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Fランクポーターの俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない  作者: 伊達ジン


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第9話 限界オタクの襲来

「……食った食った」


 空になった二つのプラスチックトレーを丸めてゴミ袋に放り込み、鈴木悠作は万年床の上にゴロンと寝転がって満足げに腹をさすった。

 ふと視線を下げると、同じく廃棄のデミグラスハンバーグ弁当を平らげた真っ黒な豆柴が、悠作の足元で仰向けになっていた。はち切れんばかりにパンパンに膨れた小さな腹を丸出しにし、短い手足をパタパタと動かしながら「もっと食わせろ」とでも言いたげに甘えた声を上げている。


(……それにしても、こいつよく食うな)


 悠作はゆっくりと身を起こし、胡座をかいた膝の間に黒い子犬を引き寄せた。

 額に鋭い一本の角が生え、四肢の毛先からは青い光のようなものが微かに漏れているが、悠作にとっては「ちょっと変わった野良犬」程度の認識でしかない。

 無論、この子犬の正体は、ダンジョン協会がA級危険生物に指定する『魔狼』の幼体である。成長すれば都市を一つ灰にするほどの厄災となる存在だが、先ほどゴミ捨て場で悠作の『絶対的な格の違い』を本能で直接叩き込まれた結果、野生のプライドなど完全にドブに捨て去り、全力でこの規格外のバケモノに媚びを売る生存戦略を選択していた。


「おい、犬。お前、なんか芸とかできんのか?」


 満腹になって少しだけ機嫌が良くなった悠作は、子犬の額の角を避けるように頭を撫でながら、ふと思いついて声をかけた。

 右手を差し出し、犬の真ん丸な目を見つめる。


「ほら、お手」


 ――ピクッ。


 A級魔物であるフェンリルの幼体は、その言葉の意味と要求されている動作を、人間以上の知能で瞬時に理解した。

 ただ前足を乗せるだけではない。この恐るべき主君が求めているのは、完璧な『愛玩動物としての振る舞い』だ。

 子犬は弾かれたように起き上がると、キリッとした表情で悠作の掌の上に右の前足をちょこんと乗せた。そして、首を可愛らしく斜めに傾げながら『キュゥン』と小さく鳴いてみせる。計算し尽くされた、あざとさの極みだった。


「おお、すげえ。じゃあ、おかわり」


 悠作が左手を出すと、子犬は即座に左の前足を乗せる。


「伏せ」


 ベチャッ、と床に腹をつけ、上目遣いで悠作を見上げる。


「回れ」


 小さな黒い毛玉が、その場でコマのように見事な三回転を決めてピシッと座り直した。


「……お前、めちゃくちゃ賢いな」


 悠作は感心したように目を丸くし、子犬の首の裏をわしゃわしゃと撫で回した。子犬は嬉しそうに目を細め、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。A級特有の魔力プレッシャーも殺気も完全にゼロ。そこにあるのは、ただの腹ペコフリーターと、無駄に賢い野良犬の微笑ましい日常のワンシーンだった。


 ――ピンポーン。


 唐突に、アパートの古びたインターホンが鳴り響いた。

 悠作の顔から、先ほどまでの穏やかな表情がスッと消え失せ、いつもの虚無の顔に戻った。

 足元のフェンリルも、インターホンの音に反応してピクリと耳を立て、玄関のドアに向かって低く『グルル……』と警戒の唸り声を上げる。犬の野生の勘が、ドアの向こう側にいるのが『ただの人間ではない』ことをはっきりと感じ取っていた。


(……なんだ? 誰だ今の時間に)


 悠作は舌打ちを飲み込みながら立ち上がった。

 外で騒いでいたマスコミやファンたちは、さっきコンビニから帰ってきた時には、なぜか一人残らず綺麗にいなくなっていたはずだ。

 となると、今インターホンを鳴らしているのは誰だ。逃げ帰った『紅蓮の剣』の連中が、直接文句でも言いに来たのか。それとも、休日にかぎって現れる厄介な新興宗教の勧誘か。新聞の勧誘なら絶対にドアは開けない。

 悠作は足音を殺して狭い玄関に向かうと、ドアスコープから外を覗き込んだ。


 魚眼レンズの向こう側に立っていたのは、全く見覚えのない人物だった。

 目深に被った黒いキャップ。顔の半分を覆う大きなサングラス。さらにその下には黒いマスク。季節外れのダボダボのロングコートに身を包み、周囲をキョロキョロと警戒している。

 控えめに言って、即通報レベルの不審者だった。


(うわぁ……絶対関わっちゃ駄目な奴だ)


 悠作は息を潜め、居留守を決め込もうとした。

 しかし、不審者は諦める様子もなく、二度、三度と連続してインターホンを押し始めた。ピンポンピンポンと、狭いアパートにけたたましい電子音が響き続ける。このままでは近所迷惑になり、大家から苦情が来てしまう。


