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嗤う女騎士  作者: カスミカ
エルフの園に集う
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リーハイム・ジェノサイド(9)

 アルプスを讃えるヘルヴェチア民謡を鼻唄で奏でながら、部下の騎士を連れたヘレネは国境付近の入管施設へとぽてぽて歩いていく。


 れいひ、れいひ、よろれいひ♪


 引き連れている二人の修道騎士は、ノーラ・ライネッケと懇意の少女で、いずれも年相応にやかましく姦しい。ひとりは背中でゆるく編んだブルーグレーの頭髪を揺らしてついてくるハーフ・エルフのハイダ・アンシュッツ。もう一人は、散切り頭のニーナ・メルテザッカー。どちらもルプブルク修道院ではノーラとつるんで将校相手に春を鬻ぐ一方、彼らから流れてきた銃器を玩具代わりにいじり回していたため、射撃技能に関してはノーラと同じく、そこらの正規兵よりも優れた射手である。


 テクラの報告を受けてからすぐ、ヘレネはベルン・エルダマールの駅から列車に乗り込んだ。出がけにホテルの売店で購入した糖蜜漬けのオレンジを客車でぱくつきながら、移動すること小一時間。国境付近のバーゼル駅から馬車に乗って、さらに優雅な遠足は続く。国境沿いに到着したのは難民宿舎が炎と血の海と化してからのことであった。馬車を降りてからは予備兵力としていた歩兵部隊と合流し、しばらく歩くと、阿鼻叫喚の様相を呈する殺戮の現場が見えてきた。


「あはは、ほんとにぼかぼか燃やしてやがる」


 宿舎の炎上を遠巻きに眺めながら、ヘレネはけらけら笑った。愛国心とやらを煽ってやれば、こうも阿呆というのは簡単に踊ってくれるのか。ヘレネは顔も知らない懲罰歩兵二一二人の扱いやすさに感謝しながら、大いに笑い飛ばしてやる腹積もりであった。


 作戦内容は、そこまで複雑なものではない。一個中隊の一部を難民として施設内に潜入させ、数日後にタイムラグを設けて難民宿舎に放火させる。残りの兵と合流したら、あとはどうぞお好きなように。ただ、汚らわしい魔物が無辜の人々から掠め取ったであろう財産を取り戻せ、としか指示していない。


 阿呆に阿呆なことをやらせるには、阿呆な脳みそに忖度の余地を与えて動かすのが一番である。今回は取り返しのつかないことを軽率にホイホイやってもらえなければ困ってしまうので、階級を剥奪されただけの士官や、まっとうに自分の頭で物事を考える力を持っている政治犯などといった人材は動員されていない。きちんとこちらの意図通り、モスクワ軍の恰好で魔物どもを蹂躙してもらわねばならない。


 人事の指定に関しては、ヘルヴェチアへ入国する寸前になってからマニロフ中佐にやらせた。地雷原の突破に必要な人材をよこせ、というような要望を出したのである。


 無論、ヘレネ自身の目的を伏せるためだ。あの禿頭の苦労人は実によく働いてくれる。


 彼が常々腹に抱えていた、亡命などという職場では口憚られるような願望をつかんでしまえば、それに付け込んで踊らせるのはそう難しいことではない。ある時は上官であるパタノフ大佐への不満に共感してやり、またある時は中間管理職の悲哀にも同情の意を示してやり、そしてある時は部下の女を抱かせてやれば、さして訝しむことなく従順になってくれた。ソロヴィヨフと同じく、騎士団の保護者として。ひいては、諸民族解放委員会の重役として。


 パルスベルク攻略からこちら、あの男はヘレネにおんぶにだっこである。ひとたび共生関係のパワーバランスが傾き始めれば、多少のワガママを通すくらいは、なんてことなかった。


 そうした丹念な気配りの結果がこのように実を結んだと思うと、ヘレネの心は一層溌剌とするのであった。右で誰かが殴られて、左で誰かが犯されて、そこらじゅうが大騒ぎ。おお、なぜ衆生ときたら、こんなにも惨めに憎みあい奪いあうのか。救いがたいバカどもだ。救う気なんかないけど。みんなみんな潰しあえ、殺しあって燃えちまえ。


