怨嗟の声
前回までのあらすじ
主人公がコミュ障すぎて気絶したっぽい。気持ちはわかる。
「・・・・・知らない天井だ」
嘘である。ケロックとフニランが寝泊まりしている部屋だ。
ケロックは寝起きで明滅する視界に目を細めながら、ベッドから身を起こし辺りを見回した。どうやら部屋には彼以外いないようだ。
彼以外の声がするとすれば____
『おはようございます』
「おはよう。僕、どんくらい寝てた?」
『視界を共有しているので、あなたが寝てる間は外の様子が見れませんでした。たぶん、丸二日くらいでしょうか』
「うげっ、そんなに!?」
『焦る必要は無いと思いますよ? 少なくとも数年は寿命が延びたでしょうからね』
「まあ、余命数日からそこまでいけば大躍進か…」
先日、ケロック(のコピー)の悪ふざけにより、【竜の因子】と【勇者の卵】という、強力な力を手に入れたルイ。
大抵の人間ではたどり着けない肉体の強化率を得てなお、魔力暴走による病状の進行には追いついていないし、魔力自体が成長とともに増えていく可能性もある。
このまま寿命を延ばしつつ、関連するスキルや称号の解放条件を満たしていけば、そこそこの延命は出来る。しかし、年齢による身体の衰えや入手出来るスキルの限界など不安要素も多いし、そもそも本来の目的は「完全な治療」であってただの延命では意味が無い。
「なる早でなんとかしないと。10代なんてあっという間だし」
『・・・・・』
「あれ? 『お前も10代だし、ジジくさい事言ってんじゃねーですよってか実質生まれて2年だろ』って突っ込まないの?」
『・・・・・』
「……僕が寝てる間の中を見たんだね?」
『・・・・・あなたは、自分が何者か知ってますか? 』
「それってこの身体じゃなくて魂、僕の前世の話? 以前も言ったけど何も覚えてないよ。うどんが好きでゾンビ映画が嫌いって事は覚えてたから、異世界の人間なんじゃないの?」
『少なくとも、あなたの魂の形は人間のそれではありませんでした』
眠りを必要としないはずのケロックが見ていた、深い眠りの世界。
前後も左右も上下もなく、ゼロ距離が無限に続き、色にもなれない色が混ざり合う。
そんな混沌の中で、あらゆる人生をないまぜにした、何かしらイメージのようなものが瞬間的に明滅する。それが【天の声】が見た、宿主の潜在意識の世界だった。
常人が見れば吐き気を催し、そこに飛び込んだ者がかき消されそうな無秩序の中を、意思を持つスキルである【天の声】は泳ぐ事が出来たのだった。
少女の声が言う。
「おかあさん おなた すいた
べらんだ は とっても さむい
おとうさん いなくなっちゃった の?
なか から ごりごり おと が きこえる
え? この おにく くれるの? おいしそう
たべても いい よね
いただきます」
女の声が言う。
「同期 は 用事 が ある と 言って
仕事 押し付けて 合コン に 行った
上司 は 用事 無いでしょ? と 言って
残業 押し付けて 不倫 しに 行った
猫 の しーちゃん 老衰 で 逝った
残業 無ければ 看取れた はず だった
また 上司 が
誰も 待ってない でしょ? と 言ったので
それ 私 じゃなきゃ だめ? と 言ったら
仕事 くび に なった
その日 湯船 に ドライヤー を 入れた
今 行くね しーちゃん」
男の声が言う。
「自殺サークル ? あれ オレ だよ
あの 廃アパート 曰く付き だから
新歓コンパ に 忍び込んで
ベロベロ に 酔わせて 連れてくんだ
放り込んで 一晩 経ったら
朝 みんな てるてる坊主 に なってやんの
笑える よな
オレ ? ああ 、 もう少し したら 逝くよ
警察 ヤ だしさ」
老婆の声が言う。
「あの ヘルパー 火 消し忘れた わね
あんな に 燃えちゃって
良いのよ もう
あの人 に 先立たれて
もう 誰 も 訪ねて 来ない
車椅子 動かす 力 無いし
もう 良いの 寝かせて
早く 川 見えない かしら
あの人 迎え に 来て くれるかしら」
最後に、少年の声が言う。
『何惚けているんだ? 君も被害者だろ?』
『・・・・・へび』
「ん?」
『そう、蛇と黒い太陽に覚えはありませんか?』
【天の声】はケロックの中で聞いた怨嗟の声を思い返しながら、気づいたら呟いていた。ケロックがそれに反応したので、不安を払拭するように聞き返す。
「何? 僕の中にそんなのいたの?」
『いえ、「いた」かと言えばそうではないのですが』
「はっきりしないなぁ……あっ?」
『何か思い出しましたか?』
「思い出したって言うか、なんか、君らしく無いなって」
『?』
「ルシル先生から借りた本にあった【黒陽】、確かそんな姿だったよね。サポートスキルの君ならすぐ気づけたんじゃないかと思うんだけど」
【黒陽】。【メドゥーサボール】や【ソラナキ】とも呼ばれていた、この世界の創造神とされる創世の蛇神である。
教典には決して載らず、古代遺跡の壁画にのみその概要が記される。
〝蛇を纏いし黒陽。世界を産み、混沌の青と出会う〟
〝その者ら添い遂げし場所、はじまりの世界〟
〝その者ら見守る中、旧神が生まれ、そこから命が生まれ、そこからまた旧神が生まれた〟
〝その者らの間に三つ子が生まれ、世界は歓喜に沸いた〟
〝黄金・白銀・黒鉄、世界を治めし女神なり〟
基本的にこのような文言で綴られ、創造神である【黒陽】と【混沌の青】のその後についてはどこにも描かれていない。
ただ、サポートスキルである【天の声】が、我を忘れて自らの主人に答えを求めてしまった。それぐらい、あの光景は衝撃的だったのだろうか。
「まあ、動揺するほど形容しがたい何かって事でいいよね」
『主人にサポートされるなど、屈辱の極み、死のう』
「気をつかってこの仕打ち? 死のう」
『もう死んでいるじゃないですか』
軽口で殴り合いのスキンシップを取るケロックとスキル。どうやらいつものコンビに戻れたようだ。
ベッドから降りて部屋を出ると、ケロックは真っ先に廊下の突き当たりに向かった。ルイが寝ているはずの部屋である。
『もしかしたら思った以上に回復して、もう外に出歩いている可能性もありますね。あれから二日は経ってるわけですし』
「・・・・・」
『どうしました? おや、この感情は……』
ドアノブに手をかけたまま動かないケロックに、【天の声】は異変を感じ取る。体温も心拍も上がりようが無い身体だが、その感情の昂りは疑いようがない。
「めっっっっちゃ恥ずかしい…」
『ほぼプロポーズでしたからねえ、うふふふふ』
「違うから、そういうんじゃないから、てかスキルが笑うんかい」
『すみませんわざとです、うふふふふ』
「もう良いから早く入ろう」
【天の声】のよくわからない煽りをかわし、ケロックは逃げるようにドアノブを引き____
「婚約者はもう決まっておる! そこのケロック君だ!!!」
「そうです! ボクは彼と…ってうぇええ!? ケロック起きてたの!!??」
____パタン、と
ケロックは再び逃げるように扉を閉めたのだった。




