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「失礼します」

 リノンはこの場にいない家主(カイ)に断り、簡素な木机の引き出しに手をかけた。引き出しはすんなり開いたものの、入っていたのはありきたりな文具と虫刺されの薬だけだった。犯行をほのめかすメモでも見つかればと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。

 少しでも手がかりを得ようと、ガイドたちの住む家の調査を始めたはいいが、今のところ収穫と呼べるものはなかった。空き巣でも入ったかのような室内の惨状に罪悪感をおぼえるばかりだ。

「トラットも手伝ってよ」

 リノンは暖炉のほうを振り返った。猫似の相棒は、火を入れた暖炉の前で微睡んでいる。もう一度呼ぶと、「なんだよぉ」と億劫そうに目を開けた。

「やっとあったまってきたとこなんだから、邪魔しないでくれない?」

「駄目」

 再び眠りにつこうとするトラットを、リノンは抱き上げて暖炉から離れた床に下ろす。冷えたフローリングに肉球が触れたとたん、トラットは小さく跳び上がった。

「冷たいじゃないか! キミ、ボクを殺す気?」

「猫はそれくらいじゃ死なないってば。ほら、とにかく手伝って。そのために暖房入れてあげたんだから」

 事件の解決が遅れれば、それだけ滞在期間も長くなる。トラットが風邪を引かないためにも、協力して手がかりを見つける必要があった。

「しょうがないなあ」

 トラットはぶつぶつ文句を垂れながらも、二本足で立ってクローゼットの扉を引き開ける。

「……普通だね」

 横から覗き込んだリノンは、そんな感想を漏らした。作りつけのクローゼットの中には、紺や灰、茶といった地味な色合いの服がならんでいる。リノンたちを案内してくれたときに着ていた、紺色のレインスーツもあった。どれもサイズが大きく、カイより背の高いリノンでも、合わせてみると横幅がかなり余る。

「ねえねえ、このパンツすごくない?」

 クローゼット内の引き出しを掘り返していたトラットが言った。前足の爪に、ボクサーブリーフに似た真っ赤な下着を引っかけている。

「こっちのなんて、黄色の水玉だよ。ケルダ人のセンスってどうなってるんだろ」

 トラットは呆れたように息をつく。確かに、リノンから見ても決していい趣味とは思えなかったが、カイもよりによってトラットには言われたくないだろう。猫型人類の彼は、年柄年中、自前の毛皮一枚で過ごしているのだから。

「ねえ……これ、ちょっと変じゃない?」

 リノンはふと気づいて、トラットの前足から下着を取り上げた。目の前に広げ、「やっぱり」と呟く。

「なにが『やっぱり』なのさ?」

「服のサイズだよ。ほら、全然違う」

 試しにハンガーにかかっているズボンに下着を重ねてみると、ウエストの幅がズボンの半分くらいしかない。ほかの柄のものを当てても結果は同じだった。その下の引き出しにはTシャツに似た無地の服が何枚も入っていたが、やはりハンガーにかかったレインスーツなどよりもずっと細身に作られている。

「たぶん、このTシャツも下着代わりだったんだと思う。カイさんは着膨れしてただけで、太ってなんかいなかったんだよ」

「ってことは?」

「襲われたのは、カイさんのほうかもしれない」

 だとすれば、この家のどこかに被害者から切り落とされた「あれ」が残っている可能性がある。まだ手をつけていないキッチンや玄関周りを中心に探し回ると、期待通り、玄関の靴箱から出てきた。想像したのとはちょっと違うが、大きく外れてはいない。

 それは薄青色をした、前髪部分の長い長髪の(かつら)だった。


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