 この争いと諍いは、きっとより大規模なケンカとドンパチへと発展し、拡大していくだろう。それを見据えたうえでヘレネはモスクワ軍にヘルヴェチアへの渡りを付けさせたし、懲罰歩兵中隊の兵を難民に紛れ込ませた。


 このままおかしな横槍を入れに来た同盟軍の連中が、戦後のおいしいところを全部かっさらって倫理的英雄を気取るなど、ヘレネにとっては承服しかねる。屈辱に等しい。第一、いま現在根を下ろしているモスクワに及び腰になられると、戦後社会でのヘレネの取り分も怪しくなってくるではないか。何のための帝国諸民族解放委員会だ。少なくとも、引き続き多少の批判などものともせず、世論なんぞ糞くらえで西側諸国を圧迫し、南下政策もまた継続していただきたいのである。


 だがマニロフ中佐の煮え切らない態度を見るに、どうもモスクワは同盟側との手打ちを狙っているように思えてならないのである。あのハゲ野郎のみならず、モスクワ軍全体の気風として、そうした厭戦のようなものが感じられるのだ。ベルリンを攻略し、ヴィルヘルミーナ皇女を手中に収めたのだから、今回はこんなものでよかろう。同盟三国ともナアナアで終わらせられれば、今回は万々歳というものであろう。


 再来月あたりには戦場はデスクの上に移され、死に体の帝国をこれからどう仲良く分割するかが語られるだろう。互いに傀儡政権を打ち立てて、次なる睨み合いの準備でもしようという腹である。帝国という大陸きっての暴れん坊皇帝にきついお灸を据えてやったという実績は、モスクワ側にも同盟側にも残るというわけだ。皇帝陛下の懐に手を突っ込んで、財布を山分けしようじゃないか、と。


 それは困る。そんなのぜんぜん面白くない。


 せっかくここまでそれなりに愉快だったのに、興ざめではないか。


 だからこそヘレネは独自に『面白くするため』の絵図を描いた。モスクワは皇族を迎え入れながら、旧帝国体制よろしく非猿人種虐殺者の汚名を着せられ、魔王軍は支援策の失敗の責任を問われ、ヘルヴェチアは中立を謳いながらも両国に与していた事実を糾弾されることとなる、そんな絵図を。それぞれがどんな言い訳を用意するか、実に楽しみである。


 ヘレネは誰かの言いなりになるのが嫌いである。時と場合によってはプライドを投げ捨てることもあろうが、基本的には他人にナメられることが何よりも、何よりも嫌いである。放り投げたプライドは後でこっそり拾いに行くが、自分に頭を下げさせた糞野郎の頭は、何としてもこの踵でカチ割ってやらないと気が済まない。


「重要なのは、あたしの人生が愛と祝福で舗装されているかどうか」


 かつて自分の人生哲学に刻まれた碑文に、それはもうヘレネは忠実に生きている。ほかに生き方を知らないし、これ以上の生き方もまたない。


 大陸で一番可愛くて、世界で一番美しいヘレネ・フォン・ヴィッテルスバッハは、宇宙で一番幸せに生きる権利があり、そう生きなければならない義務がある。それならば森羅万象三千世界、四方八極で起こりうる、ありとあらゆる愉悦と甘露を余すことなく楽しまなければ、一木一草一切衆生に対して、あまりに不義理が過ぎるというもの。序奏が流れてきたのであれば、こちらも踵を踏み鳴らして踊らない方が失礼である。


 ヘレネの鼻唄はやがて上機嫌な歌声となり、持ち前の滑舌の良さで紡ぎだされるヨーデルが、哀れにも不幸をおっかぶった人々の奏でる伴奏に乗って歌い上げられていく。


 れいひ、れいひ、よろれいひ♪


 逃げる女を追いながらヘレネの前を横切る者、力尽きて横たわり行く手を塞ぐ者には、歌いながらも手にした拳銃で発砲するが、まず当たらない。ヘレネは天性の射撃下手であり、至近距離の的にも弾を当てられない。でも気にならない。何せ今は楽しいから。銃口を向けられた者は、一様に明後日の方向に飛んでいく銃弾に一度は安堵するが、即座に随伴するハイダが放った一発で絶命させられる。そんなことを繰り返しながら、ヘレネは地に伏す《魔法野郎》のもとへと辿り着いた。