「……はい」


 これ以上騒ぎを大きくされる前に追い返した方が早いと判断し、悠作はドアチェーンをかけたまま、錆びたアルミのドアを十センチほど開けた。


「どちら様ですか。新聞なら取ってないし、宗教なら間に合ってますけど」

「あ……っ!」


 ドアの隙間から悠作の低い声が漏れた瞬間。

 黒ずくめの不審者はビクッと肩を跳ねさせ、サングラスを少しだけずらして隙間の奥を凝視した。

 そして次の瞬間、悠作の全く予想外の行動に出た。


「つ……っ、ついに、見つけましたぁ……っ!」


 ドサッ、と。

 不審者はその場に両膝をつき、コンクリートの通路に額を擦り付ける勢いで、完璧な土下座の姿勢をとったのだ。


「……は?」


 悠作は半開きのドアの隙間から、土下座する黒ずくめのつむじを呆然と見下ろした。

 セールスでも宗教勧誘でもない。いきなりの土下座。悠作の乏しい人生経験の中のどの引き出しを開けても、目の前の状況に対する正解は見当たらなかった。


「お、お師匠様……ッ! ああっ、まさかこんなところでお会いできるなんて……私、感動で胸が張り裂けそうです……ッ!」

「……えっと、人違いじゃないですかね」


 悠作がそのまま静かにドアを閉めようとすると、不審者はガバッと顔を上げ、ドアの隙間に向かって猛烈な勢いでまくしたて始めた。

 息継ぎすら忘れたような、異様な早口だった。


「人違いなわけありません! 私、あなたのあのゴミを見るような冷徹な眼差しを見た瞬間から、ずっと心臓の震えが止まらないんです……!」


 不審者は邪魔なマスクとサングラスをもぎ取り、興奮に血走った美しい瞳をギラギラと輝かせている。


「絶望的なS級ボスを前にしても一切揺るがない、あの完成された無の境地! 恐怖でも高揚でもなく、ただ『面倒くさい』とでも言いたげなあの気怠げな表情! あああっ、思い出しただけでゾクゾクしますっ! 全てが私の理想、私が探し求めていた究極の強者の姿そのものですっ!」

「……」

「どうか、どうか私をあなたの一番弟子に! いえ、身の回りのお世話をする専属メイドに! あわよくば、妻にしてくださいっ!!」


 あまりの熱量と狂気に当てられ、悠作の思考は完全に停止した。

 何を言っているのか半分も理解できなかったが、とりあえず「昨日ダンジョンで俺がでかいトカゲを弾き飛ばした動画を見て、頭がおかしくなった熱狂的なファン」だということだけは理解できた。


(……最悪だ。ネットで変にバズると、こういうヤバい奴が直接家まで来るのか)


 悠作の顔から、スッと血の気が引いた。

 相手がただの人間ならまだしも、この不審者の土下座からの異常なバネの効いた起き上がり方や、わずかに漏れ出ている魔力の質からして、かなりの高ランク探索者であることが窺える。こんな面倒極まりない連中に関われば、休日のゲームの予定も、平穏なフリーター生活も完全に崩壊してしまう。


「あー……すみません。そういう弟子とか妻とか、募集してないんで。お引き取りください」


 悠作はひどく事務的な、コンビニのレジ打ちのような冷めきった声で告げると、そのまま容赦なくドアを閉めようとした。


「ま、待ってください! お話だけでも……!」


 ガツンッ!

 不審者が咄嗟にドアの隙間に右足をねじ込み、強引に閉まるのを阻止した。

 彼女――トップVtuberでありA級魔法剣士でもある高橋すずは、自身の魔力を脚力に極限まで集中させ、強引にドアを押し開けようと試みた。A級上位の彼女の筋力強化は、大型トラックを素手でひっくり返すほどの出力を誇る。錆びついたアパートのアルミドアなど、本来なら紙くずのように吹き飛ぶはずだった。


 だが。

 すずがどれだけ歯を食いしばり、床のコンクリートが『ミシミシッ』と悲鳴を上げるほどの力を込めても、わずか十センチ開いたドアは、それ以上一ミリたりとも動かなかった。


「……っ!?」


 すずは驚愕に目を見開いた。

 ドアの向こう側。隙間から見える悠作は、片手をただドアの縁に軽く添えているだけだった。踏ん張る素振りも、魔力で強化している気配すら全くない。

 なのに、すずの全力の押し込みが、まるで巨大な城壁に阻まれたかのように完全に無力化されているのだ。


(なっ……私の全力の身体強化が、微動だにしない……!? これが、純粋な腕力……っ!)


 すずの中で、畏敬の念がさらに爆発的に膨れ上がった。

 映像で見た力は本物だった。いや、映像以上の理不尽なまでの実力差。このだぼだぼの作業着を着た無気力な男こそが、間違いなく自分が探し求めていた究極の『強者』だ。


「あの、足挟みますよ」


 悠作はひどくうんざりした声で言った。

 彼からすれば、新興宗教の勧誘員が無理やりドアをこじ開けようとしているのを、ただ手で押さえているだけの認識だった。相手の出力がどれほど高かろうと、ステータスがカンストしている悠作にとっては、子供が体当たりしてきているのと大差ない。


「あ、開けてくださいお師匠様! 私、怪しい者じゃありません! 天音ルミです! あの、登録者三〇〇万人の……!」

「ルミ? 知りませんね。とにかく帰ってください」

「知らない!? 嘘でしょ……いや、そんな俗世の娯楽に興味を持たないところも最高にクールです……ッ! でもお願いですから、お話だけでも!」

「いや、いいです。帰って」

「お願いしますぅぅぅ!」


 ギギギギギギッ、と錆びた蝶番が嫌な音を立てて悲鳴を上げる。

 片足をねじ込んで魔力を爆発させ、必死の形相でドアをこじ開けようとするトップVtuber。

 対する悠作は、欠伸でもしそうな死んだ魚の目で、片手だけでそのドアを静かに押し返している。

 足元では、腹いっぱいに廃棄弁当を平らげた黒い子犬が、大きなあくびをしてゴロンと寝返りを打った。

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