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電脳公安0課:相棒AIは嘘を嗤う  作者: Futahiro Tada
第1章:回収対象:時任ユウ

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2:回収部隊

2:回収部隊


 雨の線が、路地の入口で一度だけ途切れた。

 そこに立つ義体兵の輪郭が、空気そのものを切り取っているみたいに見えたからだ。

 企業私兵モデル。装甲は黒ではなく、濡れた炭のような暗灰。肩と胸に、見覚えのないロゴ――いや、ロゴの残骸だけがある。わざと削ったような痕。所属を隠すときのやり口だ。赤い光が、そいつの眼窩で点滅した。

《NEON》が俺の電脳の奥で、いつもより短く言う。

「相手は二体。入口左、屋上。熱源と足音の位相が二つ」

「屋上?」

「上。君が見上げない癖を学習してる」

 俺は視線を上げた。雨の粒が顔面のセンサーに当たり、スキャンが自動で補正する。屋上の縁、ビルの影に、もう一体がいた。人間の形をしているのに、存在感が薄い。光学迷彩か、あるいは古いAR撹乱を纏っている。

「歓迎会が派手すぎるな」

 俺が言うと、ネオンは鼻で笑うような信号を送ってきた。

「歓迎じゃない。回収。君は荷物扱い」

 路地の入口の義体兵が一歩踏み出す。金属が水を踏む音。硬く、一定。近づくにつれて、雨音が遠のくような錯覚が起きる。あいつの周囲だけ、音の位相がズレている。静音化。戦闘用の耳障りの良さ。

