正しさと親睦会未遂
開いてくれてありがとうございます
楽しんでください
「……それでいいの?」
ぽつりと漏れた私の声に、レインは一瞬だけ動きを止めた。
夜風が公園の木々を揺らし、葉擦れの音が間を埋める。
「あー……真面目だねぇ、マフは」
いつもの軽い調子。
でも、目だけが笑っていなかった。
「遅れた理由、気になる?」
レインは少しだけ視線を逸らし、夜空を見上げる。
「こことは反対側の区画でさ。
もう一体、出てたんだよ。“おばけ”」
「……二体目って事ですか」
「そ。しかも、ちょっと質が悪いやつ」
レインは指でこめかみを軽く叩いた。
「いやー魔力の反応が濃くてさ、暴走しかけてた。
放っといたら、被害出てたと思う」
その言い方は淡々としているのに、どこか疲れが滲んでいた。
まるで“よくある話”を報告するみたいに。
「だから、別の魔法少女と組んで処理してきたの。ほら、私ひとりだと上から怒られるし?」
冗談めかして肩をすくめる。
でも、その冗談に誰も笑わなかった。
「……それで、こっちは後回し、ですか」
アイカの声が低く響く。
責めているというより、事実を確認するだけの声音だった。
「結果的には、ね」
レインはあっさり認めた。
「でもさ、アイカが来てたし。生きてるし。
新人にしては上出来すぎるくらいだと思うよ。初回で死ぬ子、少なくないんだよ。」
「……」
"死ぬ"という単語で心臓が大きく揺れる。
本当に死んでたかもしれないんだ。
「全部、選べないんだよ」
不意に、レインの声から軽さが消える。
「助ける順番も、間に合うかどうかも。
大人が作ったルールと、現場の地獄の中でさ」
くるっと振り返ったとき、彼女はまた笑っていた。
でもその笑みは、ほんの一瞬だけ、ひどく寂しそうで――
どこか、もう諦めきった人の顔だった。
「だから私は、間に合った方を“正解”にするだけ」
アイカが何か言いかけて、口を閉じる。
軍帽の影に隠れた横顔が、わずかに強張っていた。
「……次は、もっと早く来ます」
アイカが、さっきと同じ言葉を繰り返す。
でも今度は、それが自分自身に向けた誓いみたいに聞こえた。
私は二人を見比べる。
飄々とした先輩と、感情を押し殺した年下。
どちらも、この世界で戦うために、何かを置いてきた人たちだ。
(これが……魔法少女)
胸の奥のざらつきは、消えなかった。
暗い顔をするマフに気付き。レインがぱん、と軽く手を叩いた。
「はいはい、湿っぽい空気はここまで」
急にいつもの調子に戻る。
「気分転換しよ。ラーメンでも食いに行かない?」
「……は?」
あまりに唐突で、間の抜けた声が出た。
「この近く、夜でもやってるとこあるんだよ。初仕事の打ち上げってやつ?」
レインはにやっと笑う。
「私は帰ります」
即答だった。
アイカは帽子のつばを下げたまま、きっぱり言う。
「明日も学校がありますし、帰って勉強します」
「えー、堅っ。相変わらずだなー、あいにゃん」
「……だからその呼び方やめてください」
嫌そうに眉をひそめるアイカを見て、レインは楽しそうに肩を揺らした。
「でもさ、ずっとそんな調子だと身がもたないよ?ほら、マフもいるしさ」
急に話を振られて、マフは一瞬言葉に詰まる。
「え、私……?」
「そそ。新人ちゃんも交えて親睦会。大事大事」
そう言ってから、レインは思い出したように付け足した。
「あ、そうだ。この地域、もうひとりいるんだよ魔法少女が」
「……そうなの?」
レインは指を立てて、楽しそうに言う。
「そいつも誘ってさ、みんなで行こうぜ」
「……はぁ?」
アイカの顔が、露骨に曇った。
「必要ないと思います」
「出た。拒否反応」
レインは苦笑する。
「まあまあ。無理に仲良くしろとは言わないけどさ、顔合わせくらいしといた方が楽だよ?いこーぜぇ」
アイカは何も言わなかったが、明らかに不機嫌そうだった。
三人で公園の出口へ向かう。
街灯の光が少しずつ強くなって、夜の気配が薄れていく。
そのときだった。
「……あ」
レインが足を止める。
ちょうど公園を出たところで、向こうから歩いてくる人影があった。
制服姿。
でも、私たちの学校のものとは少し違う。
肩あたりで揃えられた髪は木の葉っぱと一緒に風でゆらゆら揺れている。
その少女もこちらに気づいたらしく、立ち止まる。
一瞬、空気が張りつめた。
「…げっ」
相手はレインの顔を見るからに嫌そうな顔で見ている。
「おいおい『げっ』とはなんだ。先輩だぞー?こんな時間にパトロール?相変わらず真面目だなー」
「そっちこそ。こんなとこで何してるんですか?まーたなんか変な事でも…」
彼女は喋っている最中にこちらに気づいたようで、視線を向けてくる。
「言ってた新人ですか?」
「そうそう。マフって子で、こっちは――」
レインが少女の方に体を向ける。
「……"ライチ"です。アイカさんと同い年なのでよろしくお願いします。」
彼女はニコッとマフに笑いかける。
(この人が……)
レインがにっと笑う。
「今からラーメン行くとこなんだけどさ。一緒にどう?」
ライチはマフの時と打って変わって露骨に嫌そうな顔をした。
アイカも、同じくらい嫌そうな顔をしている。
「……遠慮します」
「私もです」
「私も遠慮しようかな…」
レインは「えー」と不満そうな声を上げる。
「なんでそんな揃いも揃って嫌がるかなぁ」
「油っこいですし、時間も遅いです」
「私は帰って寝ます」
「私は普通に帰りたいなぁ」
三方向からの拒否に、さすがのレインも肩をすくめた。
「はいはい。わかりましたよー」
そう言いながらも、どこか楽しそうだ。
「でもさ」
レインはマフの方を見る。
「せっかくなら仲良くしない?こうやって会えたのも奇跡なんだし」
「……そう、なのかな」
ライチはメガネの位置を指で直しながら、静かに言う。
「ま、現場で会うよりは、マシですね。」
「でしょ?」
「でもレイン先輩はラーメン食べたいだけでしょ?」
「違うよー」
レインは満足そうに笑った。
アイカは少しだけ視線を上げ、マフを見て、小さく会釈した。
「では、私はこれで。…今回無事で、よかったですね」
アイカは体の向きを変えてレインが指していた方向の逆に歩きだす。
それは事務的な言葉だったけれど、どこか本心が混じっているようにも聞こえた。
その背中にマフは声をかける。
「…わ、私もあいにゃんって呼んでいいかな?」
アイカはピタッと動きを止める。
そして小さな声で、
「…好きにしたらどうですか。」
と呟いた。
「えー?!なんで!?私の時あんな嫌そうなのに!?」
レインは不満そうな顔をする。
「まぁ、レイン先輩ウザいですからね」
ライチは納得と言わんばかり顔をする。
二人の顔をみてマフはクスクスと笑ってしまう。
マフは少し、魔法少女って辛いばかりではないかもしれないと、思ってしまった。
ありがとうございました
また読んでください




