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 翌朝、トラットを抱いて眠っていたリノンは、枕元に備えつけられた端末の着信音で目を覚ました。点滅する青いランプは、外部からの通信であることを示している。眠い目をこすって画面に触れると、見憶えのある女性の姿が現れた。

『サクラギさん? よかった、まだ出発してなかったのね』

 画面の中でほっとした笑みを浮かべたのは、正直村の村長、アイエラだ。迫力ある体型は相変わらずだが、自慢の巻き毛はあちこち絡まったように乱れている。リノンは状況がつかめないまま、「おはようございます」と会釈した。

『おはよう。って、呑気に挨拶なんかしてる場合じゃないわ』

 アイエラは丸々と太った顔を画面に近づけ、緊急事態なのだと話す。

『こんな朝早くから悪いんだけど、北山の遺跡まで来てほしいの。迎えの車をやったから、もうすぐそっちに着くと思うわ。ハリスは知ってるわよね?』

「ちょ――待ってください」

 勝手に進んでいく話に寝起きの頭が追いつかず、いったい何事かと訊いた。

『ガイドが大怪我をしたのよ』

「カイさんが?」

 リノンの脳裏に、前髪の長いガイドの姿が浮かぶ。

『それが、わからないの。カイかキバのどっちかなのは確かなんだけど』

 わからない、とはどういうことだろう。思わず首をひねったリノンに対し、アイエラは画面いっぱいの笑みを向けてきた。

『そこであなたの出番なのよ。サクラギさんは、カイとキバの両方に会ってるでしょう? 悪いけど、捜査に協力してもらえないかしら』

「でも、私は今日の船でここを発つ予定で――」

『残念だけど』

 言いかけた台詞は、アイエラの野太い声に呑まれて消える。

『まだ事件か事故かもまだはっきりしない以上、あなたは関係者の一人でもあるの。真相がわかるまでは帰らせるわけにはいかないわ』


 リノンとトラットはハリスが運転してきた車に乗せられ、半ば攫われるようにして遺跡へと向かった。祭りで使うという櫓の周りには十数人が集まっていた。櫓の真下を通る白線の両側に分かれ、無言のまま睨み合っている。線の向こうには、サルダリやエルゼの姿も見て取れた。

 二つの陣営のあいだにあるのは、境界線だけではない。櫓を支える木柱の一本が根元から折れ、白線をなぞるような位置に横倒しになっている。柱の根元から三分の一ほどの辺りには赤紫色の染みがついていて、その下の地面も同じ色に変色していた。まるで絵の具をこぼしたかのようだが、鼻先をかすめる生臭さがそうではないと告げている。――これは血の跡だ。

「ここに倒れていたのよ」

 アイエラはガイドが発見されたときの状況を、身振り手振りを交えて示した。嘘つき村の夫婦が早朝の散歩で遺跡を訪れたところ、折れた木柱の下敷きになっているガイドを見つけたのだという。ガイドはすぐに町の病院に運ばれたものの、頭を強く打っていて意識不明の重体だそうだ。

「折れた柱に当たった、ってことですか?」

 リノンは柱についた血の跡を見つめた。運は悪いが、ありえないことではない。事故というのは、予定外の事態が起きるからこそ事故なのだ。

 しかし、アイエラはリノンの考えを即座に否定する。

「もうそうなら、話は簡単だったんだけどねえ」

「そんなわけないだろ。この柱が危ないってことは、みんな知ってたんだから」

 話に割り込んできたのはハリスだ。なんでも、折れた柱は数年前から根元が腐っていて、今年の祭りの前日に入れ替える予定だったのだという。二人のガイドも含め、村人たちには近づかないように伝えてあったらしい。そこをあえて近寄るとは、考えにくいとのことだった。

「それで? 事故じゃないなら、いったいなんだっていうのさ」

 洗顔代わりに前足で顔をこすりながら、トラットが言った。ハリスは一瞬むっとした顔をしたが、すぐに自信ありげな口調でこう返す。

「決まってるじゃないか。これは事故に見せかけた殺人だよ。――あくまでも僕の考えだけどね」

 不本意そうにつけ加えたのは、本当のことしか言えないという制約のせいだろう。どうやらハリスの頭の中では、被害者はすでに死んだものとされているらしかった。

「なるほど。事故じゃないらしいってことはわかりましたけど、だからって殺人未遂だっていう証拠もないですよね?」

「まったくないとはいえないわ」

 リノンの問いに、アイエラは強ばった表情で答える。

「もう一人のガイドが、今朝から行方不明になってるの。このタイミングでいなくなるなんて、その……おかしいでしょう?」

 アイエラは言葉を濁したが、言いたいことは充分伝わった。つまり、もう一人のガイドが、被害者を襲って逃げたと考えているのだ。

「犯人がほかの人だって可能性は?」

「まずないと思うわ」

 その理由として挙げられたのは、遺跡がある広場からそれぞれの村へと通じる扉の上部に設置された監視カメラの存在だった。カメラは常時作動していて、村から広場、広場から村へと移動する者がいれば必ず捉えられるという。しかし、昨日の夕方から今朝にかけては、正直村の商店に買い物に行き、買い物袋片手に自宅へと戻るカイと、広場へ早朝の散歩にやってきた嘘つき村の夫婦の姿しか映っていない。血の乾き具合などからみてガイドが襲われたのは夜中と考えられることから、第一発見者となった夫婦はすでに容疑者から除外されていた。

