10
蜜を吸い終えたオクトビーがオレスの花から離れていく。僕たちは気が付かれないように、後を追いかける。
子犬くらいの大きさの蜂を見失うこともなく、追跡すること数分。アントビーを追って森を抜けると、山の崖に大きな穴が開いている場所に出てきた。オクトビーはその洞窟の中に入っていく。
「あそこが巣穴なんですか?」
「そうみたい。ほら、別のオクトビーも入っていくよ」
僕たちとは反対方向から来た別個体のオクトビーも洞窟の中に入っていく。その光景を見ていたリサさんは茂みから飛び出して、穴の方に向かっていく。僕も慌ててその後についていく。
「巣穴に入って大丈夫なんですか? もし、襲われでもしたら……」
「オクトビーは気性の穏やかな魔物なの。彼らが人間を襲うことは、ほとんどないから安心して」
「魔物だからって、全部が人を襲ってくるわけじゃないんですね」
洞窟の中は暗く、数メートル先は真っ暗だ。
リサさんは剣を構えて、呪文を唱えた。
「エンチャント・ファイヤー」
炎の渦を纏った剣が、辺りを照らし、洞窟の中に光を与える。これで洞窟の中でも進むことができそうだ。
「念のために、警戒して進みましょう。私の傍から離れないでね」
リサさんのあとにピッタリくっついて洞窟を進む。むき出しの岩に当たらないように気を付けて歩いていく。
しばらくすると、何かが地面を動く音が聞こえてきた。リサさんが手を使って止まるように指示を出してくる。僕たち二人は岩陰に隠れて、顔だけを覗かせた。
目の前には、黒い魔物が数匹いた。大きさは牛くらいの大きさで、複数の足を器用に動かして、洞窟の中を歩いていた。
「あれって、アリの魔物ですか?」
「キャヴァリアントよ。一匹一匹は弱いけど集団で襲い掛かってくる厄介な相手ね。でも、どうしてオクトビーと同じ洞窟にいるんだろう」
さらに観察を続けていると、先頭にいるキャヴァリアントが口元に何かを加えているのが見えた。
「リサさん、アリが咥えてるのって、タイラントベアーじゃないですか?」
アリが口元に咥えていたのは、熊の頭部だった。タイラントベアーの方が大きいから、小分けにして運んで来たのだろう。暗くて良く見えないが、他のアリが加えているのも、熊のなれの果てかも知れない。
「本当ね……ハルトが昨日倒した個体かな」
「違うと思います。一番先頭のアリが咥えているのは頭です。僕たちが倒したのはパーダンが頭を食べてしまったので、違う個体ですよ。彼等が仕留めたんじゃないんですか?」
「それはありえないかな。キャヴァリアントの危険度はEランクなの。いくら束になろうが、タイラントベアー相手に勝てる魔物じゃないよ」
「そうなんですね」
「でも、人間にとって脅威であることは違いないわ。このまま繁殖を続けて、数が増えれば手が付けられなくなるかも。これは帰ってギルドに報告しないとね……ああ、でも、ギルドに報告したら森の奥に入ったことバレちゃうな……」
「ニャァ!」
リサさんは頭を悩ませていると、突如としてパーダンが叫び声を上げる。僕たちの背後である洞窟の入り口の方を威嚇している。
慌てて僕も振り返ると、目の前にはキャヴァリアントの群れが迫っていた。数は五体。巣に戻ってきたことで、僕たちと出くわしたのだろう。
「見つかっちゃったね。ハルトは危ないから後ろに下がっていて」
剣を構えて、一歩前に飛び出すリサさん。炎を纏った剣を振り回し、キャヴァリアントに向かっていく。
「まずは一匹!」
素早い身のこなしで、先頭の一匹に近づくリサさん。彼女は振り上げた剣を躊躇なく魔物に向かって振り下ろした。炎の残像が美しい軌跡を描いて、アリの頭部に叩きつけられる。
本来なら、その一刀で勝負が終わるはずだった。
ガキン――まるで、硬い鉱石を叩いたような音を立てて、リサさんの剣は弾き返された。
「嘘っ! なんでこんなに硬いの!」
弾き返されたことにより、リサさんの体勢が僅かに崩れる。その瞬間をキャヴァリアントは見逃さなかった。
鋭い顎を開いて、リサさんに噛みつこうとする。
「パーダン! リサさんを守って!」
「にゃっ!」
僕が命令するよりも先に行動していたパーダンは、リサさんに襲い掛かるアリに貼り手をぶつけて弾き飛ばすと、羽を広げて他のアリを威嚇した。
僕はリサさんに駆け寄って、手を差し伸べる。
「大丈夫ですか、リサさん」
「ありがとう、助かった……」
リサさんは僕の腕を掴んで立ち上がると、パーダンとキャヴァリアントたちの戦いにの方に目を向けていた。僕もそちらに視線を向ける。
丁度、パーダンが一体目のアリを倒すところだった。パーダンの右腕に頭を跳ねられたアリはその場に崩れ落ちる。
「やっぱりおかしい……」
「何がおかしいんですか?」
「パーダンはタイラントベアーに圧勝するほどの力を持っているのに、まだ決着がつかないなんておかしいよ」
パーダンは圧倒的な力でアリの魔物たちを粉砕している。彼が負けることはないだろう。
