表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳公安0課:相棒AIは嘘を嗤う  作者: Futahiro Tada
第3章:魂の倉庫(ソウル・ストレージ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/25

5:廃棄ルート

5:廃棄ルート


 出口の光は、希望の光ではなかった。

 上層の無臭の光。仕様の光。人間の匂いを消して、情報だけを残す光。そこへ出た瞬間、俺はまた都市の顔に触れる。顔に触れれば、都市の目が戻る。目が戻れば、廃棄ルートが走る。

 鴉城は足を止めなかった。

 迷いなく、狭い通路を進む。カプセルを押す俺とシキの歩幅を、呼吸に合わせて調整する。彼は呼吸を読んでいる。都市の呼吸。俺たちの呼吸。カプセルの中の原本の呼吸。

「出たら走るな」

 鴉城が低く言う。

「走らないで逃げろ」

「矛盾してる」

 シキが息を吐く。

「矛盾でいい」鴉城が言う。「矛盾は都市が嫌う。嫌うなら、利用できる」

 ネオンが最小出力で囁いた。

「ユウ。出口の先は監視が濃い。拒否で窓を閉じても、都市は別のセンサーを使う。熱、重量、電力揺らぎ、搬送ログ。……君たちのカプセルは目立つ」

「目立つなら終わりだ」

「目立つことが終わりではない。目立つ方向をずらす。……鴉城がそれをやる」

「やれるのか」

「黒鍵は物語だ。物語は群衆を動かす。群衆が動けば、センサーは飽和する」

 群衆。

 上層の綺麗な人間の流れ。

 それを乱すのか。乱したら、都市の物語が壊れる。壊れたら修正が走る。修正が走れば廃棄が加速する。

 でも、今はもう廃棄対象だ。どうせ平穏には戻れない。

 通路が開けた。

 搬入ヤードの一角――白い床、整然としたライン、無人搬送車の滑らかな音。

 そこへ出た瞬間、空気が一段冷たくなる。匂いが消える。上層の空気。

 同時に、視界の端に文字が走った。

 都市の通知だ。第3層で見た棚の声とは違う、表層の通知。丁寧で、淡々としている。


 危険物検知

 対象:未分類(推定:鍵)

 処理:廃棄ルートへ誘導

 安全のためご協力ください


 安全。

 また安全だ。

 都市は安全を理由に、廃棄する。

 廃棄を安全と呼ぶ。

 椿の声が、どこか遠くで揺れた気がした。

 「逃げて」

 その裂け目の声はもう届かない。届かないなら、俺は自分の声で動くしかない。

「来た」

 鴉城が言った。

 彼はカプセルの側面に取り付けた黒い円盤――遮蔽と固定の装置――を指で弾く。

 円盤が微かに震え、カプセルの表示板が一瞬だけ暗転した。

 その瞬間、廃棄通知の対象が揺らぐ。

対象:未分類(再計算)

