女の白く薄い柔肌に赤い線を引き、そこから鮮血を滴らせる。
ルシルのよく知るゾンビであれば、生命の証である生き血は極上の美酒。わずかに知性が残っていようとも、耐えがたい衝動を誘えるはず。
逆を言えば、それだけ“奇跡”を願った命懸けのテストだった。
そんな彼女の淡い期待を、少年の右手が傷ついた腕ごと強く握り潰す。
そう錯覚するほど固く冷たい手に、老練な魔術師であるルシルから、少女のような小さな悲鳴が漏れる。
ゾンビという『災害』。当然の常識を覆せるなどと、わずかにでも期待してしまった。そんな驚きと後悔から思うように動けず、次に起こる事態を本能で理解し強く目を閉じてしまう。
しかし、いつまで経ってもその時はやって来ない。
それどころか、攻撃的に思えたはずの彼の手からは、『掴む』以外の意図を感じなかった。
(これは……まさか、止血のつもりなのか?)
かなり不器用で荒削りだが、少年の手はルシルの傷口を的確に押さえている。
ルシルが降ろしかけていた杖の先端を、ケロックは空いた左手で掴み、自分の額に持っていく。状況は変わらないように見えるが、その目には小さな不安と強固な意志が宿っているように見えた。
「……油断するなと?」
「(コクコク)」
未だに発声の仕方を思い出せないケロックは、首肯でもって応答する。
先ほど自分に行った「情報開示」と、ここまでのルシルの反応で、ケロックは自身の立場をなんとなく理解していた。
襲い、疫を散らし、仲間を増やす。これらが生物にとって脅威である事は、血の巡らぬ頭でも容易に想像出来た。
もしかしたら、自分はこの世界に居てはならない存在かもしれない。必要ならば未練もない今の内に、自身の短い生涯を終わらせる事も考えていた。もう死んでるけど。
『あなたのスキルである私も消滅することになりますね。まぁ所詮はスキルですし、生まれたばかりなので同じく未練はありませんが』
(苦労かけるね)
『サポートし足りないのが心残りですが、一連托生ですから』
そんな心無い2人の心温まる会話? もあって、ケロックの意志は固まっていたのだ。
別に『ルシルの血を見て目覚めかけたゾンビの衝動で腕を掴んだのがたまたま止血になって、「あ、これあかんヤツだ」ってなったのを【鈍感】スキルでねじ伏せただけ』なんて事はない。
そこに『生まれたばかりで何すればいいかよくわかんないし説明すんのもめんどくさいってか喋れない』という妥協もない。
ないったらないのだ。
そんな彼の決意という名の開き直りに対し、ルシルは_____涙を流していた。
『長い人生の中で何度も立ち会った、新しい生命の息吹……そんな光が、この少年の瞳に宿っている!』とか考えていた。実際は死んだ魚のような濁った目をしていたので、何かの間違いである。
「くっ……本当に、すまなかった。ここまで意識がはっきりしていて、生まれた瞬間に自分の立場を理解し、自ら消えることを望む。それがどんなに辛い選択か、長く生きてきただけの私には想像もつかない…。
君がもし、ゾンビという立場の厳しさに脅えようと、それでもなお生きたいと願うならば、出来る限りだが協力を惜しまないことを約束しよう。
それが私に出来る、せめてもの贖罪だ」
(テレレレッテレー! ケロックはパトロンを手に入れた!)
『……もしかして、私の主人はクズなのでしょうか』
どうやら、我らが主人公は『ヒモ』としての進路を決めたようである。