「こんちわ。久しぶりじゃん。見つけられてよかった」


 腿から流れた血だまりにうずくまる《魔法野郎》に近づいて、ヘレネはしゃがみこんだ。


「あなた、は……?」 


「驚いたあ。まだガキじゃんかあ」


 傍らの兵士にヘレネは言った。背後に居並ぶ女騎士や懲罰歩兵、そしてヘレネの手にする拳銃から漂う硝煙を目にして、《魔法野郎》は目つきを鋭くした。


「あなたが、あいつらにこんなことをさせてるの……? どうして、一体何のために……!」


 かなり訛ったガリアの言語であった。ぴくりと眉を動かすと、ヘレネは目の前の少女に合わせて、流暢なガリア語を話し始める。


「どうしても何も、お前らが不愉快なことコソコソしてるからだろうがよ」


「ふゆ、かい?」


「ひとが真面目に人生設計組みなおしてるってのに、急に横から口挟んでくんじゃねェよ。いきなりしゃしゃり出てきて、魔物と一緒に暮らしましょうだあ?」


「ふざけないで……何が言いたいの! 何がしたいっていうの! 国を追い出された、身寄りのない人たちを……大勢殺してッ!」


「六本足が人なもんかよ、ウスキミ悪ぃ」


「この世界に、魔物なんていないッ! あなたいったい、何様のつもりッ!」


「女神様にでも見えたか? うふふ、無理もなかろ」


 臆面もなく堂々とはにかむヘレネに、《魔法野郎》は二の句をなかなか口にできなかった。目の前の人間の理解の遅さにしびれを切らし、仕方なくヘレネは持論を述べてやることにした。


「おたくがどうかは知らないけど、ほとんどの人間は食べるためだとか、いい男とセックスするために仕事や勉強に励むだろ? それはつまり、人生を華々しく美しいものに演出するための努力なわけだ。あたしがやってるのは、それとまったく変わらない。おっけー?」


 言葉自体は通じているはずなのだが、《魔法野郎》は依然として反応を返してはくれないようだった。ため息を漏らし、ヘレネはさらに言葉をつづけた。


「あたしはさあ。人生を真ッ摯に彩りたいだけなんだよね。真面目に生きて真面目に生ききる、それがあたしの人生の目標。それ以外に説明のしようがないわけ」


「あなた……おかしいわ。イカれてる、どうかしてる」


「イモ臭ェ田舎者に脳味噌のナカミ判断してもらおうなんざ思ってねェよ」


 そう吐き捨てて、ヘレネは足元にあったものを蹴飛ばした。《魔法野郎》が手にしていたであろう、破損した杖の先端部である。紅色に輝く結晶を埋め込まれたそれは、地面をごろごろと転がっていった。それを目で追った《魔法野郎》の額に、ヘレネの銃口が向けられた。


「早くして……やるなら、早く……早く、殺して、殺せえっ!」


「あっ、そう」


 引き金が引かれる。しかし、弾丸は放たれない。がちんと何かが引っかかるような抵抗を指先で感じ、ヘレネの頭に疑問符が並んだ。


「なにこれ。壊れちゃった」


 次弾の装填不良を起こしただけだが、使い始めて日の浅い自動拳銃の構造に、ヘレネが精通しているはずがない。なんとかしろと言わんばかりに、ヘレネは傍らのニーナに銃を押し付けた。


「少佐殿、彼女は」


 部隊の指揮を便宜的に任されている懲罰歩兵の下士官がヘレネに問うた。


 慣れない呼称に反応が遅れたが、少佐相当官ヴィッテルスバッハ伯ヘレネは《魔法野郎》を一瞥すると、鬱屈した日々を強いられ続けた男たちに言った。


「あたしはもう知らなあい。お前らの好きにしちゃえばぁ?」


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