9
森に入るとすぐに目当ての魔物を見つけることができた。
「ギャギャ!」
僕の半分くらいの身長しかない緑色の生き物が、両手をあげて騒ぎ立てていた。尖った耳に、醜悪な顔。討伐対象のゴブリンだ。
「突撃するしか能のない魔物だから、よっぽどのことがない限り負けることがないわ。でも、数だけは多いから気を付けてね」
「確かに、結構な数がいますね」
視界に見えるだけで十匹のゴブリンがいた。突撃することしか能がないといっていたが、囲まれて攻撃されたら大けがをするだろう。油断は禁物だ。
僕はデッキを現出させる。マナが増えたことで昨日より召喚できるモンスターは増えている。今日はどんなモンスターを召喚してみようかな。
「また、パーダンを召喚するの?」
隣にいたリサさんが僕の手元を覗き込んでくる。昨日より距離の近いリサさんの髪からいい匂いが漂ってくる。柑橘系の爽やかな匂いだ。
「今日は別のモンスターを召喚したいと思います」
平常心を保ってリサさんの質問に言葉を返す。なるべくリサさんを意識しないようにカードの絵柄に意識を集中した。
「そっか……今日はもふもふできないか……」
少し寂しそうな顔を浮かべるリサさん。彼女はパーダンのもふもふの魅力に憑りつかれているようだ。あとで、召喚してあげてもいいかなと考えつつ、別のカードのところで手を止める。まずは、このモンスターを試してみよう。
「【クリムゾン・フレア・ドラゴン】!」
名前を叫ぶと、空中に一枚のカードが飛び上がる。カードが光り輝くと、巨大な影が目の前に飛び出してきた。
目の前に現れたのは、赤い鱗に覆われたドラゴンだ。僕よりも何倍も大きい体は、家一軒分くらいの大きさがあると思う。首元と手足に炎を纏っており、神々しく炎を滾らせていた。
「ギャォォォォォ!」
ドラゴンの咆哮が森に響き渡る。目の前でドラゴンと対峙していたゴブリンは腰を抜かして、地面に尻餅をついた。全てのゴブリンが戦意を失って、眼前の圧倒的な暴力の権化を見上げて体を震わせていた。
ドラゴンはそんな彼らに容赦なく口からブレスを吐いた。炎の奔流がゴブリンたちを包み込む。彼等は瞬く間に黒焦げになり、塵も残さずこの世界から消え去っていった。
そして、炎は森をも焼き尽くそうとしていた。ゴブリンたちを消し炭にした炎は勢いを止めることなく、周りを焦土と化した。焦げ臭い匂いが辺り一帯に漂う。
「これは……ちょっと威力がありすぎるかな」
「ハルト! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! このままだと森が全焼するって!」
リサさんが指刺した方を見ると、木々がまだ燃えていた。このまま燃え続ければ、大惨事になってしまう。
「【ターコイズ・アクア・ドラゴン】!」
「キシャァ!」
クリムゾン・フレア・ドラゴンを呼び戻して、別のドラゴンを召喚する。明るい緑がかった青色の龍だ。鱗はほとんどなく、湿った皮膚を持つドラゴンは口から大量の水を吐き出した。
吐き出された水たちは、川の氾濫のように激しい勢いで炎をかき消していく。ものの数秒で、火は姿を消していった。
だが、辺り一面は土砂崩れが起きたように、木々はなぎ倒され、地面は至る所が隆起していたのだった。大惨事である。
「……山火事にならなくてよかった」
「よくないって! 森でそのドラゴンたちを召喚するのは禁止!」
リサさんにドラゴンと共に説教を喰らうのであった。
「キシャァ……」
申し訳なさそうに、頭を僕に擦りつけてくる。怒られたのは全部僕の責任だから、クリムゾン・フレア・ドラゴンも含めて彼らは悪くない。
「こっちこそごめんね。フレア・ドラゴンにも伝えておいてくれる?」
首を縦に振って肯定の意を示すドラゴン。そのままカードになって、戻っていった。
「ねぇ、ハルトって一体どれだけの魔物を召喚できるの?」
リサさんが心底不思議そうな顔で訪ねてくる。
「モンスターだけで言うなら二十種類です」
「そ、そんなに?」
僕のメインデッキは四十枚。そのうちの二十枚がモンスターカードで、残りは魔術や装備品のカードだ。
メインデッキには入らない【エクストラモンスターカード】という特別なカードたちもあるのだが、そのカードたちもデッキに含まれているのだろうか。
昨日は寝落ちしちゃったから、デッキの内容を詳しく確認していなかったことを思い出す。今日の夜にでも宿屋に帰ったら、一度デッキの中身をきちんと確認しておいた方がいいかも知れない。
「ねぇ、さっき召喚したドラゴンたちより強い魔物っているの?」
「さっきのドラゴンたちは七色龍って言って、僕のデッキでは中くらいの強さです」
七色龍は名前に色を含むモンスターたちだ。さっき召喚した二体以外にもあと五体のドラゴンがいる。
「さっきのドラゴンたちが中くらいの強さって……どれだけ低く見積もっても危険度はAあるって……」
「それって、どのくらいの脅威なんですか?」
「その魔物一匹で街が滅ぶレベルね」
あっけらかんというリサさん。スタツのようなあんな大きな街でも魔物一匹で滅んでしまうのだろうか。だとしたら――
「危険度Aの魔物って怖すぎませんか?」
「それをハルトは中くらいの強さって言ったの! 貴方の方がよっぽど恐ろしいわよ!」
「……人から怖がられるなんて初めてで嬉しいです」
「なんで嬉しそうなの!?」