 俺の義体が勝手に戦闘モードへ移行しようとした。関節が固くなり、筋肉代替材が張り詰める。脳が「戦う」と決める前に、身体が「戦える」と言ってくる。

 ――この感覚が嫌いだった。

「ユウ、制御を握れ」

 ネオンが言う。

「君の身体は君のものだ、と証明するためにも」

「そんなこと言うキャラだったか?」

「今からなる」

 入口の義体兵が腕を上げた。銃ではない。手の甲が開き、そこから細い針の束が覗く。神経接続用の針。殺すより先に、電脳に刺して落とすつもりだ。

「拘束優先だ」

 俺は呟いた。

「当たり前。回収対象を破損すると叱られる」

 俺は一歩後ろへ下がり、壁沿いに体を滑らせた。足裏の吸着が瞬時に調整され、濡れた路面でも滑らない。義体の便利さは、こういうときだけは素直にありがたい。

屋上の影が動いた。上から何かが落ちる。

 小さな円盤――ドローン。雨粒を切り裂きながら下降し、俺の頭上で止まった。眩しいライトが点き、視界が白く焼ける。

「眩し――」

 言い終わる前に、耳の奥が軽く痺れた。音じゃない。電脳の通信帯域が一瞬だけ圧迫される。ジャミングだ。


《警告:外部干渉》

《視覚補正:不安定》

《聴覚補正:遅延》


「やるね」ネオンが言った。「これは君への攻撃というより、私への嫌がらせ」

「助けてくれよ」

「助ける。だが、私が前に出ると君の中の未登録回路が勝手に反応する可能性がある」

「……さっきのメッセージのせいか」

「そう。外部が君の義体に鍵を投げた。鍵穴があるのが問題」

 入口の義体兵が距離を詰めてくる。

 俺は、近くのゴミ箱――金属コンテナを蹴った。義体の脚力で、コンテナが水しぶきを上げて滑り、義体兵の足元へ突っ込む。相手は避けない。装甲に当たって凹み、音が響く。

 その瞬間、俺は踏み込んだ。

 拳を振るう。義体の拳は重い。空気を押し、雨粒を弾き、拳の軌道に沿って水の筋が引かれる。

 義体兵は腕で受け、衝撃を吸収した。受けたのに、退かない。強い。

「義体の出力、君より少し上」ネオンが冷静に分析する。「だが、制御の癖が古い。右肩の関節が遅れる」

「分かった」

「分かったなら、殴れ」

 俺は右肩の遅れを狙う――ふりをして、逆に膝を入れた。膝が腹部装甲に当たり、鈍い反発。俺の足首がきしむ。

 相手の腕が伸び、針が俺の首へ向かう。狙いは頸部の接続ポート――義体と電脳の境目。

「まずい」

 反射で首を捻る。針が頬をかすめ、外装の皮膚を裂いた。痛みは薄いが、警告が鳴る。


《外装損傷:軽微》

《神経接続:未遂》


 俺は相手の手首を掴み、捻った。義体同士の力比べ。相手の関節が軋み、雨水が飛ぶ。

 そのとき――俺の視界の端で、屋上の影が跳んだ。

 上から、もう一体が落ちてくる。

 着地音がしない。路地の奥、俺の背後を取る位置。光学迷彩が解除され、濡れた装甲が露わになった。

「挟まれた」

 ネオンが言う。「退路は右。壁に埋め込み装置。君が触ったやつ」

「触ったらまたノイズが――」

「触らない。壊す」

 俺は、入口の義体兵の腕を引き寄せるようにして体を回した。相手の重心が一瞬だけ浮いた。

 その浮いた瞬間に、背後の義体兵が腕を伸ばす。拘束具。輪っか状の金属が俺の胸へ――。

 俺は、引き寄せた義体兵を盾にした。

 輪っかが相手の胴に巻きつき、金属が締まる音。

 義体兵の装甲がきしみ、内部の駆動音が乱れた。拘束具は本来、義体の関節を止めるためのものだ。盾にした相手の動きが鈍る。

 背後の義体兵が一瞬止まった。味方を拘束してしまったからだ。

 その一瞬で、俺は壁の埋め込み装置へ跳んだ。

 装置のある壁面に、拳を叩き込む。

 義体拳がコンクリを砕き、塗料と雨水が飛び散る。中から金属板が露出し、ケーブルが見える。装置が悲鳴のように火花を散らした。

 同時に、電脳の奥が――冷たくなる。

 ノイズではない。

 誰かが、こちらを見ている感覚。


 回収対象:時任ユウ

 状態:稼働

 位置:確定


 画面じゃない。文字じゃない。

 感覚として、命令が降りてくる。

「ユウ、落ち着け」ネオンが珍しく焦っている。「その回路が勝手に応答する」

「応答したらどうなる」

「君の身体が都市側の制御下に入る可能性がある」

 ――俺の身体は、もう俺のものじゃない。

 さっきの言葉が、骨のない頭蓋の内側で反響した。

 背後で、拘束された義体兵が動きを取り戻し始めていた。拘束具を内側から破る出力。

 もう一体も、俺を真っすぐ見ている。赤い光。二つ。

「逃げるしかない」

 俺が言うと、ネオンは即答した。