「残るはもう一人のガイドだけってことか」

 リノンは考えを整理するように呟く。監視カメラの視界は広場と村とをつなぐ扉の周囲に限られていた。広場の北端に住んでいるガイドは、南端の櫓までカメラに映り込むことなく移動することができる。

「じゃあ簡単じゃない。その人を見つけて、捕まえればいいんだ」

「ええ、まあ、それはそうなんだけど」

 トラットは得意げに言ったが、アイエラの表情は晴れなかった。

「山の中も探させてるのに、いまだに手がかり一つ見つからなくて。まるで透明になって消えてしまったみたいだわ」

 監視カメラの記録によると、昨日の夕方にカイが買い物から戻って以来、二人のガイドはどちらの村にも行っていない。車が二台ともガレージに残ったままなので、徒歩で逃げたと思われるのだが、今のところそれらしい足跡は見つかっていないという。

「夜のうちに、車道を通って町のほうに行ったんでしょうか」

 リノンは言うものの、可能性は高くないだろうな、と思う。宇宙港がある町から山の中腹の遺跡までは車でも一時間弱かかった。それに、大小の石で覆われた無舗装の道は、徒歩で下るには厳しい代物だ。

「このぶんじゃ、犯人を捕まえるのは難しいかもしれないわ」

 アイエラは厚い唇を悔しそうに引き結ぶと、青い瞳をぎろりとこちらに向けた。

「でも、せめてどっちが犯人かだけでもはっきりさせておきたいのよ」

 そう吐き出す彼女の手には、小型の携帯端末が握られていた。

「これを見て」

 アイエラは旧式の携帯端末を操作し、被害者が発見されたときの画像を見せてくれる。仰向けの状態で柱の下敷きになった男性は、額から赤紫色の血を流している。頭の脇には、先端が土で汚れた長さ二十センチほどの板切れが転がっていた。続いて見せられたのは、担架に載せられて運ばれていく被害者を至近距離から写したものだった。

「彼は、カイとキバのどっちだと思う?」

「どっちって――」

 リノンは小さな画面に目を凝らしたものの、すぐには言葉を返せない。被害者の男性は二人のガイドのどちらにも似ていて、同時にどちらにも似ていなかったからだ。

 まず、背格好からして判断がつかない。身長はカイもキバも同じくらいだったし、ぴったりとした黒服を着ていたキバはともかく、身体の線を隠すだぶだぶのレインスーツ姿のカイは、太っているのか痩せているのかさえ不明だった。見憶えのない灰色のジャケットを着た被害者はキバに似た平均的体格のようだが、だぶだぶの服を脱げばカイだって同じような身体つきをしているかもしれないのだ。

 さらに、顔も決め手にはならなかった。固くまぶたを閉じた被害者の目の色はわからないが、そもそもリノンはガイドたちの目をまともに見たことがない。カイの両目は長すぎる前髪に隠れていたし、キバの場合は黒に近いサングラスをかけていた。

「鼻の辺りはカイさんに……いや、キバさんかな」

 画像を見つめれば見つめるほど、自信がなくなってくる。せめて髪型が同じならよかったのだろうが、被害者の髪は短髪のキバよりもさらに短く刈り込まれていた。

「リノン、リノン」

 トラットにつつかれて顔を上げると、なぜか周囲の人々の目がこちらに集まっている。

「みんな、キミの答えを待ってるみたいだよ」

「ええっ?」

 言われてみれば、確かに人々の視線には無言の圧力が込められていた。

「そうよ。サクラギさんならわかるでしょう? どっちが犯人で、どっちが被害者なのか」

 アイエラは歌うように言い、意味深な笑みを浮かべる。それを見た瞬間、リノンはなぜ自分がここに連れてこられたのかを悟った。要するに、どちらの村にも属さない裁判官が必要だったのだ。

「きっと犯人はキバだ。あいつがカイを襲ったんだろう」

「そうね、襲われたのはキバじゃなくて、犯人はカイ以外だと思うわ」

 ハリスとエルゼは境界線越しに睨み合いを続けている。

 彼らだけではない。口には出さなくても、おそらくここにいる人々はみな、自分の村に属するガイドが襲われたと信じている。きっと、確固たる証拠が出てくるまでは、相手の陣営がなにを言おうと聞く耳を持たないに違いない。争いを止めるには、外部の者が的確な捜査によって犯人を突き止めるしかないのだろうが――。

「あの、警察とかは」

「当分こないよ」

 最後の抵抗はあっさり封じ込められる。現在、町では十年に一度の盛大な祭りが開催されていて、警察はその警備にかかりきりになっているという。

「こんな『小さな事件』までは、とても手が回らないってさ」

 ハリスは腹立たしげに顔をしかめる。リノンは天を仰ぎたい気分だったが、観念して、溜め息とともに言葉を吐き出した。

「……わかりました、できるだけ協力します。でも」

 期待はしないでほしい。そう続けるはずの台詞は、沸き上がった歓声に消されて自分にも聞こえなかった。


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