だけど、これまで森で出くわした魔物は全て瞬殺していたパーダン。そんな彼にしては時間が掛かっているのは確かだ。
「ゴブリンと同じ危険度の魔物がこんなに強いなんてありえない……」
必死に何かを考えているリサさんの横で、パーダンは戦闘を終わらせていた。リサさんはキャヴァリアントの死体に駆け寄っていく。
「魔石が普通のやつより一回りも大きい……やっぱり、強化されてる個体なんだ」
拾い上げた魔石はこぶし大ほどの大きさだった。ゴブリンたちの魔石が小石サイズだったことを考えると、かなりの大きさだろう。
「魔石が大きいと魔物は強いんですね」
「うん、体のなかに循環する魔力が増えている証でもあるの。このキャヴァリアントたちも何かしらの原因で魔力が高まり、結果として魔石が通常の個体より一回りも大きくなったと考えるべきかな」
リサさんは別のキャヴァリアントの魔石も拾い集める。さらに、体の一部をもぎ取って、マジックポーチの中に仕舞い込む。
それと同時に洞窟の奥が騒がしくなる。何かがこちらに向かってくる音が洞窟内に響き始める。
「巣穴の侵入者に気が付いたみたい。ここは早く街に帰りましょう。このことをギルドに報告しないと」
「わかりました!」
リサさんと走って洞窟の外を目指す。洞窟を出る際に、外のまぶしい光で一瞬目が眩んでしまう。
「嘘、もう追い付いてきた! まさかスピードも強化されてるの!」
背後を振り返ったリサさんが大声をあげる。真っ暗な闇の中から数十体のキャヴァリアントが、こちらに向かってきているのが見えた。あと数秒もしないうちに僕たちはあの群れの中に飲み込まれてしまうだろう。
パーダンの背中に乗って逃げることも考えたが、ここはより安全な策を取ることにした。
「【ラビット・ドラゴン】!」
パーダンを戻して新たなドラゴンを呼び寄せる。眩い光と共に、地上に一匹のドラゴンが姿を現す。
深紅の瞳に、真っ白な体毛に覆われたドラゴンだった。小さい車くらいの大きさがあり、名前の通りに頭には、ウサギの耳が付いている。背中にはドラゴンの翼というよりは、天使のような羽を生やしていた。
「リサさん、乗ってください」
ラビット・ドラゴンの背中に昇り、リサさんに手を差し伸べる。彼女は即座に理解して、背中に駆け上がってきた。
「ラビット・ドラゴン、空を飛んで!」
「ぐぅぐぅ」
くぐもった鳴き声を上げると、ラビット・ドラゴンは大きく羽を広げて、天高く舞い上がった。ヘリコプターのように垂直に上昇し、気が付けば森にあるどの木よりも高い位置にまで浮かんでいた。
「リサさん、僕たち空を飛んでますよ!」
日本に居た頃は飛行機にも乗ったことなかった僕は、初めてのフライトに少しだけテンションが上がってしまっていた。周囲を見渡して、眺めのいい景色に見とれてしまう。空の上からなら、一時間ほど離れたスタツの街も視界に納めることができた。
「……私、空を飛んでるんだ」
リサさんも眼下に広がる雄大な森を見ながら、物思いにふけっていた。感無量といった様子だ。
「キャヴァリアントたちは諦めて巣に戻ったみたいですね」
豆粒ほどになったアリたちは洞窟に帰っていくのが見えた。空に逃げる作戦は成功した様子だ。
「こんな高い場所に逃げられたら誰でも諦めるよ」
「でも、ドラゴンたちなら追ってこれますよね?」
「普通はドラゴンなんて滅多にいないからね! あんなにポンポン召喚して戦わせるのはハルトだけだよ!」
あきれた声でリサさんが言う。この世界ではドラゴンは珍しいのか。でも、いるなら一度は会ってみたいものだ。
まだ見ぬドラゴンたちに想いを馳せながら、ラビット・ドラゴンに指示を出す。
「あの街に向かってくれる? 町の手前でどこか降りられそうな場所があれば、そこに着陸して」
「ぐぅぐぅ」
喉を鳴らして返事をするラビット・ドラゴン。羽を大きく揺らし、街の方に移動を開始した。瞬く間に景色が通り過ぎてゆく。かなり早いスピードが出ているみたいだ。
だけど、不思議なことに、彼の背中の上に居る僕たちは快適だった。空の上は寒いと聞いたことがあるし、これほどのスピードが出ているなら、風の影響も受けそうなものだが何も感じない。揺れも感じないでの、無理に体にしがみ付く必要もなかった。
おそらく、ラビット・ドラゴンの能力なのだろう。彼の効果は『種族・人間に飛行の能力を与える』というものだったのだが、それが関係しているかも知れない。
わずか数分だったが、楽しいフライトを終えて、僕たちは街はずれの平原に着地した。
「ありがとう。ラビット・ドラゴン」
彼にお礼を言ってカードに戻ってもらう。魔物と間違われて攻撃されるのも嫌なので、ここからは徒歩で向かうことにした。
「リサさん、いきましょうか」
「うん、早くキャヴァリアントたちのことを伝えないと」
僕たちは急いでスタツの街の冒険者ギルドに向かった。