「逃げる。そして、生き残る。ついでに、死者のログも回収する」

「死者のログ?」

「君が壊した装置、最後に吐いたデータがある。拾える」

 視界の隅に、小さなパケットが落ちていた。

 雨の中に落ちた光の粒――データの欠片。ネオンがそれを掬い上げ、俺の電脳に転送する。

 瞬間、映像が走った。

 暗い部屋。

 誰かの手。

 白い手袋。

 机の上に、義体のパーツ。脳殻のカバー。

 そして、聞き覚えのある声が、短く言う。

「――起動確認。回収対象は公安に入る。これで都市の目を手に入る」

 映像はそこで途切れた。

 短い。だが致命的に嫌な情報だ。

「公安内部?」

 俺は息を吐く。吐かなくてもいいのに、吐いた。

「断定は早い」ネオンが言う。「でも、可能性は十分。装置がこの位置にある時点で、現場を選んでいる」

「俺をここへ誘導した?」

「課長の指示も、ログの異常も、偶然じゃない可能性がある」

 背後の義体兵が動いた。拘束具を引きちぎり、腕を振り上げる。

 その腕に、針がある。

「時間切れ」ネオンが言う。「右の排水路。人間は入らないけど、君なら入る」

「排水路?」

「下層区画の旧インフラ。都市OSの監視が薄い。――盲点」

 俺は地面に目をやった。路面の一角、鉄格子。そこから水が吸い込まれていく。

 人間が入るには狭い。だが義体なら、関節を畳めば入れる。

 俺は走った。

 走る瞬間、背後の空気が裂ける。針が飛ぶ音。

頬をかすめたときより、今度は深い。肩口に衝撃。外装が破れ、義体の内部に何かが刺さる 感覚。


《警告:侵入》

《外部デバイス:接続》

《遮断:未完了》


「くそ……刺さった」

「抜くな」ネオンが言う。「抜くと接続が確定する。刺さったまま、遮断する」

「どうやって」

「君が排水路に落ちたら、物理的に遮断できる。水と金属で通信が乱れる」

 俺は格子の上に飛び、指を差し込んで引き剥がした。義体の指が鉄を曲げ、格子が外れる。

 そこから、冷たい水の匂いが上がってきた。腐った都市の匂い。下層の匂い。

 背後で義体兵が叫ぶ――機械の声で。

「回収対象、停止せよ」

 停止。

 その言葉に、俺の身体の奥で何かが反応した。

 膝が一瞬、抜ける。筋肉代替材が命令待ちの硬さになる。

「ユウ!」ネオンが叫ぶ。「その命令、君の未登録回路が受け取ってる!」

 俺は歯を食いしばった。歯も義体だ。食いしばる意味は薄い。

 それでも、意思としてやった。

「止まらない」

 声に出す。

 俺の電脳の中で、ネオンが何かを組む。熱い処理。普段の皮肉が消えた、真剣な動作。

「君の中の回路に、ノイズを入れる。少し痛い」

「痛いのは嫌だ」

「今さら」

 次の瞬間、頭の奥が焼けるように熱くなった。電気の痛み。記憶の端が焦げるような感覚。

 視界が揺れ、雨粒が長い線になった。

 でも、膝が戻った。

 身体が、自分の意思に戻ってくる。

「……ありがとう」

 俺が言うと、ネオンはいつもの調子で返した。

「礼は後。私は君の死体処理係じゃない」

 俺は排水路へ身を滑り込ませた。

 狭い。冷たい。水が義体の外装を叩き、肩に刺さった針が震える。

 背後で、義体兵が手を伸ばす。赤い光が近づく。

「落ちろ」

 ネオンが言う。

「命令するな」

「提案。落ちるのが最適解」

 俺は、落ちた。

 暗闇。

 水音。

 金属の壁。

 体が回転し、肩が壁に当たる。針が揺れ、そこから走る信号が一瞬だけ途切れる。


《外部デバイス:切断》

《接続失敗》

《遮断:成功》


 俺は水の中で、息を止めた。息を止めても死なない。

 だが、浮上するために体を動かす。手を壁に当て、押し上げる。暗い排水路の天井に、微かな光が見える。上の格子から漏れる、路地のネオン。

 俺は水面から顔を出した。

 雨の音が、遠い。

 上では、義体兵たちが格子の隙間から下を覗いているはずだ。だが降りてこない。狭すぎる。

 彼らは回収が目的で、破壊は目的ではない。だからこそ、ここで追跡を切り替えるだろう。

「追ってくる?」

 俺が聞くと、ネオンは答える。

「来ない。別の手段で追う。都市の監視網を使う」

「ここは盲点じゃなかったのか」

「薄いだけ。ゼロじゃない。だから急ぐ」

 俺は排水路を進み始めた。水は膝まで。義体の足が水を切り、音が響く。

 壁には古い配線。ところどころ腐食した端末。都市が捨てたインフラ。なのに、ここにも微かなデータの流れがある。都市は捨てたものも見ている。

「ネオン」

「何」

