大事にする以上に共に在りたい
前回までのあらすじ
変態が暴れたので後片付け
数分後、マリィによって侵食された空間を修復していた頃、慌てて駆けつけてくれたフニランが勝手に夢に参入して来た。
どうやら、一度正規の手順を踏んでログインした者は、勝手に入れるようになるらしい。つまり、今後一人でこの能力を使う時は、突然の乱入に気をつけなければいけなくなり、ケロックはちょっとがっかりした。
決して一人の時にやましい事をしているわけではないのだが、【超高速脳内会議】は一応彼の領域である。自分の部屋にノックもなく入られてはたまったものではない。
「おじーちゃんと特訓してたんだよ! お兄ちゃんとルイねーちゃんを守れるようになるの!」
「なにこの子可愛い! それでいてめちゃくちゃ健気! この子ウチの姪っ子なんです! ありがとうございます!!!」
「この人だれ? 色んな意味でお母さんそっくし」
「えっと、ボクのお母様で、君のお母さんのお姉さんかな」
「えっ、じゃあルイねーちゃんってわたしのイトコなの!? 昨日今日で親戚増えすぎだよ!!!」
「ボクも今日知ったからなぁ」
「私の旦那様も従兄妹同士で、ルイちゃんとケロック君も従兄妹同士、運命感じちゃうよねぇ」
「ちょっ、お母様! まだ正式には決まってないって!!」
「でも略式で婚約はしたんでしょ? 『命を預ける』って本来は教会で誓う言葉の一節で、実質プロポーズだよ?」
「「えっそうなの!!??」」
病弱な箱入り娘だったルイと貧しい村の平民であるフニランに、教会での婚礼など知るよしもない。女子率の上がったケロックの夢の世界は、ガールズトークで盛り上がっていった。
「はっはっはー(棒)、強くなるのだムスメたちよ。僕を守る盾は強いに越したことはない」
『クズ男極まってますね』
そんな中でもケロックは相変わらずである。極力自分では戦わない、他力本願ここに極まれり。若干現実逃避に走っているようにも見えるが。
『おや? マリィがログアウトしました』
「お、自力で目覚めたみたいだね。もしくはぐっすり眠ってしまったか。 まだ余裕あるけど外での時間で20分くらいになるし、今日はもうこれくらいにしよう」
「えー! お兄ちゃん遊んでくれないのー!?」
「マリィが起きただけだと外の状況も気になる。ルシル先生と領主様にも報告する事が多いし、今回の効果を現実で確かめたい。そもそもここで時間が引き延ばされると、現実の体感時間に大きく影響するから、精神的にあまり良くないんだよ」
「ぶーわかったー」
「ごめんな、外で遊んでやるから」
「それだとルイねーちゃん動けないじゃん・・・」
フニランがふて腐れながらも渋々了承し、槍をぶんぶん振り回す。祖父であるガルドに習った事をここで実践してみたかったようだが、ケロックもルイもそんな気力は残ってないだろう。
しかしここでルイが予想外の提案をする。
「あの、フニランちゃんだけ先行ってもらっていいかな? ケロックと二人で話したいことがあるんだ」
「ん? それって外じゃダメなの?」
「新しい力を手に入れたとはいえ、現実で流暢に話せるかわからないし、長い話になりそうだからさ。もしかしたら、何時間もかけるかも」
「現実だと最低10分はかかるのか、そんならまあいいけど。フニラン、外の人達に説明しといてもらっていい?」
「らぶらぶちゅっちゅするの?」
「あらあら、オルディナさんはお邪魔かな?」
「「しないしない」」
ジト目を向け呟くように問いかけるフニランと、嬉しそうにからかうオルディナに、ケロックとルイは合わせて首を横に振る。
そんな様子を見て、フニランもやれやれとばかりに首を振った。兄を取られた寂しさと、自分や家族以外と親しくしていることの嬉しさがないまぜになった、とても複雑な気持ちだった。
「わかった、伝えるね。えっと、【勇者の卵】と【竜の因子】だったっけ?」
「頼んだぞ、なるべく誤解のないようにな?」
「大丈夫だよ、みんなマリィさんみたいな人たちじゃないもん。それじゃあまた後で遊んでね! 絶対だよ!」
12歳という多感なお年頃のフニランだが、子供のうちは兄に甘えていたい。そんな思いを込めた約束を元気よく伝え、手を振りながら退出していった。
