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『これにて一件落着』
地上に降り立ったサイカはドラゴンの姿のままで、腕を組んで器用に直立していた。ソフィア様は山よりも巨大なサイカの姿に圧倒されながらも、僕と彼女に感謝の言葉を伝える。
「サイカ様、ファントムを倒していただき本当にありがとうございました。アーノルド国が長年抱えていた脅威がなくなり、国民たちも安心して暮らせるように……なるで……しょう……」
ソフィア様はふと顔を落として、言葉を詰まらせる。彼女の足元に、水の雫が落ちていくのが見えた。
自分を縛り付けていたファントムという存在が消えたのだ。これで彼女がベッドの上で寝たきりの生活を送ることはもうない。彼女が涙を流して、溢れ出る感情を隠し切れないのも無理はない。ただ、僕は彼女になんと声を掛ければいいのか戸惑っていた。
「がんばったね」
僕はどうすればいいのか分からずに、あたふたとしていると、リサさんがそっとソフィア様を抱きしめた。リサさんが頭をやさしく撫でると、ソフィア様は嗚咽を漏らしながら彼女の胸元に顔を埋めた。
「ハルトと初めて会った日もこうやって慰めてあげたっけ?」
リサさんが悪い笑みを浮かべて僕の方に視線を向けてくる。
「……そんなこともありましたね」
リサさんの胸を借りて大泣きした在りし日の想い出が蘇る。思い出すだけでも、顔から火が出そうな程恥ずかしい記憶だが、僕は極めて冷静を装って言葉を紡いだ。
そういえば、僕はスタツの街の近くで目覚めたわけだけど、どうして僕はあんな場所で寝ていたのだろうか。
『マスターが森で寝てたのは、あそこで私が力尽きたからなんだよね。異世界まで転移するとなると、思ったよりマナを持っていかれちゃって』
僕の心の中の質問に答えてくれたのはサイカだった。彼女の言葉に思わず自分の耳を疑った。
「僕をこの世界に連れてきたのはサイカなの……?」
『あっ……それは……』
彼女の反応を見る限り、僕の聞き間違いではなかったようだ。サイカは巨大な体を一目でわかるほど縮こまらせて、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
『マスターからしたら迷惑だったよね……突然、別の世界に連れて来られて……』
まるで怒られた子供のように小さくなってしまって言い訳をするサイカ。僕は彼女の誤解を解くために、頭を大きく左右に振った。
「怒ってるわけじゃないから、安心して。むしろ、感謝の気持ちしかないよ」
リサさんと、いつの間にか泣き止んで顔を上げているソフィア様の二人と目が合う。
「この世界に来れたおかげで、僕はリサさんやソフィア様と知り合うことができたんだ。彼女たちだけじゃなくて、ソフィさんにキャロリーナさん。スタツの街のアマリスさんやエルザさん。他にも多くの人と出会うことができた」
病院のベッドで過ごしていた時には――いや、地球に居ては出会えなかった人たちと仲良くなることができたのは、この世界にやってこれたからだ。
それに、この世界では僕は自由に体を動かすことができる。文句などサイカに言えるはずもなかった。
『でも、マスターは日本に心残りもあるよね』
まったくないと言えば嘘になる。やはり、一番の心残りは両親や叔父さんに別れの言葉を告げられなかったことだろう。病気で寝たきりだった僕の為に、これまで尽くしてくれたことのお礼は伝えたかった。
『……マスターは元の世界に帰りたい?』
彼女の口ぶりはまるで、地球に帰れるような言いぐさだった。いや、実際に帰ることができるのだろう。僕をこの世界に連れてきたのは彼女なのだから。
「……帰れるの?」
『うん』
確認の為にサイカに質問すると、彼女はごく自然に頭を縦に振った。日本に帰れるとわかった瞬間に頭の中に、両親の顔や叔父さんの顔が浮かび上がってくる。
僕の心の中は、彼らに会いたいという気持ちでいっぱいになった。
「元の世界に帰るとは、どういうことでしょうか……?」
ソフィア様は不思議そうな顔をして誰に問いかけるでもなく言葉を口にした。この場にいる中で彼女だけが、僕が違う世界からやってきたということを知らないのだった。
「それはね……えーっと」
罰の悪そうな顔をしてリサさんが言葉を濁らせる。ソフィア様に伝えてもいいのか悩んでいるのだろう。
「信じられないかもしれませんが、僕はこの世界とは別の世界からやってきたんです」
僕はこれまで起きた出来事をかいつまんで彼女に話した。すると、ソフィア様は寂しそうな顔を浮かべた。
「元の世界に帰られるということは、こちらの世界にはお戻りにならないということでしょうか……」
ソフィア様の言葉を聞いてリサさんも浮かない顔つきになった。僕との別れを想像したのだろう。
正直なところ僕だってまだ自分の気持ちがわからない。元の世界に帰りたいのか、この世界に残りたいのか。
僕はどうすれば、いいんだろうか。