「さっきの映像……『回収対象は公安に入る』って言ってた」

「聞いた」

「俺は、最初から仕込まれてたのか」

 ネオンは少し間を置いた。

「君は新人だ。新人は疑わない。新人は疑われない。だから仕込みに向いている」

「……最悪だな」

「最悪なのは、君がそれを認められる頭を持っていること。だが同時に、それが生存確率を上げる」

 排水路の先、梯子が見えた。上へ出るための古い梯子。錆びている。

 俺は手をかけ、上へ登った。義体の指が錆を砕き、金属の味が仮想的に舌に広がる。気持ち悪い。

 地上へ出ると、そこは下層区画の別の路地だった。

 空気が違う。雨はまだ降っているが、音が少ない。監視ドローンの羽音がない。広告ARも薄い。

 都市の目が弱い場所――だからこそ、犯罪が集まる。

 俺は壁にもたれた。肩の針がまだ刺さっている。触れないように、外装の裂け目から覗く。黒い針。先端が微かに青く光っている。まだ生きているデバイス。

「抜け」

 ネオンが言う。

「抜くなって言っただろ」

「遮断した今なら抜ける。刺さったままだと、物理的な追跡タグとして機能する可能性がある」

 俺は頷き、針の根元を掴んだ。義体の指が繊細に力を調整する。

 引き抜く。

 湿った音。

 針の先端に、微細な電極と、極小のチップが見えた。

 ネオンが即座に解析し、結論を出す。

「追跡タグ兼、命令受信機。……なるほど。君を『停止』させるための装置」

「俺の身体に命令が通る前提で作られてる」

「だから、君の中に回路がある。未登録の」

 俺は針を握りつぶした。チップが潰れ、微かな火花。

 その瞬間――視界の隅に、また文字が走った。


 回収対象:時任ユウ

 自律行動:確認

 対処:フェーズ2へ移行


 背筋が冷たくなる。

 ネオンが低く言う。

「来る。次は、もっと露骨に」

「誰が?」

 俺が問う。

 ネオンは、答えにくそうに一瞬黙った。

「……都市OS。もしくは、それを使える誰か。つまり――都市の中枢に近い人間」

 俺は笑いそうになった。笑えなかった。

 新人刑事の初任務が、都市の中枢と喧嘩する話になっている。

「課長に連絡する」

 俺が言うと、ネオンは即座に遮った。

「ダメ。通信は監視される。課長が味方とは限らない」

「でも、俺らだけでどうする」

「味方を作る。都市の盲点にいる人間。――都市を嫌っている人間」

 その時、路地の奥で、誰かが拍手した。

 ぱち、ぱち、ぱち。

 乾いた音。雨に似合わない音。

 俺は反射で身構える。

 影から出てきたのは、一人の女だった。

 フードを被り、義体の腕が覗いている。装甲は粗い。企業製ではない。手作りの改造。

 彼女の目は、赤くない。人間の光だ。だが、瞳の奥に情報の層が見える。電脳が深い。

「公安の新人が、排水路から出てくるなんて」

 女は笑った。「面白い。都市に嫌われた顔してる」

「誰だ」

 俺は問う。

 女は一歩近づき、雨に濡れた髪を払った。

「あなたが探してる死者のログ――あれ、まだ続きがあるよ」

 そう言って、女は自分のこめかみを指で叩いた。電脳のジェスチャ。

「私の中に、半分入ってる。残り半分は……都市の中枢にある」

 ネオンが、俺の頭の中で囁く。

「彼女は危険だ。でも、今の君には危険しか選択肢がない」

 女は、俺の肩の裂け目――針の刺さっていた場所を見て、目を細めた。

 そして、静かに言った。

「回収部隊に狙われたね。……おめでとう。あなたはもう市民じゃない」

「何なんだよ、それ」

 俺は吐き捨てた。

 女は、雨の中で、淡く笑う。

「都市OSにとって、市民は保護対象。回収対象は――部品」

 その言葉が、俺の中で、硬い音を立てて落ちた。

「名前は?」

 俺が問うと、女は一拍置いて答えた。

「シキ。旧下層の記憶屋。……そして、都市OSに消された人間の、残りカス」

 雨が降り続ける。

 ネオンの声が、いつもより静かだった。

「ユウ。君の初任務は終わった」

「終わった?」

「今からが本任務だ。君自身の捜査だ」

 シキが手を差し出す。

 その指先に、微かな光。データの欠片が踊っている。

「ねえ、公安さん。取引しよう」

「取引?」

「あなたの命と、都市の秘密。どっちも欲しいでしょ?」

 俺は、彼女の手を見た。

 そして、雨の向こうの都市を見た。

 都市は何も言わない。ただ、静かに見ている。

 ――俺は、その視線に、初めて真正面から睨み返した。

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