『フニランがログアウトしました』
「うん、それじゃあ私もいったん消えようかなー」
「お母様、お別れなの?」
「本来なら一度夢枕に立つだけの魔法何だけど、【天の声】さんの統制下なら何度でも会えるみたい。この奇跡に感謝しなきゃねー。
ルイちゃん? お母さんはいつでもあなたの事を見てるからね? ケロックちゃんも、そのー、皆まで言わないけど、ほどほどに頑張ってね?」
「うわぁ絶対下世話な意味だ…」
「こういうとこもウチの母さんぽいよね、やっぱ姉妹だなぁ」
『案外あのメイドは、この人の影響も受けてああなったかもしれませんね』
「んふふー、今生の別れじゃないからこれ以上何も言わない。あなたたちの関係をオルディナさんは全力で応援してるからねー。バイバーイ」
「「『軽い!』」っていうか絶対下世話な意味だ!」
消えていく母に、ルイは絶叫した。彼女的には再会したばかりなので、「ひと時でも別れを惜しむ母娘の図」を思い描いていたのだが、シリアスキラーなオルディナさんは許してくれなかった。惨い。
「嵐のようなおかあさんだった」
「生前はあんなじゃなかったと思うんだけど……もういいや、早速だけど本題に入ろう。楽にしてくれる?」
「本題、ねえ」
その場にへたり込んだルイに促されたので、ケロックもあぐらをかいて座る。いつも以上に砕けた喋り方をするルイだが、彼女自身の緊張の現れであるとケロックは悟ったようだ。
「あのさ、君のこの部屋って制限時間あるんだよね?」
「うん、1日体感24時間。現実の2時間だよ」
「あと16時間は残ってるのか。この後も何かに使うの?」
「まあ、さすがに場所は移すけど。これ以上ルイの部屋にお邪魔するわけにはいかない」
「ちなみになんだけど、中の時間を遅くしたりとかは?」
「試した事はあるけど、これ以上は遅くも早くも引き延ばしも出来ない」
どうでも良いような質疑応答ばかりで、ルイの目的が見えてこない。おそらくケロックに対して思うことがあるようだが、どう距離を詰めればいいのか計りかねているらしい。話の核心に触れる前に、何らかの判断材料を探っているようにケロックは感じた。
「ふーん。じゃあ話は変わるけど、君はその、いわゆる、えーと…」
「気を使わなくていいよ。確かに僕はゾンビ、人類共通の敵」
「あーごめん、そういう事言いたかったわけじゃないんだ。あくまでただの確認だし、ボク個人は君の事を好ましく思っているよ」
「…こちらこそ、気を遣わせてごめん。少し卑屈だったかもしれない」
なぜだろうか、少しだけペースが乱される。普段のケロックならこの程度で謝ったりはしないのだが、ルイがあまりにもフランクに真面目な顔をして話をするので、ネガティブキャンペーンをしてしまったかのように感じたのだ。
その後もしばらくは、
「味は感じるの?」 「つい最近から」
「心臓は動いてる?」 「全然」
「やっぱヒトを齧りたいって思う?」 「全く」
「女の子好き?」 「性欲は感じないけど、たぶん人並みに?」
など、どうでも良さそうな質疑応答が続いた。
何か情報を集めているのかと思ったが、ここまで来るともはや「話せるゾンビ」に対する単純な好奇心で質問されてるようにしか感じない。
「身体の疲れとかある?」
「感じた事はない」
「じゃあ眠くなるとかは?」
「そもそも眠れない」
「じゃあ、誰が君を癒してくれるの?」
一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。
「昨日の夜、フニランちゃんと2人で話す時があってね。今でもたまに一緒に寝るんでしょ? 兄妹仲が良くて何よりだと思うよ。
でも彼女、君が先に寝るのを見たことが無いんだって。真夜中に目を覚ましても、すぐに気づいて「大丈夫か」って声をかけてくれる、そんな兄がいつ寝てるのかわからないって」
「・・・・・・・」
「この空間でも精神的疲労はあるから眠くはなるって、君は教えてくれたよね。ボクも何かの本で読んだ事がある。一応ここも夢の中なんだろうけど、そもそもぐっすり寝てる時って夢とか見ないものだったと思う。
