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僕はデッキからカードを一枚引き抜く。カードに描かれているには、七色に彩られたお箸だった。
カード名は【虹色の箸】装備品カードの一枚だ。
このカードの効果はマナを一つ支払うごとに、食事トークンを生み出すことができる能力を持っている。食事トークンとは、パーダンとのコンボで使用するものだが、今回はこれを単体で試そうと思う。
要は実際の食べることの出来る料理が出てくるかの実験である。
「これは虹色の箸といって、マナを注ぐと食事がでてくるものなんです」
「本当に! 貸してみて!」
彼女は僕の手元から虹色の箸をひったくる。まだマナを注いでいないし、返して欲しいのだが、彼女はお箸に夢中だった。
「これに魔力を込めればいいんだよね」
「ちょっと、リサさん!」
リサさんは箸に手をかざす。僕の静止も振り切り、勝手に魔力を送り込んでいるようだ。
数秒もしないうちに虹色の箸が、色鮮やかな七色の光を放ち輝き始める。
「結構な魔力を要求されるんだね……三分の一くらい持っていかれたかも」
「体調は大丈夫ですか? 具合悪くなったりしてませんよね?」
「このくらいの魔力が減ったくらいで、倒れることはないから安心していいよ。一時間もすれば回復するし」
「心配するに決まっているじゃないですか。もし、リサさんに何かあったら、どうするんですか」
「ごめん、ごめん」
魔力がマナの代わりに装備品カードに注げるなんて知らなかったんだから、無茶な真似はしないで欲しい。
彼女は食事のことになると、我を忘れるようだ。食事関連の話が出たときは彼女のことを見張っとくべきだろう。これじゃどっちが保護者か分からないな。
「それより、なんか出てきたよ」
お箸から指向性を持った七色の光が、一定の場所に照射される。光が当てられた場所に、赤と白に彩られたどんぶりが姿を現す。何もない空間からいきなり出て来たので度肝を抜かれた。
気を取り直して、どんぶりの中身を確認すると、煮卵とチャーシューがトッピングされた味噌ラーメンであることに気が付いた。
「これってスープパスタ? スープは色的にオニオンかな?」
「ラーメンっていう料理ですね」
「らーめん?」
「スープの正体もオニオンじゃなくて、味噌スープですね。味噌っていうのは大豆から作った調味料のことです」
「大豆の調味料? つまり、これは豆のスープってこと?」
「んー、突き詰めたら豆のスープってことになるんですかね?」
それだと豆腐入りの味噌汁は、豆入りの豆スープということになるのだが、彼女に言っても仕方ないので黙っておくことにした。
「匂いはいいけど……」
スタツの街では基本的に西洋風の食べ物しかなかった。ラーメンとか味噌とか、リサさんが馴染みないものに違いない。彼女が戸惑うのも無理はない。
しかし、口では味噌ラーメンのことを疑っているが、さっきから顔がラーメンに近づいて行っていることを、彼女は気が付いているのだろうか。このままだと、顔面からスープにダイブしそうな勢いだ。
「食べて確認してみたらどうですか? 味は保証しますよ」
「わかった!」
「熱いから気を付けて下さいね」
地べたに置いたままでは食べにくいと思うので、ラーメンを食べやすい位置まで持ち上げてあげる。中身は熱々だが、器は両手で抱えても、まったく熱さを感じなかった。
彼女はスプーンとフォークをポーチから取り出し、パスタを食べる要領でラーメンを口に運んでいく。一口租借した瞬間に彼女は、目を見開いた。
「美味しい! なにこれ美味しい!」
手が止まらなくなった彼女は、凄まじい勢いでラーメンを食べていく。
「タマゴは中の黄身が半熟でとろりと溶け出してくるし、燻製されたこのお肉は噛めば噛むほどに味が広がっていく。そして、極めつけはこのスープ……」
「リ、リサさん……?」
僕はまるで人が変わったように、ラーメンの食レポを開始する彼女に驚きを隠せないでいた。
「このコクのある味わいが味噌ね。ベースは鶏ガラのスープに違いない。ニンニクとジンジャーの風味も感じるわね。見事に調和の取れたスープが、このちぢれたパスタにマッチしていて――そうか! スープとパスタが絡み合うように、あえてこのような形にしているのね!」
ちぢれ麺の真相に気が付いたリサさんは、一人で勝手に盛り上がっていた。まさかラーメン一つでここまで楽しんでくれるとは思ってもいなかった。
「ハルト様、何かありましたか?」
リサさんが一人で騒いでいると騒ぎを聞きつけたソフィア様が近づいて来た。護衛の騎士たちも何事かと、腰の剣に手を当てて警戒している様子だった。
「リサさんが料理で、ちょっとはしゃいでしまって」
「す、すみませんでした……」
二人してソフィア様に頭を下げる。ソフィア様たちがいることも忘れてはしゃいでしまった。
「見たことないお料理ですね。出来立てのようですが、どうやってご用意されたのですか?」
「これに魔力を注ぐと、食事が出てくるんです」
虹色の箸をソフィア様に見せる。彼女はお箸を注意深く確認していた。
「これも見慣れない魔道具ですね。魔力を込めるだけで、食事が出てくるとは、にわかに信じられませんが……」
「実際にお見せしますね」
手元の箸に力を込める。体から力が抜ける感覚と共に、箸が虹色に輝き始める。先程と同じく光が放射されると、木の板に乗せられたお寿司が現れた。
マグロやイクラの軍艦など、十貫ほどのネタが並んでいる。あと、魚型の醤油さしも一緒についてきていた。
「……驚きました。本当に食事が出てくるのですね」
半信半疑だったソフィア様も目の間で起こった現象を認めざる負えない様子だった。出て来たお寿司を事細かに観察している。
「これは生の魚? 下にあるのはお米だよね?」
リサさんが獲物を狙う目つきで、お寿司を見ている。さっきラーメンを完食したばかりだというのに、彼女の胃袋はどうなっているのだろうか。
「これはお寿司ですよ。この醤油っていう調味料をつけて食べるんです」
赤いキャップを外して、醤油を寿司に垂らしていく。
「さらりとしているソースだね。これも嗅いだことのない匂いかも」
「お好きなものをどうぞ」
寿司下駄を持ち上げてソフィア様に差し出す。手に取りやすい位置にまで移動させる。
しかし、彼女はお寿司から逃げ出す様に、一歩後ろに引いてしまう。
「ソフィア様?」
「すみません……私は生魚が苦手でして……」
ソフィア様は申し訳なさそうに一言呟いた。彼女は生の魚が食べられないようだった。