これ以上の森林破壊を防ぐためにも、僕は新しい召喚できるようになったドラゴンたちを呼び出すのを自重することにした。ゴブリン相手にドラゴンを召喚する必要などないと、リサさんに咎められたので、僕は彼を召喚することにした。
「にゃあ」
「パーダンだ!」
タイラントベアーを倒した実績を持っており、リサさんにも怖がられることのないパーダンだ。リサさんはパーダンを見つけた途端に目を輝かせて、歓喜の声を上げていた。
「うぅ……モフモフだぁ」
遊園地のマスコットキャラクターに飛びつく少女みたいに、リサさんはパーダンのお腹に飛び込んでいく。パーダンもまんざらではない表情で、リサさんを正面から抱きしめていた。
「リサさん……パーダンにモフモフしたかっただけ、じゃないですよね?」
「そ、そんなことないよ。この森でタイラントベアーより強い魔物なんていないから、パーダンがいれば十分でしょ?」
「わかりました。そういうことにしておきます」
彼女の言い分も正しいので、深く追求することにはしなかった。さっきの僕の森林破壊の件もあるので、言い返せないという側面もある。
「にゃぁ」
「ギャァ!」
愛らしい声とは裏腹に、出会い頭にゴブリンを瞬殺していくパーダン。もはや一方的な殺戮ショーであった。
彼にとってゴブリンなどエサにしか見えてないらしく、頭から丸かじりするときもあった。流石は腹ペコドラゴンだ。偉いのは、ちゃんと魔石は吐き出すところだろうか。
吐き出した魔石の数が三十個を過ぎたところで、僕はパーダンを呼び止めた。
「パーダン、ちょっと食べすぎじゃない?」
「にゃ!」
僕の質問に対して、力こぶを見せてくるパーダン。彼は鳴き声をあげることしかできないので、どうやらジャスチャーで何かを伝えようとしているらしい。
「え? どういうこと?」
「にゃにゃ!」
ごはんを口に運ぶ動作をしたのちに、ボディービルダーの人がするような色々なポーズを取るパーダン。妙に人間らしい動きをするのだが、中に人とか入ってないよね?
パーダン着ぐるみ説を頭の片隅に浮かべながら、彼のジャスチャーの意味を考えてみる。
「ご飯を食べて、強くなる?」
「にゃ!」
『その通り!』という彼の声が聞こえてくるほど、力強い頷きを見せる。
なるほど、彼が伝えたかったのは自分のモンスター効果のことだったようだ。モンスターカードの中には、効果を持ったカードがたくさんある。
例えば、ロアさんであれば、『一ターンに一度、モンスターが受けているダメージを回復し、状態異常を取り除くことができる』という効果を持っている。「MKB」では、モンスターが戦闘で受けたダメージは蓄積されてしまうので、体力を回復させることのできるこの効果は非常に強い。
そして、パーダンが持っている効果は「食事トークンを生贄に捧げることで、自身の攻撃力を1上昇させる」という効果だ。どうやらパーダンは自身の攻撃力を上げる為に、ゴブリンを捕食していたようだ。
「でも、あんまり食べ過ぎちゃだめだよ?」
「にゃ!」
サムズアップを決めるパーダン。よくよく見ればパンダがモチーフのはずなのに、彼は五本指だし、本当に中に人が入ってるのかもしれない。パーダン着ぐるみ説がより強固になってしまった。
「この辺のゴブリンは借りつくしたと思うわ。もう少し、奥に行ってみましょう」
リサさんの提案で僕たちは、森の奥に進んでいく。自然豊かな森林を歩きながら、周囲を見渡していると、空を飛ぶ一匹の虫型の魔物を見つけた。
黄色と黒の模様を体に持つ羽を生やした蜂の魔物だ。ただ、元の世界と比べて体はやけに大きい。子犬くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。
「リサさん、あれって」
「あれが昨日話してたオクトビーよ」
夕食の時に食堂で、タイラントベアーの主食と言っていた魔物だ。オクトビーは僕たちの存在に気が付いた様子はなく、オレンジ色の花を吸っていた。
「ちなみに、今吸っているのが野生のオレスの花ね。オクトビーの蜜はオレスが原料なの」
「オレスって魔物にも人気なんですね」
「なんたってうちの自慢の果物だからね」
ドヤ顔を浮かべるリサさん。村の名産品ということで、オレスに対しては思いれがあるようだ。
「リサさん、あの魔物を追いかけませんか?」
ゴブリンばかりに見飽きた僕は、別の魔物の生態も観察してみたいと思って、リサさんに発言してみる。
だけど、僕の提案にリサさんは首を横に振る。
「駄目よ。これ以上森の奥に行ったら危ない。オクトビーがいるってことは。タイラントベアーがいる可能性もあるってことなんだよ」
「だから、追いかけるんです。僕たちでタイラントベアーを狩れば、昨日の美味しいお肉がまた食べれるんですよ?」
昨日はあの熊が高級食材だなんてことを知らなかったので、その場に捨てて帰ってしまった。リサさんもあの場を離れることを優先して、魔石だけを回収したことを後悔しているはずだ。
「あのステーキがまた食べられる……」
リサさんが喉を鳴らす音が聞こえる。彼女も昨日の高級肉の味を思い出している様子だった。
「運よく巣を見つけることができれば、ハチミツも持って帰ることができるんじゃないですか?」
「ハチミツ……パンケーキ……食べ放題……」
「いや、パンケーキは食べ放題じゃないですけどね」
僕のツッコミも上の空。彼女に決意は固まっていた。
「オクトビーを追いかけましょう!」
なんやかんやでノリノリなリサさんであった。