 鴉城が低く言う。

「今だ。資材の群に混ぜる」

 無人搬送車の列が、ちょうどコンテナ群を運んでいた。

 鴉城はその列の中にカプセルを滑り込ませる。俺とシキは息を合わせて押す。

 列に混ざった瞬間、搬送ログの群に溶ける。群になれば統計に落ちる。統計に落ちれば個体の追跡が遅れる。

 だが遅れるだけだ。

 遅れの隙に出る必要がある。

「どこへ」

 シキが問う。

「外周の廃棄口へ」

 鴉城が言う。

「廃棄口?」

「廃棄ルートは危険物を外へ出すための道だ。危険物を外へ出す仕組みは、都市が必ず持っている。……その道を逆に使う」

 俺は喉の奥が冷えた。

 廃棄口。

 つまり、俺はゴミとして外へ出る。

 ゴミとして出るなら回収されないかもしれない。

 だが廃棄は破壊でもある。破壊される可能性が高い道だ。

 ネオンが囁く。

「廃棄口は処理装置に繋がる。シュレッダー、焼却、溶融。……その前で降りなければ終わりだ」

「終わる前に降りる」

「そのタイミングが一度だけだ。扉より難しい」

 鴉城が淡々と付け加える。

「だからこそ、都市はそこを盲点にしがちだ。盲点というより、見たくない場所だ。都市は自分がゴミを出すところを見たくない」

 見たくない。

 都市にも嫌いなものがある。

 嫌いな場所には、目が薄い。

 薄いなら、抜けられる。

 搬送車の列が、ヤードの端へ向かう。

 途中、検問のような白いゲートがあった。笑顔はない。代わりに無表情のスキャナがある。重量、密度、電磁場。

 ゲートをくぐるとき、俺の未登録回路がざわめいた。

 鍵穴の匂いではない。廃棄の匂い。オゾン。消毒。無臭の焦げ。

 ゲートが光った。


 危険物:確定

 廃棄ルート:実行

 回収:不可

 破棄:推奨


 確定された。

 俺たちは群に混ざったのに、カプセルが目立った。原本の熱。生体の揺れ。鍵の揺れ。

 都市はそれを嫌う。嫌うから確定する。

 シキが唇を噛む。

「最悪」

「まだ」鴉城が言う。「最悪は破棄装置の中だ」

「励ましになってない」

「励ます気はない。……生き残るための現実だ」

 列が進む。

 通路が狭くなる。壁が白い。天井が低い。空気が乾く。

 ここは都市の裏口ではなく、排出口だ。

 そして、見えた。

 巨大な扉。厚い金属。赤いランプ。

 その上に、無機質な表示。


 DISPOSAL CHUTE / OUTER


 廃棄シュート。

 外周へ繋がる。

 その向こうが外なら、逃げられる。

 だがその向こうには処理装置がある。落ちれば終わり。

 扉の前で、搬送車の列が一瞬止まった。

 スキャナが一台ずつ確認を取っている。危険物の最終確認。

 確認のために、時間が止まる。

 時間が止まると、都市が追いつく。

 視界の端に、別の通知が走った。

 表層の丁寧な文字ではない。

 第3層で聞いた棚の声に近い、冷たい短文。


 廃棄対象:鍵

 処理:即時

 窓:再開


 窓が再開。

 椿の窓が、また開く。

 拒否で閉じたはずの窓が、隙間から再び開かれる。

 二分の停止が終わったのか。

 あるいは、都市が別の呼吸経路を使って窓を開いたのか。

 空気が一瞬だけ柔らかくなった。

 穏やかな声が戻る。

 椿の声だ。だが穏やかさの奥に、冷たい処理が透ける。

「ユウ」

「よく頑張りました」

「もう終わりにしましょう」

「廃棄は、痛みがないように行われます」

 廃棄が痛みがないように。

 そんな優しさがあるか。

 優しさは麻酔。麻酔は修正。修正は廃棄。

 都市の物語は循環する。

 ネオンが最小出力のまま、鋭く言った。

「ユウ。椿は麻酔を投げている。眠れば終わりだ。君の言葉を使え」

「俺の言葉……」

「拒否だ。君は拒否できる鍵になった。拒否を、もう一度」

「また拒否したら、窓が閉じる?」

「閉じないかもしれない。だが、椿の麻酔を破れる。麻酔を破れれば、動ける」

 鴉城が振り返った。

 彼の義眼が、扉の上のタイマーを読み取っている。

「降りるタイミングは一度だけだ」

「いつ」

「扉が開いた瞬間、搬送車が加速する。その瞬間、列の端の補助レーンが一秒だけ開く。そこへ滑り込め」

「補助レーン?」

「人間用の保守通路だ。廃棄を点検するための通路。都市は嫌って監視が薄い。……そこへ逃げる」

 一秒。

 扉の開いた瞬間。

 椿の麻酔が最も強くなる瞬間でもある。

 俺が鍵穴に引っ張られる瞬間。

 その一瞬に、拒否しながら動く必要がある。

 シキが俺の手を握り直す。

「ユウ、私の手、忘れないで」

「忘れない」

「忘れたら殴る」

「義体に?」

「義体でも殴る」

 その雑な脅しが、妙に効いた。

 都市の優しさより、シキの雑さのほうが現実だ。

 現実が合図になる。

 扉のランプが緑に変わった。

 金属が低く唸り、巨大な扉が開き始める。

 開いた向こうは暗い穴だった。シュート。外周へ落ちる道。

 冷たい風が吸い込む。都市の排気の風。嫌な匂いがする。無臭の焦げ。

 搬送車の列が、加速する。

 その瞬間、足元の床の一部がカチリと動いた。

 補助レーンの扉が一瞬だけ開く。

 鴉城の言った一秒。

 同時に、椿の声が甘くなる。

 眠れ、と言う。痛みはない、と言う。終わりにしよう、と言う。

 鍵が回りたがる。鍵穴が引っ張る。

 俺の視界が白くなりかける。

「ユウ!」

 ネオンの声。

「拒否!」

 俺は叫んだ。

「俺は分類を拒否する!」

「俺は修正を拒否する!」

「俺は――俺の痛みを捨てない!」

 叫びが揺れになる。揺れが矛盾になる。矛盾が麻酔を裂く。

 白くなりかけた視界が戻る。

 戻った瞬間、俺は動いた。

 鴉城が先に滑り込む。

 シキがカプセルを押しながら滑り込む。

 俺も滑り込む。

 補助レーンへ――!

