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「せっかく用意して頂いたのに、申し訳ありません……」
「こちらこそ、すみません。すぐに別のモノを用意しますから、待ってて下さい」
虹色の箸からでてくる料理はランダムだ。お寿司はもう出てくるなよと願いながら魔力を込める。三つ目に登場したのはカステラだった。
「これはケーキでしょうか?」
「カステラっていいます。ソフィア様って、卵アレルギーとかありませんよね?」
生魚が食べれないという話を聞いて、僕はアレルギーの有無を確認することを忘れていたことに気が付いた。
魚が食べれないのは、ソフィア様の好き嫌いで済む話だったが、アレルギーに関しては、知らなかったでは済まされない問題だ。これから人に料理を差し出すときは、真っ先に聞くことにしておこう。
「あれるぎーですか?」
この世界ではまだ浸透していない言葉のようだ。医学よりも魔術が発達している世界だから仕方ないのかもしれない。
「卵を食べて気分が悪くなったりしたことはありませんか?」
「ええ、一度もありません」
「でしたら、食べて頂いても大丈夫です。どうぞ召し上がってください」
護衛からナイフとフォークを受け取ったソフィア様はカステラを食べやすいサイズに切り分けて、一切れ口の中に運んでいく。味わうようにしっかり噛みしめる。
「上品な甘さのお菓子ですね。気を付けないと、いくらでも食べてしまいそうです……」
ソフィア様のフォークを持つ手は一向に止まらない。発言と行動が矛盾しているのだが、止めたほうがいいだろうか。
「美味しそう……」
ソフィア様のカステラを羨望の眼差しで見つめる少女が一人。もちろん、リサさんだ。
「あれはソフィア様のものですよ。リサさんはお寿司でも食べておいてください」
「お寿司ならもう食べたよ」
さっきまでお寿司が置いてあった寿司下駄の上は更地と化していた。いつの間に平らげたんだ……
「リサ様もかすてらをお食べになりますか?」
「え……」
「え!」
半分になったカステラが、リサさんの前に差し出した。リサさんはソフィア様の行動に驚きを隠せないでいた。彼女から分けてもらえるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
僕はカステラが半分しか残っていないことに驚いていた。ソフィア様も食べるスピードが速くないか?
「ですが、それはソフィア様のもので……」
リサさんは差し出されたカステラと、ソフィア様を交互に眺める。流石のリサさんも理性が残っているのか、飛びつこうとしない。他人のお菓子を、それも王族のソフィア様のものを食べてしまってもいいのかと、己の中で何やら葛藤が生じているようだ。
「遠慮なさらないでください。このような美味しいものを一人占めしていては、天罰が下ります」
「ソフィア様……! ありがとうございます!」
歓喜に震えた声を上げながら、ソフィア様を見つめている。感謝の言葉を口にして、リサさんは持っていた自分のフォークをカステラに突き刺す。一切れ口の中に放り込むと、一瞬で表情がとろけた。
「美味しぃ……」
「リサ様も甘いものが、お好きなんですね」
「は、はい。昔から村で作っているハチミツが大好きで、その影響で甘いものが好きになりました」
「リサ様の村で作っているハチミツといえば、エイトビーのものね。オレスの甘みが凝縮されているあのハチミツは私も寵愛しております」
「でしたら、これをどうぞ! 村のエイトビーが増えたので、実家から送られてきたやつです」
リサさんはマジックポーチから黄色い液体の入った小瓶を取り出と、ソフィア様に手渡した。僕はその一連の動作を見て、驚愕で体が固まってしまった。あのリサさんが他人に物を施しているだと……
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「カステラを分けていただいたお礼ですから――どうしたのハルト?」
「リサさんがハチミツを手渡したことが信じられなくて。人の食べてるものを奪っていくしか、できない人だと思ってました」
「そんなわけないでしょ! ハルトにパンケーキを食べたせてあげたこともあったよね?」
あれは、「あーんってして食べさせたい」というリサさんの欲望を叶えた結果ではないか。僕的にはノーカウントである。あと、恥ずかしい出来事を思い出させないで欲しい。
「わかりました。今回は僕の勘違いということにしておきます」
「なんか釈然としないな……」
「ハルト様はどのような勘違いをなされていたのですか?」
ムスッとした表情でこちらを見てくるリサさんは放っておいて、ソフィア様の質問に答えることにする。このタイミングで、リサさんがハチミツを取り出した理由は、絶対に一つしかないと思っていた。
「ハチミツをカステラにかけるつもりで取り出したのかと思ってました」
「ハチミツを……!」
「カステラに……!」
雷に打たれたような表情を浮かべた二人は、向かい合って顔を見合わせた。まるで鏡合わせのように頷き合うと、持っていたハチミツを惜しみなくふりかける。同じタイミングでカステラを口に含んだ彼女たちは、喜びに打ち震えていた。
彼女たちの手は留まることを知らず、いつの間にかお皿の上からはカステラが姿を消していた。フォークが空を切り、皿とぶつかって立てた金属音に二人は正気を取り戻す。
「これは悪魔のような発想ですね」
「ハルトはなんて恐ろしいことを考えるの……」
なんか大袈裟なことを口にしている二人。しかし、その顔は喜びで満ち溢れていた。ここまでの道中は、リサさんがずっと委縮していて二人が話す機会はなかったけど――
「王都では季節のジャムを使ったケーキが流行っているんです。王城に着いたら、ご用意いたします」
「本当ですか!? 楽しみにしてます!」
二人の距離が縮まったみたいでよかった。これからの馬車の旅は一段と楽しくなりそうだ。




