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馬車での移動は、あの後何事もなく順調に進んだ。日が暮れる前には、一晩泊ることになっている村に無事にたどり着くことができた。
平原のど真ん中に、簡易的な柵で円形上に囲まれている村には、何軒かの家が建てられていた。村というよりは、集落という言葉の方が正しいかもしれない。非常に小さな集まりであった。
馬車は一軒の家の前で歩みを止める。他の家が平屋なのに対して、目の前の家は二階建ての木造の家だった。この村の村長の家だろうか。
御者の騎士に誘導されて、馬車の外に降りる。地面に足をつけると、体がまだ揺れている感覚に襲われた。
「すぐに治しますね、マスター」
直後に降りてきたロアさんが、僕の肩に手を置いて回復魔法を施してくれる。彼女の手から温かい何かが、全身に広がっていく。すぐに体が揺れている感覚は収まった。
「ありがとう、ロアさん」
彼女はふわりとした笑顔を浮かべると、後から降りてくるリサさんやソフィア様に同じ動作を行っていた。女性二人の顔も晴れやかな笑顔を浮かべて、ロアさんに感謝していた。
「ソフィア様、お待ちしておりました」
馬車を降りて、まず初めに僕たちを出迎えてくれたのはキャロリーナさんだった。彼女は僕のことを一瞥してから、すぐにソフィア様の方に視線を向ける。
「キャロリーナ、ご苦労様でした。ハルト様とリサ様の泊る場所は確保できましたか?」
「はい、この家とは別に、村長の息子夫婦の家の一室をお借りすることができました。もちろん、それなりの謝礼は支払い済みです」
「結構です。キャロリーナ、ご苦労様でした」
跪いて報告をしていたキャロリーナさんに、ソフィア様は労いの言葉をかける。しばらくソフィア様は無言で立ち尽くしていたが、キャロリーナさんは、首を垂れたまま動こうとしなかった。
「まだ何かあるのですか?」
事情を察した彼女はキャロリーナさんに問いかける。その言葉を待っていたと言わんばかりに、キャロリーナさんは顔を上げた。
「私めにスタツの街に帰ることを許可していただけませんか」
「……それはどういう理由ですか?」
キャロリーナさんの台詞は予期していなかったものらしく、ソフィア様は戸惑いを隠せない様子で、彼女に聞き返していた。
「村に体調の優れない子供が一人おります。スタツの街の回復術士の元まで、連れていきたいのです」
どうやらキャロリーナさんは、村の子どもの為にスタツの街まで帰りたいようだが、今から街まで帰るとなると夜道を走ることになる。
それならば、ロアさんに任せるのが、最も手っ取り早い解決方法だ。
「ソフィア様。その話はロアさんに任せてくれませんか?」
「お力をお借りしてもよろしいのですか?」
「いいですよね、ロアさん?」
「もちろんです。マスターの頼みなら何百人だって、治してあげますよ」
彼女は腰に手を当てて決めポーズを取る。ふざけているようにみえるが彼女だが、実力は折り紙つきだ。
「この村には何人暮らしているんですか?」
「キャロリーナ、村の人口は把握していますか?」
「ざっと三十人前後でございます」
「その人数くらいなら全員まとめて治せますね。件の子供以外にも、体に不調のある人がいれば、この場に集めて下さい。もし、自力で来れない人がいたら、ここまで運んできてくださると助かります」
「聞こえていましたね? 手分けして村中の病人を集めてきなさい」
ソフィア様の鶴の一声で、騎士たちが村中に散らばっていく。数十分もしないうちに、村中から、人が集まって来る。ざっと数えて十人はいるだろう。
少し顔色の悪そうな人もいれば、立っているのも辛そうな人もいる。特に集団の先頭にいる少年は、キャロリーナさんに抱きかかえられてぐったりしている。集められた人の中では、彼の具合が一番悪そうだ。
ロアさんの指示のもと、横一列に病人が並べられる。彼女は一人ひとり、顔色を確認したあとに、集団の前に移動し、銀色のスタッフを頭上高く振り上げた。
「それではいきますよ!」
神社でよく目にするお祓いをする神主さんのように、持っているスタッフを左右に振り始める。スタッフから淡い緑色の粒子が飛び散り、病人の体に吸い込まれていく。光をその身に受けた彼らは、みるみるうちに血色が良くなっていく。
「はい、もう終わりましたよ。まだ体調の悪い人はいませんよね?」
すっかり元気になった元病人たちが一斉に頷く。みんな元気になってよかった。
「ありがとう、騎士のお姉ちゃん!」
元気になった子供が、キャロリーナさんの腕の中で元気よく叫んだ。彼女はバツの悪そうな顔を浮かべて、少年をそっと地面に降ろした。
「私は何も……」
少年に返す言葉を模索していた彼女の元に、ソフィア様が歩み寄る。子供を叱るような顔つきで、キャロリーナさんに一言尋ねた。
「キャロリーナ、お礼を言うべき相手はわかっていますよね?」
「……はい、ソフィア様」
キャロリーナさんは意を決した表情で、僕の方を振り返る。ゆったりとした足取りで、僕の前まで移動してくると、腰の剣を躊躇なく引き抜いた。
「えっ?」
咄嗟の出来事に思考が追い付かず、僕はその場に固まる。夕日に照らされた彼女の直剣には、僕の驚きに満ちた顔が反射していた。