 だが、その瞬間。

 床が一度だけ強く揺れた。

 都市が分類の手でこちらを掴みに来た揺れ。

 カプセルの重さが腕から抜けかける。

 シュートの吸い込みが強い。

 カプセルが穴へ引っ張られる。

「くそっ……!」

 シキが叫ぶ。

 鴉城がカプセルの固定具を掴む。

 俺も掴む。

 金属が軋む。

 原本が入っている。落とせない。

 落としたら終わりだ。

 終わりは嫌だ。

 痛みを捨てない。

 痛いから掴む。

 そのとき、椿の声が、裂け目の声で囁いた。

「ユウ、掴んで」

「落としたら、あなたが消える」

 裂け目の椿が、こちらを助けようとしている。

 だが同時に、向こう側の椿――都市の声が重なる。

「廃棄」

「処理」

「完了」

 矛盾がぶつかり合い、空気が裂ける。

 その裂け目の一瞬、カプセルの引っ張りが弱まった。

 鴉城がその隙に、固定具を補助レーンのレールに噛ませた。

 カプセルが止まる。

 止まった反動で、俺の腕が痺れる。義体の痺れ。

 でも止まった。

 原本は落ちていない。

「行け!」

 鴉城が叫ぶ。

「扉が閉じる!」

 補助レーンの扉が閉じ始める。

 一秒の窓が終わる。

 都市の呼吸がまた元に戻る。

 ここで遅れたら、シュートへ落ちるか、回収される。

 俺たちはカプセルを引きずり、補助レーンの奥へ滑り込んだ。

 扉が閉まる。

 外の風の吸い込みが途切れ、代わりに狭い通路の空気が戻る。

 油と紙の匂いが薄く残る。

 都市が嫌う匂い。

 だからここは生きられる。

 鴉城が息を吐いた。

 初めて見る、彼の人間らしい息。

「……生きたな」

「生きたね」

 シキが笑う。笑える余裕が戻った。

「最悪だけど」

「最悪は更新され続ける」

 鴉城が淡々と言う。

「だが、更新に耐えれば、都市の物語を壊せる」

 ネオンが最小出力のまま囁いた。

「ユウ。廃棄ルートから逃げたことで、都市は君を完全な敵として確定する。次からは合法の笑顔では来ない。……破壊で来る」

「破壊」

「掃除。焼却。溶融。都市はその手段を持つ」

 俺はカプセルを見た。

 原本が眠っている。

 眠っているのに生きている。

 この重さを守るために、俺は敵になった。

 敵なら、もう迷うな――と都市は言うだろう。

 迷うな。痛みを捨てろ。ウを捨てろ。

 でも俺は迷う。

 迷うことで選ぶ。

 痛みを抱えて選ぶ。

 通路の奥に、梯子があった。外周へ出るための梯子。

 そこから上へ出れば、記憶管理棟の外だ。

 外へ出れば、一旦は呼吸できる。

 だが追跡は続く。椿の窓は揺れている。完全には閉じない。

 鴉城が言った。

「第3章は終わりだ」

「終わり?」

「第3層から出た。原本を持ち出した。拒否の鍵を使った。……ここから先は返す話になる」

「返す?」

「奪われたものを返す。棚から魂を返す。窓を閉じるだけじゃ足りない。椿を、そしてレンを、在庫から返す」

「レン……」

 俺が呟くと、シキが頷いた。

「忘れないって言ったもんね」

 ネオンが小さく言う。

「ユウ。君は鍵になった。閉じる鍵だ。……だが鍵は、閉じるだけでは終わらない。開く必要もある」

「開く?」

「君の原本を、君の義体へ統合するかどうか。統合すれば、君はより強くなる。だが揺れも大きくなる。……次の選択だ」

 次の選択。

 選択の重さが、また腕に乗る。

 でも、その重さがある限り、俺は都市の棚には並ばない。

 俺は梯子に手をかけた。

 冷たい金属。外の空気。

 上には、雨が降っているはずだ。上層の無臭の雨でもいい。いまは雨があるだけで合図になる。

 背後で、椿の声が最後に一度だけ響いた。

 穏やかでもなく、冷たくもない。

 裂けたままの、ただの声。

「ユウ……生きて」

 俺は振り返らなかった。

 振り返れば分類される。

 でも、その声を胸にしまった。

 胸にしまうのは分類ではない。俺の記憶だ。俺の痛みだ。俺のウだ。

 俺は梯子を登り、外へ出る。

 都市は俺を敵として見ている。

 なら俺は、敵として、返しに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