君がこれだけ研鑽を積めたのはスキルをフルに使った結果なんだろうけど、こんな意識がはっきりしてるんじゃ、休まるものも休まらないんじゃないかな。
このだだっ広い空間で24時間と、家族が寝静まった数時間。君はすり減った心を眠りで癒す事も出来ずに、ずっと独りぼっちだったんだね」
(考えろ。恐らく今、彼女は何らかの核心に触れようとしている。
なぜこんな事を聞く? 理由はなんだ? 目的は? 僕はどうして_____
____ どうしてこんなにも涙が溢れている?)
「自分が世間にとって害悪である事の劣等感と罪悪感、誰かの家族として存在する事の申し訳なさ、今の状況を、周りの人間を壊したくないという恐怖心。
自分は愛されるべき存在ではない、もっと他にいるはずだ。常にそう思って生きてきた」
『ゾンビ』という、人類共通の天敵として存在する事。ルイには、そんなケロックの気持ちが痛いほど理解できた。
そこにいる、というだけで周りから攻撃される。異物だからだ。それらをかばう身近な者たちすらも。
彼もきっと、努力はしたのだ。好かれるように、受け入れられるように、馴染むように。
そしてお互いに、努力を続けた。浮かないように、目立たぬように、気づかれないように。
しかしそれは、自分の心の持ちようでコントロールできるものではない。周囲がどれだけ認めたところで、気配を消して逃げ隠れが上手くなったところで、自分の心の拠り所を自分が認められないことには変わりなかった。
きっとその結果が、ルイにとっての自分の寝室であり、ケロックにとっての夢の世界だったのだ。
自分は、生まれてきた意味を確信している。生まれてきたの意味は、そもそも間違いであったと。大切な人のためにも、このまま出来るだけ目立たず消えていく。それが自分の宿命だと思っていた。
「いつも一歩引いてボク達や家族の事を見ていたでしょ? 自分が主人公にならないために、自分がいずれ消える脇役になるために。傍観したり丸投げしたりするフリして、みんなの事を見守ってた。
たぶんだけど、近い内にいなくなるつもりだったんじゃないかな? 自分がゾンビだから、人間として欠陥があるからって理由で。ボクやフニランを強化するのも、自分がいなくなっても良いように。でしょ?
本っ当、お互い卑屈だよね……」
しかし、ルイは救われた。ただ爆ぜて消えるだけの皮袋だった彼女に、ケロックは希望を吹き込んでくれた。
今度はこちらが救う番だ。
命の恩人に報いたいから、だけじゃない。
これだけお膳立てされてるくせに、今も自分の価値を認められない自分がいる。
その上で、どんな形でも良い。目の前の人物と、共に在りたいと願えたから。
自分のエゴで、初めて一緒にいたいと思える人物だから。
「初めて話した頃はああ言ったけど、あの頃は少しでもお父様のためになると思って言っただけで、本当はボクも婚約とかようわからん!
ただ、仮に婚約が決まったとしても、君はボクの身体だけ治してハイサヨナラするつもりでしょ? そんなのは何かヤダ!!
ケロック、君にはボクの一番の理解者になって欲しい! もっとボクを救って欲しい!!
ボクも君の理解者になりたい! 君の心に寄り添いたい!!
番だろうが親友だろうが、形は何だって良い! 君にとっての主人公のボクが、一緒にいたいから言うんだ!
だからさ、これからのボクたちの関係について、お互い考えよう? 最低でも、それが決まるまでは一緒にいてくれるよね?」
『(この子は一体何者!?)』
【天の声】は戦慄していた。
照れも臆面もなく、真っ直ぐな紺色の瞳でケロックを見つめているのは、ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルト。
ただ傷だらけで、人生に絶望してるだけの、力のない少女だったはずだ。
そんな彼女が、常にケロックのサポートをしている【天の声】ですら見えない心を見透かしたのだ。
いや、もはや当の本人ですら気付けてなかったのかもしれない。しかし、確かにその心を動かしていた。
大事にしたいと思う以上に、この人と一緒にいたい。
相乗的に、二つの思いが天元突破し、彼の意識が大きく揺さぶられる。
どくんと、心臓の脈打つ音が大きく響き、真っ白だった空間がぐにゃりと歪んだ。
「え、何?」
『警告、警告。深刻なエラーが発生しました、【超高速脳内会議】のルームを閉鎖します。利用中のユーザーは速やかにログアウトしてください』
ピシパシと壁の無い空間に亀裂が入り、小さな破片がヒラヒラと舞っていく。
「ちょっと待って、何が起こってるの!?」
『ここでは眠る事が出来ると説明しましたが、それはこの空間が彼の意識によって維持されているからです。彼が眠る事は想定されていません』
「え? さっき眠れないって…」
『彼の意識は間もなくノンレム睡眠に入ろうとしています。そうなれば、サポートスキルである私ですら見た事のない、彼の潜在意識の中に放り出され、最悪あなたの意識と混ざって対消滅、廃人に至ります』
あまりにも唐突な想定外の事態に【天の声】は抑えきれない焦りを見せており、ルイは呆気にとられて亀裂を眺めていた。
『ユーザーネーム:ルイジアナ・トッカータ・アイゼンヴァルトを強制的にログアウトさせます。2%の確率で後遺症が発生しますが、こちらのリスクとは比べようもないでしょう』
「待って、これって見届けたほうがって強っ!? 後方からサイクロンジェットな吸引力ががガガガ!!?」
『未知に踏み込むは美徳となり得ますが、同時に無謀である事も理解してください。【排出】開始』
「せめて心の準備をぉおおおおお!!!!!」
最後に、高速で遠のく視界の中で、ルイが一瞬だけ確認出来たのは____
____剥がれ落ちる空間のスキマから覗く、巨大な蛇のウロコであった。




