死んでました
これまでのあらすじ
妹らしき女の子にドン引きされました
「ルシル! うちの子は大丈夫なの⁈」
「落ち着けルナリア、今診るんだから。とりあえず部屋には入らないように」
死んだはずの我が子を抱きしめたいという、母親として当然の気持ちはわかる。しかし原因不明の蘇生となると、安易に接触させるわけにはいかなかった。
ルシルことチェルーシル・リシルは、そんな友人をなだめて部屋から追い出したのち、診察を再開すべく、ベッドに腰かける少年に向き直った。
ルシルは細くちぢれた白い髪と、側頭部から上に伸びる若草色の巻きヅノが特徴の『エルフーン族』の末裔である。
この世界の主な四大陸、そのどれにも属さない絶海の孤島。そんな秘境が発祥となる最古の少数民族であり、風や草木と共に500年に及ぶ人生を送る一族だ。
とはいえ現地には、小さな遺跡以外何も残されていない。150年前の大規模な火山活動により、彼らは移住を余儀なくされたからだ。
その後も大陸の様々な環境に馴染めず、生き残りも次々と息絶えたそうだ。現在、純粋なエルフーン族は、ルシルを含む数名しか確認されていない。
そんな彼女とて、当時は生まれたての赤ん坊だ。世間でエルフーン族とその歴史は、最早滅びたも同然の扱いである。
もちろん、物心ついた時から大陸の民と暮らしてきたルシルには関係ない。両親や同族にも先立たれ、わずかな文献による知識以上のルーツも知らないが、言うほど興味もない。
むしろ同族や草木ではなく、人間の感覚で人生約2回分の時を生きているのだ。それまで培ってきたはずの喜びや悲しみも、過去のどこかに置き去りにしてしまった気がしている。
『長命』という種族特性にうんざりし始めて、残る寿命は現在までの倍以上。両親や先達のように体が弱ければと思ったり、自殺願望も度々沸き起こったりもした。
短命な人間との交友などあり得ない。そう思っていたはずなのに、かつて冒険を共にした友人たちとこの田舎に定住し、気づけば町医者として「因果なものだ」と愚痴をこぼす毎日を送るようになっていた。
(ま、そんな年寄り臭い私の過去より、目の前のこの子の方が遥かに珍しい)
今彼女の目の前には、血の気のない顔の少年がぼーっと座っている。
さっきまで開ききっていた瞳孔。まるで生気は感じられないが、ぼんやりと彼女のことを見つめ、焦点も安定しつつある。
首に触れた。脈はなく、温もりも感じられない。
口元に手を当てるが、息が当たることはない。
生物に必要な反応を、一切感じ取ることができない。
(・・・・・うん、目以外全部死んでるな。死にたてホヤホヤだな)
なんとも失礼な発想だが、決して冗談ではない。
現に彼は数時間前に死んだ。ルシルが医者として看取ったはずだった。
彼の死因となったのは【魔喰い】と呼ばれる現象である。体内の増え過ぎた魔力が暴走し、発熱・内出血など、様々な形で身体機能を乱れさせるという症状だ。
母親であるルナリアには伝えてないが、長い間危険な状態だった彼の体は組織が崩壊しかけていて、下手すれば周囲の魔力も巻き込み大爆発を起こす可能性もあったのだ。
結局、何とかして心臓マヒでおさめたに過ぎず、膨大な魔力に蝕まれた小さな命は、夜が終わると同時に天に召される事になった。
未熟ながら、医師として最善は尽くしたつもりだった。
一度死んだ人間が自然に復活……とは考えにくい。
肉体のあらゆる生命活動が停止している以上、少年の肉体は「蘇生とは別の要因で動き出した」ということになる。
そしてこの世界には、死体が動く現象が存在する。ルシルが現状を説明するのに充分な現象が。
彼は、【ゾンビ】になったのだ。